最強天使の俺、日本で迷子になり高校生男子に懐かれ大混乱【改訂版】

エイト∞

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最強天使、数字を下げる者

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 オオヤ歴史資料館を訪れたその夜。蚊取り線香の煙がゆらめく遊の部屋で、俺は布団に寝転び、うちわで顔をぱたぱたあおいでいた。

 完全に日本人である。天使かどうかも、最強かどうかも疑わしい。

「蚊も落っこちたかなあ? 冷房つけるね!」

 遊はベランダの窓を閉めると、そのままベッドにダイブした。……壊しにいってるのだろうか。いつか底が抜けるのでは?アイスクリーム屋のドアベルと、どちらが先に落下するか、いい勝負である。

「サミュエルさんさ、なにか魔法見せてくれる?」

 枕を抱きしめた遊は寝転がったまま、俺をじっと見つめた。唐突なリクエストがなんとも彼らしいが、なんだかんだで、まだ俺の創作を見たことがないのだ。

「いいぞ」

 俺は手のひらを宙にかざし、指先をなめらかに動かした。その軌跡に小さな光の粒がふわりと舞い、徐々にオーロラ色のヘアブラシを描き出していく。

「うわあっ! すっげえっ……!」

 感激し、ベッドで立ち上がる遊に微笑みつつ、人差し指を左右に振り、ふわふわの天パをとかす。オーロラ色のブラシが髪に触れるたび、淡い虹色の煌めきが部屋中に弾け、遊を優しく包み込んでいく。

「次はさ、俺のことを浮かせて——!」

 ——ブロロロ……。

 窓の外から、低いエンジン音とタイヤが地面を擦る音が響いた。おや。どうやら蒼くんが帰ったようだ。

「にーちゃんかも? また魔法見せてね!」
「うむ。こっそりな?」 

 俺はパチンッと指を鳴らして創作を終了。オーロラ色のブラシは静かに明滅し、宙を舞う無数の光と共に姿を消した。

 遊はベッドから降りると、部屋のドアを開け放って階段のほうを覗き込んだ。一階に向かってぶんぶんと手を振っている。

「にーちゃあーん! おかえりーっ!」

 拡声器を使ったような大声である。蒼くんの笑い声と階段を上がる足音が近づく。

「そんなに大声じゃなくても聞こえるってば」

 デートをした日の彼の口元はゆるんでいる。良い一日だったようだ。

「蒼くん、おかえり」
「ただいま。しのぶが『旅行、楽しみで眠れないかも』って言ってました」
「ははは。あと数日だな?」
「はい」

 部屋に入った蒼くんを見て、遊も勢いよくドアを閉めた。 

「にーちゃん、幸せそうだったね? いいなあーっ!」

 遊がベッドに二度目のダイブをした。トランポリンで寝たほうがいいのでは?屋根を突き破る可能性も否定できないが。

「遊。次はお前が幸せになる番だ」
「うんっ! 久美ちゃんの浴衣姿、可愛いだろうなあ。……あっ、妄想してないからね!? 違うってばあ!!」

 足をジタバタさせ、ベッドの上で大騒ぎする遊に伝えよう。まもなく深夜です。

「もうご両親は休んでるぞ。我々も寝るとしよう」
「ぐう……ぐううう……」

 電気を消そうとリモコンを天井に向けた俺だったが、遊はすでに眠りに落ちていた。自由にもほどがある。
 おっと、バレットに連絡していなかったな。俺はポケットからスマホを取り出し、そっとベランダに出た。

 月が穏やかに美浜家を照らしている。のどかな栃木の夜だ。
 あと十日あまりで、この景色も見納めか——。

「……サミュエル様」
「バレット。今日はオオヤ歴史資料館を訪れたが、見ていただろうか?」
「ええ。力也様もご一緒でしたね」

 俺は夏の星座を眺めた。力也という名前や、獅子の持つイメージとは、少々異なる印象を受ける青年——。

「図書館の再建の話があっただろう? 地下神殿をモデルにすれば、利用者が増えるのではと思うのだが」
「名案でございますね」
「……しかし、遊の撮った写真が、なんとも個性的でな」
「つまり、『全く参考にならない』ということでございますね」

 相変わらず容赦ない件。

「ま、まあ、そういうことだ……」

 帰宅後、プリンターで次々と写真を印刷してくれた遊だったが——。

「ババ抜きみたいにするからさ、好きなの何枚か引いてみて!」

 七枚ほどの写真を裏返えし、俺に向けて差し出す。一枚引いてみると、そこには被写体の形はなく、走る光の躍動感だけが写っていた。二枚、三枚と引いたが、どれもよく似ている。すべてがジョーカーという、まさかの展開だった。

「サミュエル様。ミッションに無関係な人間について調べる行為は、基本的にペナルティの対象となります」
「……急にどうしたのだ?」

 首をひねる俺に、バレットは話を続けた。

「サミュエル様は、壊れた腕時計の影響により迷子になられ、栃木での生活を余儀なくされている……この認識に、相違はございませんね?」
「ははは。余儀なくというよりも——」
「相違はございませんねッ!?」
「は、はい」

 バレットは俺より年下だが、時折、その勢いにたじろぐことがある。

「……ですので、執事と致しましては、ペナルティの危険を冒してでも調べざるを得ない状況にございます」
「何についてだ?」
「遊様の周りにいらっしゃる、ご友人についてです。名前を申し上げましょう。力也様について、でございます」

 ——バレットよ、そういうことか。

 ミッション非対象の人間のファイルを持ち出すことは不可能だ。恐らく、資料館で力也くんのデータを呼び寄せ、最低限の項目にだけ目を通したのだろう。

「……力也様は、過去のトラウマと葛藤に苦しんでいらっしゃいます。ですが、使と出会ったことにより、状況は著しく好転している模様でございます」
「天使? 力也くんのミッションを担う者が、栃木にいるのか?」
「いえ。天使と申しましても、使、でございます」

 ——この人は、俺の友達のサミュエルさんです!——

 俺は部屋を振り返った。遊がベッドで大の字に眠る姿が目に入り、思わず笑ってしまう。

「遊のことか?」
「さようでございます」

 遊よ、お前はやはり天使にふさわしいようだ。

「サミュエル様。私どもは、ほんの手助けをしているにすぎません。互いを思い、手を差し伸べ、愛情をもって支え合う光景は、きっと私どもの想像以上に、下界に溢れているのでしょうね」

 誰かと分かりあえずに、絶望を覚えようとも。その瞬間が全てではないのだ。
 どうか、それを忘れるでない——。
 
「ときにサミュエル様。もしも、遊様のミッションを見つけられた際は、私も上界からサポート致しますゆえ、何なりと……」

 俺は夜空を仰いだ。遠くでキラリと光る流れ星。あれは本物か、それとも天使か、あるいは執事か——。

「バレットよ、お前は優しいな」
「……はい?」
「俺が力也くんを気にかけていると知り、調べてくれたんだろう?」
「ッ!! 急なナルシスト発言はお控えくださいませッ!!」

 俺はスマホを耳から離した。焦るツンデレ執事の声は、思ったよりも大きい。

「ははは。バレットは素直じゃないな」
「まっ……たく……ナルシスト……サミュエル……」

 ——プツッ。

 ノイズの影響で、最後に聞こえたのは「ナルシストサミュエル」という響き。おい。

 俺は笑いながら部屋へ戻り、静かにカーテンを閉めた。恐らく、遊のミッションは見つからぬだろう。……だが、それでいいのだ。

 素晴らしい友を得られた。俺はそれで、充分だ。



 ——続く——
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