最強天使の俺、日本で迷子になり高校生男子に懐かれ大混乱【改訂版】

エイト

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最強天使、イチゴ帝国の進化を見やる

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「サミュエルさあーん! 陶芸とフルーツ狩り、どっちに行きたい⁉」

 午前六時半。シンクで皿を洗う俺の背後から、遊がTシャツをぐいっと引っ張る。

 ……日に日に行動開始が早まってないか?

 今朝くすぐって起こしてきたのは、五時半だったのだが。
 部活がなくとも早起き、しかも起床時間はどんどん前倒しになっていく——それが美浜家である。

 それにしても、芸術と食を比べるとは。いかにも遊らしい選択肢だ。

「宇都宮ってさ、源泉かけ流しの温泉施設があるんだよ!」
「ほう。先日は那須塩原に行ったな?」
「フルーツ狩りはさ、いまの季節はイチゴがないんだあ」

 相変わらず、会話が絶妙に噛み合わない。そして、陶芸の案はどこへ行ったのか。

「栃木と言えばイチゴのイメージだが、夏は何が旬なんだ?」
「ブルーベリーとか、シャインマスカットとか! 栃木って、いろんなフルーツが豊富なんだよ!」

 なんと……!イチゴ帝国に甘んじず、多種多様な果実に手を伸ばすとは。
 まさに進化する果樹王国、栃木。その果てしなき向上心、称賛に値する!栃木リスペクトが止まらぬ俺である。

「ときに遊よ、栃木はレモンの名産地でもあるようだな?」
「そうなの? 俺、それ初めて知ったや!」

 ……え?
 待て。栃木在住なのはどちらだ?
 
 俺は完全に、レモン牛乳の存在に引っ張られていたらしい。危うくバレットに「栃木は隠れレモン大国だ」などとドヤ顔で報告するところだったではないか。
 恐るべし、ワンダーランド栃木。最強天使をここまで翻弄ほんろうするとは……!

「あ、陶芸の予約埋まっちゃってるや。フルーツ狩りにしよっか!」

 スマホを操作していた遊が顔を上げる。一応、提案は覚えていたらしい。

「サミュエルさんはさ、シャインマスカットとブルーベリーどっちがいい?」
「蒼くんは行かないのか?」
「にーちゃんは、しのぶさんとデートだからさ!」

 タオルで手を拭いていると、ちょうど歯磨きを終えた蒼くんが洗面所から戻ってきた。
 
「ちなみに、今日俺たちはブルーベリーファームに行くよ」
「えっ? そうなの?」
「ピザ焼きの体験ができるらしくて。しのぶがブルーベリーのピザ食べたいって」 

 ブルーベリーのピザ……だと?

 俺の脳裏に、イタリアで食したドルチェピザがよぎった。チョコ、はちみつ、ナッツ、バナナ……だが、ブルーベリーは一粒たりとも乗っていなかったぞ。

 栃木の新名産(でいいのか?)ブルーベリーを、惜しげもなく散りばめたピザ。想像するだけで、唾液腺が容赦なく刺激される。今のところ、美味の予感しかしない!

「ねえ、すっげえ旨そうだよ!」

 遊が興奮した声を上げ、スマホの画面を俺の目の前に差し出す。そこには——艶やかなブルーベリーの実が弾け、果汁が滴り、溶けたチーズに紫のグラデーションを描くドルチェピザの姿が!

「こ、これは……! 画面越しにまで、甘い匂いが漂ってきそうだな」
「サミュエルさんはさ、ブルーベリーファームとブルーベリーピザ、どっちに行きたい⁉」

 どちらもブルーベリーではないか。

 選択肢のようでいて、実質一本道。
 まるで最初から、運命に組み込まれていたかのごとく。今日の我々は、否応いやおうなくブルーベリーに導かれているのだ!

