最強天使の俺、日本で迷子になり高校生男子に懐かれ大混乱【改訂版】

エイト

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最強天使、学びのとき

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「お待たせいたしました! いらっしゃいませー!」

 甲高いベルの音と共に、アイスクリーム屋がオープン。
 外で待っていた親子連れや少年少女、カップルたちが、どやどやと店内へ流れ込んできた。

 磨き上げられた木目調の床。空気にはほんのり甘い香りが漂っている。
 ガラスのショーケースには、ミルクの純白、鮮やかな赤のイチゴ、明るい黄色のレモン、そして——あれだ!遊、見よ!淡い緑色のピスタチオジェラートッ!

 ……取り乱した。

 色とりどりに並ぶ様は、宝石箱のように美しい。これは人気店になりそうだぞ。

 二階からは子どもたちのはしゃぎ声。テラス席ではカップルが大きなパラソルの下、互いにジェラートを食べさせ合っている。開店直後とは思えぬ大盛況だ。

 そして俺も、例のピンク色のエプロンを着用している。

 胸に抱かれた「ニコニコ乳牛+イチゴ+レモン」のゆるキャラ。最強天使サミュエル、完全に威厳を喪失したのではないか。バレットよ、頼むから見ないでくれ……!

「二階席も空いてますので、どうぞ」
「エプロン可愛いー! お兄さん似合ってるー!」
「照れてるお兄さんも可愛いー!」
「……ははは」

 少女に「可愛い」と褒められる。下界は奥が深い。

 遊はといえば、せっせとカップを補充したり、テーブルを拭いたりと忙しなく動き回っている。それでも笑顔は絶やさない。接客の鑑である。

「遊よ。ソフトクリームは巻かぬのか?」
「ちょっとやってみたんだけどさ、ヘビみたいにニョロニョロしちゃったや!」

 普段の豪快さを思い浮かべると、容易に想像できる。

「でもさ、ジェラートを斜めに盛るのは褒められたんだ! ……えっ!?」
 
 遊が突然、入り口のほうを見て硬直した。

「く、く、久美ちゃんが来てる……!」

 視線の先には、白いワンピースにポニーテールの少女——友人と笑いながら順番を待つ、久美ちゃんの姿である。

 店内はさらに賑わいを増していく。窓際では親子連れがレモン牛乳ソフトを片手に写真を撮り、テーブル席の少女たちはカップを掲げて「映え」を競っている。
 窓越しの陽光を受けたピスタチオジェラートも、なお一層輝いて見えるな……遊よ!あれだぞ!まだ言うか、俺。

「その元気いっぱいな接客で、ジェラートの担当お願いできるかしら?」

 スタッフの一人が遊に声をかけた。

「えっ!? で、でも……!」
「……あれ!? 遊くんがいる!」
「ほんとだ、美浜くーん!」

 久美ちゃんと吹奏楽部の友人が一緒に手を振っている。

「ど、どうしよう! 緊張して上手くできないかも!」

 俺は遊の肩に手を置いた。

「案ずるな。いつもの笑顔でいれば……」
「サミュエルさん! こっちでソフトクリーム巻けますか!?」

 ……え?

 キッチンはすでにフル稼働。コーンもカップも飛ぶように消えていく。

「未経験ゆえ……」
「一度やってみてください!」

 魔法を使いたい衝動を必死に抑える。ここでオーロラの輝きを放ってみろ、とんでもない騒ぎになるぞ!
 だが思い出せ、俺は最強天使だ。指先の器用さには自信がある。
 
 コーンを受け取り、手首のスナップでくるくると巻いてみせた。上出来である(満足)。

「サミュエルさん、上手ですね! ミルクソフトはお任せします!」

 なぜか俺が一台のマシンを担当することに。だが、よい。ここなら遊と久美ちゃんの様子を見守れる。
 淡々とソフトクリームを仕上げつつ、視線は常に遊へ向けた。

「遊くん、こんにちは! ミルクジェラートください!」
「は、はい!」

 久美ちゃんの笑顔に、遊の手は震えている。それでも懸命に盛り付ける姿……なんとも眩しいではないか!
 頑張れ、遊!そのひと盛りに青春を込めるのだ!

 と、ふと気づけば。

「あの! サミュエルさん、巻きすぎです!」

 振り返ると俺のソフトクリームは、天を突くほど高く積み上がっていた。まるで聖火ランナーのトーチである。

「わあーっ!」
「すごーい!」

 ——パチパチパチパチッ‼

 客たちが拍手している。俺は上界に戻るまでに、栃木であと何回拍手を送られるのだろうか?


 結局、その「奇跡のソフトクリーム」はスタッフの計らいで、俺と遊の休憩用となった。
 
 二階のテーブル席に並んで腰を下ろし、巨大なミルクソフトを分け合う俺と遊。その向こうの窓際では、久美ちゃんが友人と語らいながらミルクジェラートを食べている。

 栃木生乳の濃厚な甘みに、まろやかな舌触り……スプーンが止まらぬ!

 日本よ、栃木よ、人間よ!いったいどこまで上界に挑もうというのだ!?

「午後のバイトも頑張ろうね!」
「うむ」

 上機嫌な遊と話していると、久美ちゃんがこちらに近づいてきた。

「遊くんがカップに盛ってくれたジェラート、すっごく美味しかったよ!」

 白いワンピース、揺れるポニーテール。遊は完全に釘付けで、口が半開きである。

「か、かわ……!」
「え?」
「い、いえ! 何でもないです! へへっ!」

 遊は動揺のあまり俺の手からコーンを奪い、包み紙まで食べかける始末。俺はさりげなく紙だけを抜き取った。それこそ手品の一幕のようだ。

「遊くん」
「は、はい!」
「敬語で話さなくて、だいじ!」

 にっこりと笑う久美ちゃん。

「で、でも……!」
「そのほうが私も嬉しいから。ねっ?」

 遊は勢いよく立ち上がり、九十度にお辞儀。……椅子が俺の膝に直撃した。痛覚のある人間なら悶絶しただろう。

「う、うんっ! わかった!」
「あはは! またね、遊くん! サミュエルさんも!」

 友人と一緒に軽やかに階段を下りていく久美ちゃん。その後ろ姿を、遊はつむじを見せたまま見送っていた。

「よかったな、遊」
「…………」
「遊?」
「サミュエルさあーーーーんっ!」
 
 突然遊が飛びついてきて、俺は椅子ごと倒れそうになりながら踏ん張った。相変わらず勢いが凄まじい。

「俺さ、久美ちゃんと仲良くなれてるよ!」
「そうだな」
「サミュエルさんのおかげだよ!」

 俺の膝の上で目を輝かせる遊。構図はややおかしいが、俺はゆっくり首を横に振った。

「遊よ。久美ちゃんと距離を縮められたのは、お前が行動したからだ」
「……俺が?」
「そうだ。デートに誘ったのも、綺麗にジェラートを盛り付けて久美ちゃんを喜ばせたのも、お前自身だ。俺はただ応援しただけだぞ」

 遊は白い歯を見せて、ニッと笑った。

「うんっ!」
 
 行動を起こすも起こさぬも、自分次第。
 ——人間は、自ら未来を切りひらく。

 最強天使サミュエルもまた、このアイスクリーム屋で一つ学んだのだ。



 ——続く——
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