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ⅶ
しおりを挟むー「よう」
再び背後から声をかけられ、不意を突かれたクロは思わず小さく肩をすくめた。今度は声の主を振り返り、またもや気配なく真後ろに立っていたその大柄の男を、目を細めて見やった。
「佐野………」
「ずいぶん重苦しい空気になっちまって。声をかけるのをためらってた」
いつから此処に、とは聞かないでおいた。どうせ全てを聞いていたに違いない。クロを挟むように、佐野もベンチに並んだ。
「親子三人だ」
赤ん坊の頃から、ときどきは顔を見せにきながら、遠のきつつ見守ってきてくれた『友』。
血はつながっていないが、確かに彼は父親のようでもあった。育ての父は社長であるが、昔からこの男に対して抱いていた妙な気安さの正体は、自分の中に宿っていたこの男の狐火の呼応や共鳴であろうか。
「お前らは血でつながり、俺たちは魂でつながっている。俺とサノも互いを認め合い、離れていながらもここまで家族のように思い合い過ごしてきた。……お前がどう思おうが、俺たちは家族さ。いびつだろうが何だろうが、俺にはお前とサノが、何よりも大切な存在だ」
肩を抱かれ、耳ごと頭をなでられる。それを振り払う気概もなくなすがままで、抱き寄せられて腕と胸に包まれた。圧倒的な包容力と温かさを感じている。嘘も裏切りも、この胸の中には何の恐れもない。
「俺は決して、お前に謝ったりしない。謝るとすれば社長にだけさ。だが俺は俺の意思でお前に狐火を分け与えたのだ。そのことを悔やんでなどいない。ここまで秘密にしてきたことはお前には許しがたいことかもしれんが、俺はお前の命と人生を歓び祝福しながらここまで生きてきた」
クロの両頬を両手で包み、眼前でしっかり目を見つめながら、佐野は静かに言った。
「こっからまたやり直そう。俺たち三人」
「…………」
クロは、初めて佐野の耳と尾を見た。幼いころから、見せて、と言っても断固として見せてくれなかった。確かに自分とおんなじだった。墨のついた筆先のような、先だけが黒いしっぽ。自分以外に見たことのない模様。彼がこの中に宿っているという、確固たる証のような、同じ模様のしっぽ。
「サノ」
佐野の長い腕に引き寄せられ、サノとクロはいっぺんに抱きすくめられるように包まれる。サノの温かさを感じる。クロはとうとう、自分のしっぽをその身体に巻きつけた。
「クロ……」
サノもそれに応じるようにクロを抱きしめ、二人の腕に包まれたクロは、長い人生の中で手に入れることを諦めていたモノを、しかとこの手に取り戻したのを感じた。
夕暮れの迫る寒い墓地で、三人はこれまでの空白を埋めるかのように、長いあいだ抱き合った。二人は禁忌を犯したが、この三人への裁きなど、この世の誰にも下せない。
クロは、心のうちではもうサノを離したくないと思った。憎いけれど、憎みきれない人。サノの代わりは何処にもいない。
愛というのはずるいものだ。積もり積もった何もかもが霧散していく。でもそれはなんたる心地よさであろう。愛は受け取るものではない。あくまでも愛は、こちらが抱き、示し、向けるものである。それを二人の腕の中で強く確信した。だから自分は、もう二人を憎めないのだ。
お父さんともお母さんとも呼べないけれど、クロは今、この二人の子であることに喜びを感じている。そして同時に、梅岡という男に深く深く感謝した。平八やゲーテが『タヌキ親父』とからかっていたあの男こそ、まさしく愛のかたまりのような男である。
佐野が大きなくしゃみをして、三人は笑いながらようやく墓地を出た。サノのマフラーは結局、佐野の首にまかれることとなった。
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