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第二章
4月17日(水):『美代のへや』
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【京一】
放課後。
僕は、晃とクララと共にイブの自宅へと向かった。
クララは欠席したイブにプリントを持っていくよう担任に指示されていた。イブと家が近いため、担任がクララにプリント配達を指示するのは自然な判断だと思う。
しかしその担任には知る由もなかっただろう、――彼女にとってイブの部屋へと足を踏み入れるのは非常に躊躇われることなのだ。
一人ではとてもイブの部屋に入れないので、僕と晃を付き添いに誘ったわけである。
学校から共に電車に乗った僕らは、目的の駅に到着したのちバスへと乗り換え、十分ほどで下車、ようやく指宿家へとたどり着いた。
凛も含めて、同じ小学校出身の僕ら五人だが、自宅から最寄り駅までの距離はかなりバラつきがある。
自宅から駅までの移動手段として、僕と凛は徒歩、晃は自転車、イブとクララはバスになる。
クララが慣れた手つきで指宿家のインターホンを押す。
スピーカーから女性の声が聞こえた。おそらくイブの母親だ。
クララが背伸びをしながらインターホンのマイクに向けて「大倉ですぅ」と言う。大倉って誰だと一瞬思ったが、そういえばクララの苗字が大倉だったと思い出す。あだ名が定着しすぎるのも考え物かもしれない。
イブの母親に案内され、二階へ上がる。ちなみに母親は日本人だ。父親がドイツ人。
二階へ上がってすぐの右の部屋、その扉に『美代のへや』とかわいらしい自体で書かれたプレートがかけられている。クララがノックした。
「美代ちゃん? 私だけどー。……えっと、具合はどうかな」
「あ、蘭子ー? うん、もう熱も引いたし平気ー。入ってきなよ」
「え、それはちょっと……、あの、京一君と晃君に来てもらってるんだけど……」
「うーい、大丈夫かイブよ」
ゴンゴンと乱暴にノックしつつ、のんきな声で言う晃。
「はっ? ――えっ、ちょ、待って、なんで晃が」
「入るぞー」
応答を待たず、晃は遠慮の欠片もなく扉を開け、部屋の中へと突入していった。
「うわ、ちょっ――なに勝手に入ってきてんのよおーっ」
「いやだって、入ってこいって言ってたろ」
「お前に言ったんじゃないわ!」
イブは濡れタオルで体を拭いている最中だったのである――。
枕を顔面に投げつけられ、追い出される晃。廊下で待っていた僕とクララは肩を竦めて顔を見合わせた。
……漫画やアニメなどでは『お約束』と言える状況だが、現実にそれを起こして見せるとは。呆れたやつである。
締め締め切られた扉。
しばらくして、扉の向こうから「もういいよ」と声がかけられた。
「……もー、来るなら先に言っといてよ」
「いやだって、クララがメールとかで伝えてくれてると思うじゃん?」
「あの子、そういうとこ抜けてるんだから」
僕と晃が入室し、扉を閉める。
クララは、イブの部屋を警戒するように数歩の距離を置き、廊下の隅の方で待機している。
晃は何度か来たことがあるようだが、僕はイブの部屋に入るのは初めてだった。
どのような部屋かはあらかじめ晃から話を聞いていた。といっても、全体的にきれいに整理されていて、おしゃれな小物やカラフルな衣装棚など、基本的には当たり障りのない女の子の部屋だ。――ただし、ある一点を除けば、である。
窓辺に置かれた机の上に、大きな飼育ケースが鎮座している。一メートルほどの大きさで、透明なので中が窺えた。
「おー、相変わらずすげえよなあ、こいつ」
晃がケースの中を覗き込んで言う。
「でっしょー? かわいいよね、ねっ」
先ほどまでの苛立ちが一瞬で吹き飛んだかのように、でれっと笑うイブ。
その大きなケースの中にいるのは、二十センチほどはあろうかという大きなトカゲであった。
指宿美代は特殊な嗜好を持っている。
彼女は『爬虫類好き』なのである。とりわけトカゲへの偏愛は著しい。
