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第六話 縁の来し方(4)
しおりを挟むそれから、柚真人の態度は軟化した。
いや、柚真人の辞書に軟化という言葉があればの話だが。なんというか、諦観して、飛鳥たちのことをきちんと受け入れなおしたとでも言うか。
お前に本当にそのつもりがあって、覚悟があるなら、今度こそちゃんと、きっちり、生涯賭して、勾玉の血脈の継承者たる皇に属する者となってもらう――と言って。
そうして、こうも続けた。そのかわり、こちらもお前たち――この場合、飛鳥と、そして緋月を含んでのことだったろう――の面倒は責任をもって見ることにする。だから今後は二度と軽率な行動に及ぶな。これ以降、お前たちが本気でこちら側の世界に関わるのであれば、すべて皇の人間として振舞うということになる。単なる好奇心や興味本位で気軽に心霊スポットだのオカルト話だのに関わることはもちろん許されない。お前たちはいついかなる時でも、俺の指揮下で、ひいては国の鎮護官の監視と統制下において、勾玉の血脈の継承者として動くこと。かつ、その拘束は、お前たちの生涯にわたる。本当の本当に後戻りはできなくなる。命がかかっても逃げることはできない。秘密や機密も抱えることになる。それで、いいんだな――と。
その一件からしばらくの後、優麻からこっそり聞いたところによると、柚真人は前世の記憶なんてものを憶い出してしまったぶん、よけいに、飛鳥や緋月をこの先の皇のために巻き込みたくはなかったらしい。
それで距離を取ろうとはしていたものの、飛鳥が妙なことに軽率に巻き込まれたと知って、ずいぶん焦り、自分を責めたようだ。中途半端に距離を作ってもいいことはない。飛鳥や緋月が自分に向けている心配や憂慮を知っていた。ならば本当は自分がどうすうべきだったのかも。でも、司を守れなかったことで、そのうえ司を取り戻さなければならないとなったことで、飛鳥と緋月を、まず自分と皇の家から切り離そうとした。
飛鳥と緋月は、それだけ、今の柚真人が手に入れた柚真人にとってそれなりに大切な存在だったのだ。
柚真人にとって、一番大切なものは、揺るがず決まっている。けれど、今の柚真人にとっては、飛鳥や緋月も、それと並べて比べられるものではない。だから、先に、切ろうとした。司にすべてを傾けるために。
その決断を改めて、それより後は、柚真人の方でも覚悟を決めて、両方を、自分の手で守ろうと肚を括った――ということになるのだろう。
その後、飛鳥と緋月は大学を卒業して、正式な神職として皇神社に就職した。それとともに、柚真人と同様、勾玉の血脈の鎮護官の統制下に入った。
そしてそれからさらに長い年月が過ぎ。
柚真人は、飛鳥たちを『家族』と呼んでもくれるようになった――というわけだ。
ただひとつ、柚真人の一番大切な存在、あの日失踪した妹・司の行方はわからない――ままに。
柚真人の妹の司といえば、今から振り返るとさすがにもはやいくらか遠い過去の話になりつつあるが、飛鳥の想い人でもあった。ゆえに、飛鳥とてつらい時期は過ごしたのだった。
そこを抜けても、司の行方が、ここまでわからないままに時間だけがこうも過ぎてしまうことになるとは、飛鳥も思っていなかった。
それでも、柚真人は諦めておらず。
柚真人がそうなのであれば、飛鳥と緋月としては、柚真人の意思を是とするより他にない。友人としても、主としても、肉親としても。
司のことで、飛鳥と緋月に開示されているのは、生きている、ということと、皇の御神体である神刀とともに在るということである。それが具体的にどういう状態を指しているのかがわからないが、勾玉の血脈の未来を霊視するという巫女が下した言葉だというのだから、あるいは今はそれを信じるより他にないのだろう。
柚真人自身は、もう少し詳しい情報を得ているようではあった。
だが、その詳細は、お前たちの助力が必要になったら説明することになる、と言われている。
問題は、それがいったい何時のことになるのかもわからないということだ。
飛鳥や緋月には、人間としての寿命がある。
その寿命が柚真人を支えられているうちに、柚真人がひとりここに在ることから解放されればいいと、飛鳥は願う。
かつて――今となってはもう思い返すのも懐かしい頃の話になるが、飛鳥は、柚真人から告白されたのだった。実の妹であるはずの司にどうにも叶えようのない想いを寄せている、と。その顛末が、こんなことになるとは予想だにしていなかった。
あの頃も、柚真人はすでに自分が本当にあるべき『皇柚真人』ではないことは知っていたと言った。そして、やがてここには『本物の司の兄』であるはずの『皇柚真人』が戻るのだろうと思っていたと。
それでも飛鳥に苦しい告白をし、無意味さをもどこかで自覚しながらの牽制をせざるをえなかった柚真人の、当時の懊悩を思うと飛鳥も苦しい。
あるいは柚真人が当時抱えていた、己の存続の頼りなさこそが、我知らず柚真人にそうさせたのかもしれない。冷淡に『皇柚真人』の守り手を自認しながらその制御を失うほどの想いの重さは、飛鳥にははかりしれない。
たとえ、そこに前世からの因果や仕組まれた罠があったと――しても。
☆
つらつら考えているうちに、大祓詞の奏上が終わった。
そうすると、その日の勤務の開始だ。
その時。
ふと、飛鳥のところへ白衣に緋袴姿の巫女がひとり、やってきた。
「あの、ちょっといいですか」
様子がすこしばかり深刻そうだったので、飛鳥は足を止めた。そうしたら、それを見咎めて、あるいは何かを感じたものか、柚真人もこちらへやってきた。
柚真人はこの神社の宮司でありしかも特級の神職なので、神社の職員は一様に柚真人に対しては少し緊張する。おまけに特級にしては見てくれが若いうえに、一種異様な美貌の持ち主。柚真人もそれはわかっていて、気にするなという感じで、彼女に先を流した。――ちなみに、飛鳥は緋月とともに現在は禰宜で、紫袴を身に着けている。
すると彼女は、飛鳥と柚真人の顔を交互に見返すと、どこか言い出しにくそうに、
「私の、友達からの相談なんですけど……その、友達の友達が、なんか、へんなことを言って、行方不明になっちゃったらしんです。それで――ちょっと、勤め先で話を聞いてみてもらえなかって相談されて」
「へんなこと?」
飛鳥は、尋ね返した。
しかも行方不明とは穏やかでない。
まあ、そういう場合警察に先に相談を、とも言いたくなるのだが――わざわざこちらに尋ねてくる以上、なにか事情があるのだろう。
巫女の娘は小さく頷いて、さらにはこう――続けた。
「北関東の方に、なんか、奇妙な噂のある場所があって、そこへ行く、って言ってたそうなんです。それが、地図に載ってない、消された村だ……とか、なんとか」
「――」
「それで、本当にその日から、友達の友達、家に帰っていないらしくて。それが一週間くらい前のことみたいなんです。もちろん捜索願い? も、警察に出したそうなんですけど。でも、なんか、言っていたことの内容が気になるから……って」
「――」
「その、地図にない村の話って、少し前からネットでも知られてる怪談のひとつなんだそうです。私の友達、そういうのが好きで。時々、そういう場所を探しに行こうっていう人たちがいるっていう話で」
「――……」
「――……」
地図に載っていない、村。
消された、村。
なんだか。
妙に。
聞き覚えのある話だ。
お互いに、即座に、そう思ったのだろう。
飛鳥と柚真人は、思わず顔を――見合わせた。
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