つらじろ仔ぎつね

めめくらげ

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拾壱

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「先生、とうとう独身をつらぬきましたね。それともあの世で結婚のご予定が?」

病床の倖田が笑い、そのかたわらでニヤニヤとしている梅岡の腕を小突いた。死ぬにはまだ少し早いけれど、もう先が長くないのは分かっている。しかし当の本人と梅岡は、それを悲観などしていない。

「もしそうならとっくにあっちに逝ってますよ。」

「一度くらいしてみてもよかったのに、結婚。」

「してみるつもりでしたけどね。小春……いや、小乃が私のことを置いていってしまったから、保留のまんまです。あっちでもし見つけても……あの子はあのときのまんまでしょうが、私はもうジジイですからね。嫌がられそうだ。」

「小乃はあなたと会えるのをずーっと待ってますよ。ただしこっちと同じで、あっちも広大ですからね。お互いに見つけるのは大変かもしれない。でも奴はあなたのことを好きなままですから、もし会えたら今度こそは約束を果たしてもらってくださいよ。」

「そうですか……でも一緒の墓に入れたら、もっと簡単に会えたのかなあ。」

「骨と魂は別ですよ。骨は生きてる人が管理するモノです。でも魂は手の加えようがない。たとえ心中したって、すーっとあちらに吸い寄せられたら、また離ればなれです。……あの墓場で泣いてたときのあなたにお話したことですよ。」

「……あのときはずいぶんあなたに迷惑かけましたね。まだ子どもだったから、あなたの言葉を冷静に受け止めることもできなかった。」

「何より、うさんくさい男と思ったでしょう。」

「ははは、まあ多少は。だがあのときからまったく年をとらないあなたを見てきて、やはり我々とは違う世界から来た人なのだと思うようになりました。」

梅岡が片眉をあげ、わざとおどけた表情を見せた。

「私がまだ学生だったときのあなたを追い抜いて、今や私の方が年を取っている。あれからもう三十年近く経つのですよ。本来ならもうとっくに老人でなけりゃならないのに、あなたはあのときとおんなじまま……四十路くらいのまんまで止まってる。いったい何者なのか、そろそろ教えてください。」

「違う世界などではない、私はあなたとおんなじ世界の住人ですよ。……けれど種族が違います。私は梅水神社を寝床にしている白狐です。見た目はうさんくさくとも、悪どいやり方で商売が出来ないのは、これでも一応は神の使いだからです。」

「………そうでしたか。蓮太郎と白咲くんも……?」

「正確には白狐ではないですが……まあ、奴らもあやかしの類いです。蓮太郎はヒトと半々ですがね。」

倖田が眩しいものを見るように目を細め、うんうんと嬉しそうにうなずいた。騙されているフリもせず、こうして彼がすぐに納得したのは、やはり深層のどこかでずっとそう感じていたからなのだろう。

「人間に明かしたのは、あなたと小乃、それから平八の三人だけです。平八には見抜かれたというのが正しいですがね。小乃には死んだあとに明かしました」

「そんな数少ない中に選ばれて光栄です。しかも私は死ぬ前だ」

「ははは、そうですよ。これは本来は破ってはならぬ掟ですが、あなたや小乃なら向こうで我々の仲間に出会っても、秘密を守ってくれそうですから」

「梅岡さんは、小乃と会ったのですか」

「会いましたよ。黙っててすみませんでしたね」

「……私もひと目会いたかったものだ」

「あいつは一度だけあなたのことを見に来たんです。まだ子供だった慎司くんを見て、"倖田さんは結婚したんだね"と喜んでましたが、あの子はお前が葬られたあの寺に捨てられ、先生に拾われた義理の息子だと明かしたら、目をまん丸にしたまま黙り込んでね」