確かに、子供の頃から晃と一緒になって虫捕りではしゃぐような女の子ではあった。始めから虫を怖がるような素振りはなく、興味深そうに観察し、触れていたのだ。
――そんな好奇心が、気付いた頃には明らかな趣味嗜好の域へと昇華していた。
特にトカゲへの愛情が顕著で、なんと小学六年のときに両親に頼み込んで飼育用のトカゲを買ってもらったのだ。
以前、彼女がこの高校に生物部があればいいのに、と呟いていたのもこの趣味のためである。
そしてクララがイブの部屋に入りたがらない理由もまた、このためだ。……イブとは対照的に幼い頃からすでに虫など怖がっていたクララ。有鱗目トカゲ亜目の爬虫類が生息するイブのこの部屋、クララにとっては覗き見ることすら恐ろしいわけである。
僕はイブがトカゲを飼育していることは以前から知っていたが、実際に目の当たりにするのはこれが初めてだ。
トカゲなら、触るぐらいできると思うが、……ただしその横に別に置いてある小さな飼育カゴの中で生餌用に繁殖させられている虫なんかは、さすがにちょっと間近で拝見しようとは思えない。
「京一に見せるの初めてだよね、ほら、うちのドラコちゃん。かわいーでしょ!」
幼い頃そのままのような無垢な笑顔を咲かせながら、イブが言う。風邪を引いて学校を欠席した人間のテンションとは思えない。
「フトアゴヒゲトカゲっていう種類でね、ほら、あごのところのおヒゲとかドラゴンみたいでかっこよくない? ホントはもっといっぱい飼いたいんだけど、さすがに難しいんだよねえ。いやもう、アルマジロトカゲなんか飼えれば最高なんだけどなあ」
恋する乙女が王子様を思い浮かべるように、うっとりとした表情で語るイブ。
「わかるぞー。アルマジロはもうほぼドラゴンだよな。まじかっけーよ」
「だよね! いやでもうちのドラコちゃんも、めっちゃかわいーしかっこいーけどね」
「おう、なかなかだよ。ヒゲとかマジ男前だわ」
「ふふん、でっしょー。蘭子も変わってるよ、こんなにかわいーのに怖がって部屋にすら入ってこないなんて。むしろ、あたしはあの子の部屋の方がムリだわ、少女趣味過ぎて堪えらんない」
晃とイブが二人で盛り上がる。僕もクララと一緒に廊下で待っていればと後悔した。
放課後。
僕は、晃とクララと共にイブの自宅へと向かった。
クララは欠席したイブにプリントを持っていくよう担任に指示されていた。イブと家が近いため、担任がクララにプリント配達を指示するのは自然な判断だと思う。
しかしその担任には知る由もなかっただろう、――彼女にとってイブの部屋へと足を踏み入れるのは非常に躊躇われることなのだ。
一人ではとてもイブの部屋に入れないので、僕と晃を付き添いに誘ったわけである。
学校から共に電車に乗った僕らは、目的の駅に到着したのちバスへと乗り換え、十分ほどで下車、ようやく指宿家へとたどり着いた。
凛も含めて、同じ小学校出身の僕ら五人だが、自宅から最寄り駅までの距離はかなりバラつきがある。
自宅から駅までの移動手段として、僕と凛は徒歩、晃は自転車、イブとクララはバスになる。
クララが慣れた手つきで指宿家のインターホンを押す。
スピーカーから女性の声が聞こえた。おそらくイブの母親だ。
クララが背伸びをしながらインターホンのマイクに向けて「大倉ですぅ」と言う。大倉って誰だと一瞬思ったが、そういえばクララの苗字が大倉だったと思い出す。あだ名が定着しすぎるのも考え物かもしれない。
イブの母親に案内され、二階へ上がる。ちなみに母親は日本人だ。父親がドイツ人。
二階へ上がってすぐの右の部屋、その扉に『美代のへや』とかわいらしい自体で書かれたプレートがかけられている。クララがノックした。
「美代ちゃん? 私だけどー。……えっと、具合はどうかな」
「あ、蘭子ー? うん、もう熱も引いたし平気ー。入ってきなよ」
「え、それはちょっと……、あの、京一君と晃君に来てもらってるんだけど……」
「うーい、大丈夫かイブよ」
ゴンゴンと乱暴にノックしつつ、のんきな声で言う晃。
「はっ? ――えっ、ちょ、待って、なんで晃が」
「入るぞー」
応答を待たず、晃は遠慮の欠片もなく扉を開け、部屋の中へと突入していった。
