あなたのいない世界でバージンロードを歩く

駄文のヒロ

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第2章 止まった運命、始まる人生

2、ラストブライド

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 再現された制御コンピューターラウンジの奥で、雅人はゆっくりと結奈を見る。

「……俺は、あの時もう長くなかった」

 淡々とした声だった。

 末期がん。
 余命は、三ヶ月。

「肉体は、どのみち持たないと分かっていた。
 だから冷却を優先すれば――
 俺だけは助かったかもしれない」

 一瞬、制御盤の光が弱まる。

「でも、止めた瞬間に分かった。
 この世界は、未完成のまま消える」

 レイヤーが崩れれば、結奈が生きる“次の世界”そのものが失われる。

「俺が生き延びるか、
 お前の世界を残すか――
 選択肢は、それだけだった」

 雅人は、後悔のない顔で微笑んだ。

「だから暴走は止めなかった。
 いや、正確には――
 “止められなかったことにした”」

 その沈黙が、すべての答えだった。
 胸の奥が、痛いほどに締めつけられる。

「……なんで」

 結奈は、震える声で呟いた。

「なんで、そこまで……私のために……」

 顔を上げることができず、視線は床に落ちたまま。
 怒りでも否定でもない、行き場のない感情があふれてくる。

「私は、そんなこと……頼んでない……」

 一拍置いて、言葉を探すように息を吸う。

「お父さんがいなくなるくらいなら、
 世界なんて……なくてもよかった……」

 声はかすれ、最後はほとんど祈りに近かった。

 結奈は、ようやく雅人を見る。

「どうして……私を残したの……」

 その問いは、責めではなく、“愛を向けられた子ども”としての、正直な心境だった。
 結奈の心だけが、静かに揺れていた。

 雅人は、ゆっくりと結奈の前に立った。
 その眼差しは、研究者でも英雄でもなく、ただの父親のものだった。

「理由なんて、難しい話じゃない」

 静かな声で、はっきりと告げる。

「お前が生きる道を――
 自分の足で歩いていける世界を、作ってやりたかった」

 一瞬、結奈は息を止めたように固まる。

「守ることも、導くことも……もう出来なくなるって分かってた。
 それでも、道だけは残せると思った」

 雅人は、ほんの少しだけ笑った。

「父親として、それで十分だった」

 その瞬間、結奈の瞳からこらえていたものがあふれ落ちた。
 声を上げることもできず、ただ涙が頬を伝う。

「……ひどいよ……」

 そう言いながら、結奈は雅人の胸元に顔を埋める。
 拒絶ではなく、受け入れきれないほどの愛に対する涙だった。

 雅人は、静かに美麗の方へ振り向いた。
 制御ラウンジの光が、彼女の輪郭を淡く縁取る。

「驚いたよ。君は――世界の“中心”になったんだな」

 少しだけ、父親ではなく研究者の顔で笑う。

「結奈の世界を守ってくれて、ありがとう」

 その言葉に、美麗は一瞬だけ目を伏せ、すぐに柔らかく微笑んだ。

「……感謝を受け取る時間はないわ」

 そう告げると、美麗は結奈の方へ手を伸ばす。
 指先が触れた瞬間、空間が揺らぎ、結奈の衣服が光の粒子にほどけていく。

「え、なに……? ちょっと待って、どういう――」

 困惑する結奈の声をよそに、白いレースと淡い光が身体を包み込み、次の瞬間、そこに立っていたのはウエディングドレス姿の結奈だった。

「……これは」
「ごめんなさい。
 時間がないの。説明は後」

 美麗ははっきりと言い切る。

 結奈は状況を理解できないまま、ただ父と、美麗と、変わりゆくラウンジを見渡す。

 ――何かが、始まろうとしている。
 それだけは、はっきりと分かった。

 光が反転するように揺れ、制御コンピューターラウンジは静かにその形を失っていった。

 代わりに現れたのは、白い壁と高い天井。
 柔らかな光が差し込む、チャペルの扉の 前。
 いつしか、父親の雅人も黒のタキシードに変容していた。

 重厚な扉の向こうから、微かにパイプオルガンの前奏が流れてくる。
 結奈は、ドレスの裾を握ったまま立ち尽くしていた。

 その様子を見て、美麗が一歩前に出る。
 黒いスーツの袖を軽く払う仕草は、どこか儀式めいている。

「時間よ、結奈」

 柔らかく、しかし揺るがない声。

「歩きましょう。
 これは“別れ”じゃない。前に進むための通路よ」

 美麗が視線で、バージンロードの先を示す。
 重厚な扉が、静かに開いた。



 白い光に満ちたチャペルの奥、祭壇の前に正装した久世透が立っている。
 緊張を抑えたまなざしで、まっすぐ結奈を見つめていた。

 その少し後ろには、ドレスに見劣りしないほど整えられたフォーマルな装いの真里奈の姿がある。
 彼女は何も言わず、ただ強く、優しく頷いた。

 ここが、結奈の行き先。
 そして――雅人がのこした、生きるための世界だった。
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