「シャインマスカットも好物だが、今日はブルーベリーファームに行くとしよう。俺もこのピザに心を奪われたぞ」
「オッケー! じーちゃんとばーちゃんも行くか聞いてくるね!」

 ガラガラガンッ!とベランダの窓を豪快に開け、サンダルを引っ掛けて庭へ飛び出していく遊。文明の利器スマホを握りしめ、無駄のないフォームで走るその姿は、前世は忍者でなく飛脚だった可能性が極めて高い。

「サミュエルさん、俺が車を出します」
「蒼くん、いつも運転をありがとう。ブルーベリーピザをぜひご馳走させてくれ。しのぶちゃんにも礼がしたい」
「しのぶ、それ喜びますよ」

 ものの数分で遊が再び部屋に駆け込んできた。俊足である。

「じーちゃんとばーちゃんも、フルーツ狩りに行くって!」
「おお! では、ご一緒して……」
「二人はシャインマスカットファームで食べ放題に挑戦するってさ! だから、また今度ね!」

 じーちゃんばーちゃん、胃袋無限大。

 栃木のご老人はどうやら元気のようだ。温泉施設で出会ったご老人団体もまたそうだったが、そのパワーの源は何だろうか?
 温泉か、餃子か、イチゴか、かんぴょうか、それともレモン牛乳か……候補が多すぎて断定不能である。

「じーちゃあーん! ばあちゃあーん! ちゃんと水分取ってねー!」

 軒先で遊が手をぶんぶん振ると、麦わら帽子を被った二人も笑顔で応えた。健康の秘訣は、笑顔と日差し、そして無限の食欲なのかもしれぬ。

 我々は蒼くんの運転する車に乗り込み、まずはしのぶちゃんの家へ向かった。

 蒼くんは俺が創作したサングラスを掛け、遊もそれを常用している。我がデザインはすっかり美浜兄弟の日常生活に溶け込んだようだ。

 ……だが、俺が上界に戻れば、その全ては幻のように掻き消える。天使の手で生み出されたものは、この世に留まることを許されぬ。
 たとえ写真に焼き付けようとも、サングラスの影ひとつ残らないのだ。

 天使は、一瞬のぬくもりだけを残して上界へ戻る。
 そしてその運命を受け入れ、覚悟を決めた者のみが、この職務に就くのだ。

 ——と、ここで感傷に浸る暇など与えてくれぬのが、美浜遊。俺のアンニュイな表情を秒で吹き飛ばし、隣で大はしゃぎし、弾丸のように口を開いた。

「甘いのとか酸っぱいのとかさ、いろんなブルーベリーから自分好みのを探しながら摘めるんだって!」
「ほう。楽しみだな」

 門の前で手を振り、走り寄ってくるしのぶちゃん。今日は黄色のTシャツにデニムだ。眩しい陽光に負けぬほど、元気いっぱいである。

「こんにちは! ブルーベリー大好きだから、すっごく楽しみです!」
「ははは。俺もだ」

 遊が俺の肘をツンツンとつつき、スマホを見せてくる。ファームの紹介が映っており、『ブルーベリー食べ放題・お土産も可!』と書かれているではないか。……なんという豪華仕様だ!

「俺さ、摘んだブルーベリーを久美ちゃんにお土産であげようかな?」

 写真には、透明のカップに山盛りのブルーベリー。夏の日差しを受けて、ひと粒ひと粒がガラス玉のように煌めいている。

「いいではないか。ブルーベリーのように甘酸っぱい恋だな」
「しのぶさんはジャムを貰うほうが嬉しいですか?」

 ……え、スルー⁉俺のロマンチックなひと言が、ジャムにかき消されたぞ……!
 今のはなかったことにしてくれ!スベったようで恥ずかしいのだが!

「せっかくだから、摘んだフレッシュのをあげたら? 久美ちゃんも絶対に喜ぶよ!」
「そうします!」
 
 誰かさっきの俺の発言を拾ってくれないか?蒼くんは沈黙を保ったまま、運転に集中している。
 
「……ブルーベリーの生産量は、栃木は多いのか?」

 最強天使、自ら話題転換。

 遊が即座に検索し、得意げに白い歯を見せながらスマホを差し出してくる。

「栃木のブルーベリーの生産量、『魅力度ランキング』と違って上位に食い込んでたよ!」
「おお、そうなのか! ……三位くらいか?」
「ううん! だいたい九位か十位みたい!」

 ……なんともリアクションに困る順位である。

 いや、反応に困る質問をしたのは、紛れもなく俺だが。

 車はブルーベリーファームへ向かい、山道を気持ちよく走り抜けていく。今日も賑やかな一日になりそうだ!



 ——続く——

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