花は闇に誓いを捧ぐ

希音

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第一章 婚約破棄は突然に。

鎖は解ける

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夜の帳が降りた王都は、まるで夢のようだった。

石畳の上で馬車の車輪が静かに鳴り、灯篭が淡く揺れている。

王城のホールからは、音楽と人々の笑い声が漏れ出していた。


その入口にたたずむ、人……ルシアン様だ。

漆黒のタキシードに、深紅のタイ。

どこまでも完璧に整った姿は見るものを魅了する。

彼の口角がつり上がったのがわかった。

「リディア。お前は本当に美しいな……」

ルシアンが手を差し出す。

その指先が触れるだけで、背筋がぞくりとする。


「ありがとうございます、ルシアン様」

完璧な微笑みを浮かべて、彼の手を取った。

手のひらに残る体温が、氷のように冷たく感じる。


二人並んで会場の中へ足を踏み入れると、

煌めくシャンデリアの光が、波のように降り注いだ。


貴族たちの視線が、一斉に私たちを捉える。

そのすべてが――“理想の婚約者”としての私たちを讃えるようだった。

社交界だ。

沢山の人がいる。

王子、上級貴族、下級貴族。

そこには魔法を使える人、能力を使える人もいるだろう。

ここにいる人たちに負けることはないだろう。


「みんな、君を見てる。やっぱり俺の選択は間違ってなかった」

ルシアンの声が耳元で低く響く。

「……リディア。俺の隣にいれば、何も怖くないだろう?」


その言葉に、静かに笑った。

「ええ、怖くないわ。……あなたがいなければ、ね」

* * *

音楽が一段落し、会場の中央にスポットが当たる。

私はゆっくりと前へ歩み出た。

ドレスの裾が床をすべる音が、やけに大きく響く。

緊張するはずなのに、心は静かだった。

「この場を借りて、皆様にお伝えしたいことがございます」

静寂が訪れる。

「私、リディア・ヴェルネは……」

大きく息を吸う。

これで終わりなんだ。

「ルシアン・モルドレッドとの婚約を、本日をもって破棄いたします」

会場がざわめいた。

誰かが息を呑む音。

ルシアンの瞳に、ゆらりと黒い炎が宿る。


「……なんだって?」

低く、押し殺した声。


「あなたとはもう、共に歩めません。私は、あなたの所有物ではありませんから」

その瞬間、ルシアンの笑みがゆっくりと消えた。

代わりに現れたのは、狂気にも似た微笑。

「お前が暮らせていたのは誰のおかげだと思っているんだ?」

口を開いたかと思えば。

「何を仰るのです?あの家は元といえば私の別荘です。それに私はあなたに負けることはない」

「何を言っているんだ。お前に負けるわけ無いだろう!」

鬱陶しい。

「そんなに喚くのであればここで手合わせをしてもいいのですよ。……醜い姿を晒していいのであれば、ですけど」

ルシアンは歯を食いしばった。

「ふんっ。俺達の婚約は国王陛下が決めたものだ。そう簡単に破棄できるものではあるまい。そもそも俺が何をしたっていうんだ」

粘着質だわ。さっさと負けを認めなさいよ。

「国王陛下には直々に婚約破棄をみとめていただきましたわ。あなたがしたこと?……心当たりはなくて?」

「俺はお前を一番に考えてきた。何が気に食わないんだ?」

「認めないのであれば、いいです。ルカ、あれを」

「はい、リディア様」

『リディアはこの国一の能力・魔法を持っている。利用するんだ、いいように使え―――』

「こ、こんなのでたらめだ!」

絶句するその他の貴族。

「こんなやつだったのね」

「見損なったよ」

貴族にあった尊敬の目はもう消えていた。

あるのは冷たい眼差しだけ。

「本当に違うんだ!俺は本当に、リディアを愛してるんだっ」

「そろそろお認めになって?この婚約破棄を覆すことなどできませんわ」

ルシアンは悔しそうに歯を食いしばる。

「覚えておけよ、リディア・ヴェルネ」

そう、捨て台詞を吐き外へ飛び出した。


これでもう私は自由だ。

―――一生なんて笑わせてくれる。

けれどどこかでわかっていたんだ。

あの人はこれで終わらない……と。
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