「…………」

「でも……倖田さんが好い男のままでよかった、と言ってました。ああいう人に愛してもらえたのに、結局裏切るようなマネをして、本当に馬鹿なことをした、とも」

倖田が眉根を寄せて眉間に縦筋をつくり、涙をこらえようと口を固く結んで、まるで泣き笑いのような顔をした。

「だがあいつはあの通り、根が単純であんまり後先考えないタチですから。悔やむことも悲しむこともない。若くて、まだ何もわからなかったからあんな手段をとりましたが、あっちでもたぶん、泣いたり笑ったり怒ったりして、あの調子でやってると思いますよ。嵐のような男です。ああいう手合いはいっぺん死んだって治りゃしません」

「ははは……ああ、そうに違いない。まさしく嵐のような人だった。……私はあの日から、あの子と出会ったことを悔やみました。なんべんもなんべんも死のうと考えて、でもできなくて、毎日毎日苦しくてね。でもやっぱり………やっぱり、あの子と愛し合うことができて……本当に………」

目尻から涙がつたい落ち、指先でこすっても何度も同じ筋を辿っていく。梅岡はさっき鼻をかんだハンカチで、その涙をそっと拭ってやった。

「死んでもなお先生を泣かせるとは、恐るべき手練手管を持った男よ」

「憎い人です」

「先生………怒られるかもしれませんが、秘密を明かしたついでに、もうひとついいですか。お許しいただけるかわからないが」

倖田が微笑を浮かべ、促すように小さくうなずく。

「蓮太郎は、小乃が宿した子です。小乃と共に死にましたが、魂だけあの墓のところで何十年と迷子のままでした。………先生、あの子の身体は、慎司くんとおなじ場所に捨てられ、死にかけていた赤子のものです。その子の魂は小乃があっちに持ってきました。この顛末を元気なときのあなたに言ったらブン殴られそうだから……あなたが年寄りになって弱ったときに言おうと思って、黙ってました」

すると倖田が、まったく、と言ってまた梅岡の腕を弱々しくたたいて笑った。

「ぜんぶ、もっと早くに言ってくれてもよかったのに。あなた方が稲荷であることも、死後の小乃と会ったことも。蓮太郎があれほどあの子の面影を残していたこと、やはり気のせいや偶然なんかじゃなかった。普段はもの静かなあの子が、公衆の面前で平八くんをボロボロにしたというのも、小乃の子なら当然だ」

「……すみませんね。いろいろと」

「誰に謝ることでもないです。あの子が生まれることができてよかった」

「あいつのホントの名はクロってんです。先生には見えないでしょうけど、しっぽの先が普通と違って、筆みたいになってるんですよ。黒しっぽのクロ。小乃がつけたんです。単純でしょう」

「クロか……猫みたいな名だ。柿本さんちの猫の方がよほど凝った名だな」

「あはは、ゲーテなど、ゲスな化け猫ごときがご大層な名を賜ったものだ」

「え?ゲーテも……?」

「あ……。ああ、いかんなあ。どんどんバレちまう。まあ先生、人間が思っとる以上に、魑魅魍魎は身近にたくさんおるということです」

「はあ……そのようですね……しかしこれほど囲まれていたとはなあ。あの……梅岡さん、一応念のため聞きますが……」

「なんです?」

「うちの慎司は……ちゃんと人間ですよね?」

恐るおそる真剣な顔で尋ねる倖田に、悪いと思いつつも梅岡は大笑いした。ご安心なさい、と目尻の涙をぬぐいながら返されて、倖田は柄にもなく恥ずかしそうに苦笑いを浮かべていた。

彼が翌年の早春に亡くなるまで、梅岡は忙しい合間を縫って病室を訪れては、このように気の抜けたやり取りをしていた。付き合いも三十年来となると幼なじみのような、あるいは梅岡が通い妻であるかのような間柄となり、うっかり最期のときまで倖田のかたわらに居てしまった。仕事で死に目に会えず、後から息を切らせてやってきた慎司には申し訳ないと思ったが、死ぬときにそばにいてくれたのがあなたで良かった、と礼を言われた。
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