花は闇に誓いを捧ぐ

希音

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第二章 溢れる光は自由と化す

余燼の森

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森のざわめきが、ようやく戻ってきた。

風が木々を揺らし、焦げた匂いが微かに残る。

私は肩で息をしていた。

額に浮かんだ汗を指で拭い、深く息を吐く。

レオンは数歩離れた場所で、彼女を静かに見つめていた。

その眼差しは、戦場の獣のように鋭いのに――どこか優しさを帯びている。

「……見事だ、リディア・ヴェルネ」

「あなたこそ。噂通りの強さね」

短い沈黙が落ちた。

風が吹き抜け、二人の髪を揺らす。

「……だが、ひとつ聞いておこう」

レオンが口を開く。

「お前はなぜ、戦場に立とうとする?」

問いかけは真っ直ぐで、嘘を見抜くような声だった。

少し目を伏せ、言葉を選んだ。

「理由なんて、きっと単純よ。――誰かに守られてばかりの私が、嫌になったの」

その瞳の奥に、社交界での夜がよぎった。

ルシアンの支配。

お前は俺のものだ、と囁かれた記憶。

「私は、誰かの飾りじゃない。私の意思で立ち、私の力で生きる。それだけ」

その言葉に、レオンの表情がわずかに揺れた。

「……そうか。なら、ひとつ提案がある」

「提案?」

「お前を狙うやつがいると聞いた。――元婚約者だな」

手がぴくりと動く。

どうやら情報はすでに広まっているらしい。

「……あなた、調べたのね」

「任務の一環だ」

レオンは肩をすくめた。

「このまま放っておけば、奴はまた動く。お前を守る必要がある」

「守られるつもりはないわ」

「そう言うと思った」

レオンは少し笑う。

「なら、契約だ」

「契約……?」

「お前の仮の婚約者として、しばらくそばにいる。護衛として、そして……牽制のためにな」

私は目を瞬かせた。

突然の提案に、思考が追いつかない。

「……あなたが、私の婚約者のふりを?」

「そうだ。お前の敵に、余計な隙を見せるな」

レオンの瞳は真剣そのものだった。

それがただの任務ではなく、彼自身の意志でもあることが伝わってくる。

「……ふふ、面白い話ね」

小さく笑った。

「じゃあ、契約成立。――ただし、私のルールに従ってもらうわ」

「いいだろう」

二人は静かに視線を交わす。

その瞬間、空気がわずかに変わった。

偽りから始まる、二人の関係。

けれどその偽りが、やがて本物に変わっていくことを

この時の彼らはまだ知らなかった。

* * *

燃えた森の匂いが、まだ髪に残っていた。

リディアは重い扉を押し開け、屋敷の中へ足を踏み入れる。

ランプの明かりが静かに揺れ、広間の壁に影を落とした。

「……ただいま」

返事は、ない。

いつもなら弟の小さな声が響くはずなのに、今日は妙に静かだ。

靴音が、廊下にこだまする。

ふと、視線を感じた。

振り向く――けれど、そこには誰もいない。

(気のせい……じゃない)

胸の奥でざらりとした不安が広がる。

ランプの灯が、ふっと揺れた。

その一瞬、窓の外に――“誰かの影”が見えた気がした。

リディアは、手にした剣の柄を握りしめる。

それでも、外には出ない。

――今、動けば“あの人”を呼び寄せてしまう気がした。

冷たい風がカーテンを揺らす。

遠くで犬が吠える声。

屋敷の静けさが、やけに痛かった―――
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