「うわ、ちょっ――なに勝手に入ってきてんのよおーっ」
「いやだって、入ってこいって言ってたろ」
「お前に言ったんじゃないわ!」
イブは濡れタオルで体を拭いている最中だったのである――。
枕を顔面に投げつけられ、追い出される晃。廊下で待っていた僕とクララは肩を竦めて顔を見合わせた。
……漫画やアニメなどでは『お約束』と言える状況だが、現実にそれを起こして見せるとは。呆れたやつである。
締め締め切られた扉。
しばらくして、扉の向こうから「もういいよ」と声がかけられた。
「……もー、来るなら先に言っといてよ」
「いやだって、クララがメールとかで伝えてくれてると思うじゃん?」
「あの子、そういうとこ抜けてるんだから」
僕と晃が入室し、扉を閉める。
クララは、イブの部屋を警戒するように数歩の距離を置き、廊下の隅の方で待機している。
晃は何度か来たことがあるようだが、僕はイブの部屋に入るのは初めてだった。
どのような部屋かはあらかじめ晃から話を聞いていた。といっても、全体的にきれいに整理されていて、おしゃれな小物やカラフルな衣装棚など、基本的には当たり障りのない女の子の部屋だ。――ただし、ある一点を除けば、である。
窓辺に置かれた机の上に、大きな飼育ケースが鎮座している。一メートルほどの大きさで、透明なので中が窺えた。
「おー、相変わらずすげえよなあ、こいつ」
晃がケースの中を覗き込んで言う。
「でっしょー? かわいいよね、ねっ」
先ほどまでの苛立ちが一瞬で吹き飛んだかのように、でれっと笑うイブ。
その大きなケースの中にいるのは、二十センチほどはあろうかという大きなトカゲであった。
指宿美代は特殊な嗜好を持っている。
彼女は『爬虫類好き』なのである。とりわけトカゲへの偏愛は著しい。
確かに、子供の頃から晃と一緒になって虫捕りではしゃぐような女の子ではあった。始めから虫を怖がるような素振りはなく、興味深そうに観察し、触れていたのだ。
――そんな好奇心が、気付いた頃には明らかな趣味嗜好の域へと昇華していた。
特にトカゲへの愛情が顕著で、なんと小学六年のときに両親に頼み込んで飼育用のトカゲを買ってもらったのだ。
以前、彼女がこの高校に生物部があればいいのに、と呟いていたのもこの趣味のためである。
そしてクララがイブの部屋に入りたがらない理由もまた、このためだ。……イブとは対照的に幼い頃からすでに虫など怖がっていたクララ。有鱗目トカゲ亜目の爬虫類が生息するイブのこの部屋、クララにとっては覗き見ることすら恐ろしいわけである。
僕はイブがトカゲを飼育していることは以前から知っていたが、実際に目の当たりにするのはこれが初めてだ。
トカゲなら、触るぐらいできると思うが、……ただしその横に別に置いてある小さな飼育カゴの中で生餌用に繁殖させられている虫なんかは、さすがにちょっと間近で拝見しようとは思えない。
「京一に見せるの初めてだよね、ほら、うちのドラコちゃん。かわいーでしょ!」
幼い頃そのままのような無垢な笑顔を咲かせながら、イブが言う。風邪を引いて学校を欠席した人間のテンションとは思えない。
「フトアゴヒゲトカゲっていう種類でね、ほら、あごのところのおヒゲとかドラゴンみたいでかっこよくない? ホントはもっといっぱい飼いたいんだけど、さすがに難しいんだよねえ。いやもう、アルマジロトカゲなんか飼えれば最高なんだけどなあ」
恋する乙女が王子様を思い浮かべるように、うっとりとした表情で語るイブ。
「わかるぞー。アルマジロはもうほぼドラゴンだよな。まじかっけーよ」
「だよね! いやでもうちのドラコちゃんも、めっちゃかわいーしかっこいーけどね」
「おう、なかなかだよ。ヒゲとかマジ男前だわ」
「ふふん、でっしょー。蘭子も変わってるよ、こんなにかわいーのに怖がって部屋にすら入ってこないなんて。むしろ、あたしはあの子の部屋の方がムリだわ、少女趣味過ぎて堪えらんない」
晃とイブが二人で盛り上がる。僕もクララと一緒に廊下で待っていればと後悔した。
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