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三(ニ)
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顔色悪いな、と同僚に言われることが増えた。仕事が忙しいのもあるが、俺の肉体は順調に、あの怪奇アパートに暮らすことによるストレスにむしばまれている。
山蕗さんの部屋に行くという習慣がなけりゃ、とっくに引き払っているところだ。あのアパートは実質2人暮らしのようなもの。これまで何軒か新たに入居があったらしいが、やっぱ長くは居着かないらしい。霊感体質じゃなくとも、あそこのヤバさは分かるだろう。
何より古いし、耐震もホントにちゃんとされてるのかかなり怪しい、昭和初期の洋館付き文化住宅だ。
まあだからこそ、あの建物の外観自体は古いものが好きなヤツにはかなりウケるデザインだ。
通りがかりに写真を撮ってく人もたまに見かける。細長くとがった三角屋根は珍しいし、門にはそれっぽくツタまでからまってて、写真もいい感じで加工すればかなり味のある雰囲気になる。それに加え家賃も安いし、JRの駅まで徒歩7分、新宿に出るのも電車で10分とかからない。すなわち立地は最高と言える。
それでも、窓ガラスや鏡に見知らぬ奴が映り込んだり、半開きのドアの隙間からのぞいてる奴と目が合ったり、とつぜん壁から手が生えてきたりしてみろ。本当にまったく見えないヤツはいいが、これらすべてが見える俺みたいなヤツなんか、1日だって保つわけない。
俺はもう半分マヒしてるんだろう。それかもはや、とり憑かれてるのかもしれない。そもそもフラフラと引き寄せられるかのようにあの家を選んだんだ。ともすりゃこの地に降り立った瞬間から、この家の見えざる何かに呼び寄せられていたのかもしれない。
ー「やべ、来る……」
ある夜。思わず声に出しちまった。ものすごく嫌なモンが俺の部屋に近づいてる。
いつものように山蕗さんの部屋から戻って、さあ寝ようと思ったところでこれだ。もはや最近は、うめき声だの異音だのときどき勝手に血のシャワーが出ることなどには慣れて(というか麻痺して)いて、多少の魑魅魍魎の気配には、さほどたじろがなくなった矢先のことだった。
ふと机上のカップに、強烈な敵意を感じた。俺が敵意を向けているのではない、カップからものすごく「嫌なカンジ」がするのだ。嫌なのに、俺の目はカップから離せない。そしてよせばいいのに、中を覗き込んだ。
「………っ」
心臓がどくどくと脈打つ。残ったコーヒーに、うつむいている男の頭が映り込んでいた。
これはまずい……そう思いながらも目が離せない。というか、動けない。カラダが動かない。まずい、まずい。男はゆっくりゆっくり、顔を上げている。見たくない!
すると突然、ドアをノックされた。もしかしたら山蕗さん?俺のピンチを察してきてくれたのかも……。カラダもどうにか動くようになった。俺はヨタヨタと玄関に向かう。
ー「染谷さん、出たらダメ!」
すると今度は反対側のベランダの窓がドンドンと激しく鳴らされ、俺はまたもや心臓が止まりそうになった。玄関は一定間隔で、ノックされたまま。
けど今の声は、山蕗さん?山蕗さんは玄関にいるのでは……?
恐る恐るカーテンを開けると、そこにはたしかに山蕗さんが険しい顔で立っていた。窓が閉まってるのにずいぶん間近で声が聞こえたが、ともかく俺は掛け金をおろして彼にすがった。山蕗さんは俺の部屋に入るなり、まるですべて承知しているかのように庭先にカップを叩きつけて割り、急いで窓の鍵を閉めた。玄関のノックがやみ、気配もフッと消え、身体が軽くなった。
山蕗さんの部屋に行くという習慣がなけりゃ、とっくに引き払っているところだ。あのアパートは実質2人暮らしのようなもの。これまで何軒か新たに入居があったらしいが、やっぱ長くは居着かないらしい。霊感体質じゃなくとも、あそこのヤバさは分かるだろう。
何より古いし、耐震もホントにちゃんとされてるのかかなり怪しい、昭和初期の洋館付き文化住宅だ。
まあだからこそ、あの建物の外観自体は古いものが好きなヤツにはかなりウケるデザインだ。
通りがかりに写真を撮ってく人もたまに見かける。細長くとがった三角屋根は珍しいし、門にはそれっぽくツタまでからまってて、写真もいい感じで加工すればかなり味のある雰囲気になる。それに加え家賃も安いし、JRの駅まで徒歩7分、新宿に出るのも電車で10分とかからない。すなわち立地は最高と言える。
それでも、窓ガラスや鏡に見知らぬ奴が映り込んだり、半開きのドアの隙間からのぞいてる奴と目が合ったり、とつぜん壁から手が生えてきたりしてみろ。本当にまったく見えないヤツはいいが、これらすべてが見える俺みたいなヤツなんか、1日だって保つわけない。
俺はもう半分マヒしてるんだろう。それかもはや、とり憑かれてるのかもしれない。そもそもフラフラと引き寄せられるかのようにあの家を選んだんだ。ともすりゃこの地に降り立った瞬間から、この家の見えざる何かに呼び寄せられていたのかもしれない。
ー「やべ、来る……」
ある夜。思わず声に出しちまった。ものすごく嫌なモンが俺の部屋に近づいてる。
いつものように山蕗さんの部屋から戻って、さあ寝ようと思ったところでこれだ。もはや最近は、うめき声だの異音だのときどき勝手に血のシャワーが出ることなどには慣れて(というか麻痺して)いて、多少の魑魅魍魎の気配には、さほどたじろがなくなった矢先のことだった。
ふと机上のカップに、強烈な敵意を感じた。俺が敵意を向けているのではない、カップからものすごく「嫌なカンジ」がするのだ。嫌なのに、俺の目はカップから離せない。そしてよせばいいのに、中を覗き込んだ。
「………っ」
心臓がどくどくと脈打つ。残ったコーヒーに、うつむいている男の頭が映り込んでいた。
これはまずい……そう思いながらも目が離せない。というか、動けない。カラダが動かない。まずい、まずい。男はゆっくりゆっくり、顔を上げている。見たくない!
すると突然、ドアをノックされた。もしかしたら山蕗さん?俺のピンチを察してきてくれたのかも……。カラダもどうにか動くようになった。俺はヨタヨタと玄関に向かう。
ー「染谷さん、出たらダメ!」
すると今度は反対側のベランダの窓がドンドンと激しく鳴らされ、俺はまたもや心臓が止まりそうになった。玄関は一定間隔で、ノックされたまま。
けど今の声は、山蕗さん?山蕗さんは玄関にいるのでは……?
恐る恐るカーテンを開けると、そこにはたしかに山蕗さんが険しい顔で立っていた。窓が閉まってるのにずいぶん間近で声が聞こえたが、ともかく俺は掛け金をおろして彼にすがった。山蕗さんは俺の部屋に入るなり、まるですべて承知しているかのように庭先にカップを叩きつけて割り、急いで窓の鍵を閉めた。玄関のノックがやみ、気配もフッと消え、身体が軽くなった。
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