花は闇に誓いを捧ぐ

希音

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第三章 守られる私じゃなく。

再会と恐怖

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模擬戦後、兵士たちと談笑をしていた。

まだ少し頬が火照っている。砂の匂いと、汗の感覚が抜け切らない。

「令嬢なんだろ? なんで戦うのかい?」

「守られてばかりじゃ嫌なのです。それに、私は強いですから」

笑いながら答えると、周りの兵士たちは一瞬黙り、それから声をあげて笑った。

「ははっ、言い切ったな!」

「こりゃ俺たちもうかうかしていられねぇな」

――その時。

「リディア。そろそろ帰るぞ」

低く落ち着いた声に、背筋が伸びた。

振り向くと、レオンが夕焼けの光を背に立っていた。

鎧の隙間から差す光が金色に煌めく。

「もうそんな時間ですか?」

「日が沈む前に戻る。初日から夜更かしはさせん」

その言葉に周囲の兵士たちが笑いながら敬礼した。

「団長、嫉妬してませんか?」

「バカ言え!」

一瞬、レオンの耳が赤く染まったのを見て、私は小さく笑った。

「……行きましょうか」

「……ああ」

並んで歩き出す。

夕暮れの光が二人の影を長く伸ばした。

彼の隣を歩くたびに、胸の奥が少しずつ熱を帯びていくのを感じた。

* * *

夕日が沈むころ、屋敷の門が見えてきた。

今日一日が長くて、けれどどこか心地よかった。

初めて仲間と呼べる人たちと肩を並べた気がしていた。

「お疲れだろう。中で休め」

「ありがとうございます、レオン様」

馬車を降り、軽く礼をして屋敷の前に立つ。

ふと、視界の端に見慣れたものが映った。

……黒い馬車。

家紋は――モルドレッド公爵家。

息が止まる。

まさか、そんなはず……。

手が震え、足がすくむ。

「どうした?」

レオンが私の様子に気づき、視線を追う。

その瞬間、黒い馬車の扉が静かに開いた。

「久しいね、リディア」

優しげな微笑み。

けれど、その目だけが笑っていなかった。

ルシアン・モルドレッド。

かつての婚約者――そして、私を閉じ込めようとした男。

「……どうして、ここに」

「君に会いに来たんだ。どうしても、もう一度話がしたくてね」

レオンが一歩前に出る。

空気が張りつめ、屋敷の前の空気が一瞬で冷たくなった。

「ここは俺の屋敷だ。用があるなら、まず俺を通せ」

「何だ。俺のリディアだぞ。お前を通す必要なんてない」

ルシアンの声が低く沈む。

その目に宿る独占欲と狂気に、思わず背筋が震えた。

――逃げても逃げても、追ってくる。

自由になれたと思ったのに。

レオンが私の手をそっと取る。

「リディア、下がってろ」

その一言で、心の中の恐怖が少し和らいだ。

「まさか、こんな形で会うとはね、リディア」

「……話すことなんて、もうありません」

声が震えた。

けれど、それは恐怖だけじゃない。怒り――そして、悔しさ。

ルシアンは一歩近づく。

その足音が、記憶の底をざらつかせた。

「君は、俺の婚約者だった。どうして急に姿を消した? 何を言われた?」

「何も言われていません。ただ、あの場所が……息ができなかっただけです」

「俺が原因だって言うのか?」

「……そうです」

ルシアンの表情がわずかに歪む。

笑っているのに、目の奥だけが冷たい。

「そうやって、自分を守る言葉を並べるんだね。まるで、罪を俺に押しつけるように」

「やめろ」

その声は、鋭く低く――レオンのものだった。

ルシアンがわずかに眉をひそめる。

「……これは俺とリディアの問題だ。部外者は黙っていてもらえるか?」

「黙る気はない。彼女は今、俺の婚約者だ。お前のものではない」

空気が一瞬で張りつめた。

二人の視線がぶつかり、屋敷の前の風が止まる。

「王国直属部隊の長がか?……滑稽だな」

「口を慎め」

レオンの声に、いつもの冷静さはなかった。

一歩、ルシアンに近づく。

「次にその口で彼女を侮辱したら――俺が黙っていられると思うな」

沈黙。

ルシアンはしばらく無言でレオンを見つめ、そして薄く笑った。

「ふふ……そうか。お前なんぞどうにでもできるんだぞ。ましてやお前の出どこはよくわかっていない。探ればなんとでもできるさ」

「勝手にやってろ」

「ふん。いいだろう。しばらくは見逃してやる。ただし――」

その声が低く沈む。

「リディア、君は俺から逃げられない」

冷たい風が頬を撫でた。

彼の馬車が走り去る音だけが、いつまでも耳に残る。

沈黙が落ちる中、レオンが小さく息を吐いた。

「……すまない。巻き込みたくなかった」

「違います。私の過去ですから」

そう言いながらも、足が震えていた。

でも――もう、逃げない。

心の中で、そっと誓った。

――私は、今度こそ自分の意志で生きる。

* * *

馬車の音が遠ざかっていく。

風が止み、残されたのは胸の鼓動だけだった。

レオン様が、少しだけ視線を落とす。

「……怖かっただろう」

「……いいえ」

そう言ったけれど、本当は少しだけ震えていた。

それを悟られまいと、強く拳を握る。

レオン様は小さく息を吐くと、優しく言った。

「今日は、もう休め。屋敷の中まで送ろう」

「……はい」

二人で玄関をくぐる。

静けさが廊下を包み、足音だけが響いていた。

部屋の前まで来たとき、レオン様がふと立ち止まる。

「……あいつの言葉を、気にするな」

「気に、していません」

「嘘だな」

少しだけ笑ったその声が、妙に優しくて胸が熱くなった。

「リディア。お前は、誰に何を言われようと、自分で決めてここに来た。それだけで、充分強い」

「……レオン様」

「俺は、お前を守る。でも、それだけじゃなく――」

一拍置いて、彼は目を逸らした。
珍しく、言葉を探しているようだった。

「……お前が自分の足で立てるように、隣で支える」

心の奥で何かがほどけた気がした。

守られるだけじゃなくて、信じられている――そんな感覚。

「……ありがとうございます」

「礼はいらない。……もう、休め」

扉を閉める直前、リディアは小さく振り返る。

「レオン様」

「ん?」

「……今夜、助けてくださって、ありがとうございました」

彼は何も言わず、ただ頷いた。

けれどその瞳には、わずかに揺らぎがあった。

扉が閉まり、静寂が戻る。

ベッドに腰を下ろした瞬間、胸の奥がふわりと温かくなる。

(あの人は、私を誰かの代わりとして見ていない)

そう思うと、不思議と涙が出そうになった。

窓の外では、月が静かに光を放っている。

今夜だけは――少しだけ、穏やかに眠れそうだった。
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