最強天使の俺、日本で迷子になり高校生男子に懐かれ大混乱【改訂版】

エイト

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最強天使、譲る翼

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 俺は校庭でランニングシューズの靴ひもを締め直した。

 ——最強天使、いざ出陣。

 やがて、校庭にざわめきが広がった。

「寺田先生とサミュエルさんが勝負するって!?」
「柔道部の顧問と、あのイケメン!?」
「どっちが速いのかなあ……!」

 陸上部員だけでなく、柔道着の生徒たち、さらには噂を聞きつけた別の部活の面々も集まっている。校庭はにわかに競技場と化していた。

「まさか、ここまで人が集まるとは……」
「ふん、ちょうどいい。観客が多いほど俺は燃えるぞ」

 寺田殿は肩を回し、分厚い胸板を拳でドンドンと叩き、巨大な体を揺らしてほぐしている。

「あのー……寺田先生? こういう勝負、もう最後にしてくださいよ?」

 陸上部顧問が呆れ顔で声をかける。ほう、寺田殿の慢心は教師の中でも有名らしいな。

「男たるもの! 勝負に終わりなどない!」

 やれやれと、顧問は旗を手にスタート位置に立った。

「国体で鍛えた俺の足、見せてやる。サミュエルさんよ、見かけ倒しじゃないことを祈るぜ?」

 最後まで虚勢を張っているな。

「……安心しろ。この肉体は、多くの人間を救うために培ったものだ」
「え?」

 地を蹴る足か、空を翔ける翼か——

 ——運命のレースが、いま幕を開ける!

「位置について……よーい!」

 全員の視線が俺と寺田殿に注がれる。
 遊は両手を握り、力也くんは胸の前でそっと手を組み、目を伏せて祈っている。

 ——慢心は人を愚かにし、愚かさは人を傷つける。
 堕ちるも、堕ちぬも……すべて己の選択だ。
 
 寺田殿、おぬしはどちらだ?

 まだ堕ちてはおらぬな?……俺はそう信じている。

 ならば、見届けよう————

「ドンッ!」

 スタートと同時に、俺と寺田殿は地を蹴った。

 ランニングシューズが踏み込むたび、土が弾ける。ジャリッジャリッと音が走り、疾風が巻き起こった。

「うおおおっ! 寺田先生、速えーっ!」
「キャー! サミュエルさーん!」
「寺田先生ーッ! 自分らがついてマーッス!!」

 歓声が次々と耳をかすめる。

 寺田殿の足は確かに速い。筋肉の塊がバネのように働き、そのフォームは最強天使たる俺に匹敵するほどだ。国体経験者の名は伊達ではないな?

「まだまだあぁああーーっ!」

 寺田殿の雄たけびが校庭に響く。

 ……ちなみに、俺は余裕だ。
 疲れなど皆無。散歩気分である。
 
 だが、あえてギリギリの攻防戦を演出した。

「うわっ! 二人並んでる!」
「ドラマみたい!」
「サミュエルさあーん! 俺さ、いっつも一緒にいて楽しいよーっ!」

 遊の無邪気な声援が背中を後押しする。

 俺の視線は、真っ白い線が引かれたゴールを見据えた。

 ——決めるか。このまま加速すれば、勝ちは揺るがぬ。

 だが。

 俺は横目で寺田殿の顔を見た。
 額の汗、歯を食いしばり、悔しがる表情。

 ほう、ただの挑発以上の真剣を見たぞ。

 ……ならば。

 勝利よりも大切なことを、彼に諭すべきだ——

 天使の裁量が働く。
 俺は最強天使サミュエルだ。

 ミッションコンプリートをこなすことだけが【最強】の称号ではない。

 俺はわずかに速度を緩め、肩を並べた。

「うおおおおっっ!!」
「サミュエルさん速ええっ!」
「寺田先生も負けてない!」

 そして——

 寺田殿の足音。
 俺の穏やかな呼吸。
 迫る終着点を目前に、世界がゆっくりと流れているようだ。

 ——ダンッッ!

 二人同時に、ゴールラインを踏み抜いた。

「はあっ、はあっ……!」
「…………」

 一瞬の静寂のあと、校庭が爆発したような歓声に包まれた。

「同着だ! すっげえええ!」

 誰よりも先に飛び跳ねたのは遊だ。ははは。どれほど純粋なのだろうか。

「どっちも速すぎ!」
「人間業じゃない……!」

 俺は軽く息を整え、寺田殿に声をかけた。
 
「寺田殿」
「はあっ、はあっ……!」
「実に見事な走りであった」

 俺の笑みに、寺田殿は驚いたように目を見開いた。

 歓声が渦巻く校庭の隅。生徒たちが散ったあと、俺は遊に渡された水筒を手にベンチで喉を潤した。

「さっきの勝負さ、すっげえ迫力だったけどさ……?」
 
 遊は何か言いたげだ。俺が本気を出していないことを、わかっているのだろう。

 そこへ、Tシャツの裾で汗を拭きながら寺田殿が近づく。

「……なあ、サミュエルさんよ」
「寺田センセーーイッッ! お疲れしゃすっっ‼」

 柔道部員が揃って声を上げ、寺田殿が手で制している。

「……あんた、本気じゃなかったな?」

 俺は目を細め、穏やかに笑った。

「気づいていたか」
「国体まで行った俺にはわかる。なぜだ……?」

 寺田殿の表情は渋い。眼差しは真剣そのものだ。

 俺は遊に水筒を渡して立ち上がり、静かに言葉を落とした。

「寺田殿」
「……」
「慢心は、ときに人を深く傷つける」
「……っ!」

 遊の陰に隠れた力也くんが、じっとこちらを見ている。

「寺田殿、スポーツにおいて遠慮は無用だ。だがそれは、『怪我をしてもいい』『相手を傷つけても構わない』という意味ではない」
「……」
「譲ることもまた、人を守り、人を救う翼になる。それを忘れてはならぬ。
最初の挑発はどうあれ、勝負の最中のきみは真剣そのものだった。
それが本来の姿ではないのか? 俺はそれを汲んだまでだ」

 寺田殿は深く息を吐き、うつむき加減で小さく呟いた。

「……悪かった。俺は、勝ちにこだわりすぎていたのかもしれん」
「謝る相手は、俺ではあるまい。きみを信じる部員たちに、だろう」

 柔道部員たちも、じっとこちらを見ている。

「……覚えておく。ありがとう、サミュエルさん」

 その顔は、先ほどまでの慢心な挑発者ではなく、ほんの少し成長した教師の顔つきへと変わっていた。

 やや離れた場所で、遊が子供のように目を輝かせている。

「サミュエルさん、やっぱりカッコいいや!」

 力也くんもまた、柔らかな笑みで頷いた。

「だからみんな、サミュエルさんを慕うんだね?」
「はいっ! 力也せんぱあーい!」

 俺は青空を仰いだ。太陽が眩しく輝いている。

 上界にいる仲間たちよ、見ているか?

 勝つことだけが強さではない。

 ——譲ることもまた、翼の力なのだ。



 ——続く——
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