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第二章
4月18日(木):新聞部部長からの生物教師
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【京一】
当番を終え、宮本と共に並んで廊下を歩く。
初めて彼女と図書委員の当番で二人きりになったときと比べれば、いくらか緊張は緩和されている。
僕は宮本に惚れている。
ただ、かといって本気でお近づきになろうなんて思っていない。いつぞや夢で見たように、告白をする勇気なんてないし、そもそもそれが無謀だと知っている。
だから、宮本に嫌われたりしたくはない……とは思っていても、好きに合ってもらいたいなんて思わないのだ。叶わないと分かっているから。彼女の笑顔に惹かれ、惚れたその日のうちに結論を出したことだ。
だからこそ、彼女と二人きりという状況においても、必要以上に気張る必要もないわけである。
――などと考えながらも、しっかり心臓は高鳴っているのだが。
宮本と二人、並んで歩く。
ふと、廊下の向こうから身長差の激しい二人組が歩いて来るのが見えた。
「おやおやっ、有紗と小智君? 放課後の学校で二人でいるなんて、一体なにしてるんですかぁ?」
赤い眼鏡をくい、と釣り上げて遊免一佳が寄って来た。その後ろにひょろ長い男もいる。
「一佳。耕太郎くんも」
宮本は遊免のことを下の名で呼ぶ。そしてやはり山本も下の名前で呼ばれている。僕の中で醜く嫉妬心がくすぶる。……いやまあ、遊免も含めて三人は同じ中学出身なのだから、自然なことだろうか。
遊免が僕の方に寄って来て、こそっと耳打ちで聞いてきた。
「手芸部の件、どうなんです? 進捗は?」
「なんでコソコソ聞いてくるんだよ」
「いやまァ、なんとなく」
「……まだ決まってない」
「ふうん? そうかと思いました。小智君、なんだか浮かない顔してますもん」
そう言ってふふんと偉そうな笑顔を見せる遊免。
なんだかあの小人を思わせる所作だ。というかよくよく思えばこのハイテンションな眼鏡女とあの小人は少し似ている。胡散臭いところとか特に。
「京一、そういえばお前、入部申請書は持ってるのか?」
「え? ……あ」
山本に言われ、僕は初めて気づく。
入部申請書。昨日、イブに手渡したあれだ。イブやクララは新入生だからクラスで配られたわけだが、僕らはそうではない。
「確か、申請書は担任からもらわなきゃいけないんじゃなかったか。真田先生なら、ちょうど今、職員室にいるぞ」
「そうか。ありがとう。……さすが新聞部は何でも知ってるな」
/
「おやおや、小智クン、キミが遅くまで学校にいるなんて珍しいネ」
「……図書委員の仕事です、先生」
真田先生は自らのデスクにつきながら僕を見上げる。
遊免と話した直後に真田先生と話すと、奇妙な感覚になった。この二人の間にも、少し似た雰囲気を感じる。胡散臭いところとか。あとは芝居くさい喋り方とか、内に秘めきれていない変人オーラとか。
「あの、真田先生。入部申請の書類をもらいたいんですけど」
「入部申請? 小智クン、部活に入るんですか」
「ええ、まあ。後輩に頼まれて、人数の埋め合わせで。手芸部に」
「似合いませんネ」
「そう思います」
それ以上突っ込んで事情を聞いて来ることはなく、先生はデスクの引き出しを開ける。探し始めてからすぐに目的の書類を発見し、渡してくれた。
僕はあと二枚を要求する。すなわち僕以外に、晃の分と、一応、凛の分。
真田先生のデスクは、意外にもきれいに整頓されていた。彼のことはマッドサイエンティストのような人物だと認識していたので、その印象でいくと物の整理なんかは苦手でデスクはぐちゃぐちゃであろうと思ったが。彼は別に狂人的で無頓着というわけではなく、常識人的な几帳面さもあるのか。そのギャップがむしろ怖い。
「しかし小智クン。なんだか浮かない顔をしてますネ、悩み事ですか?」
「…………」
不快な既視感が襲う。
「まあ、悩み事っていうか、手芸部の人数合わせがあまりうまくいっていなくて」
「フウム。人間関係の悩みですか。キミもそういうことを考えるんですネ、小智クンは他人には無関心なものかと思ってました」
あなたにだけは言われたくありません先生――喉頭部まで上って来たその言葉を寸でで留める。
「明晰夢というのを見られれば、人間関係のお悩みなんてすぐに解消できるのですがネ」
「えっ?」
「知りませんか? 明晰夢。夢の中で意識を持って自由に動けるというものですヨ。しかも、夢世界を自由に行き来することすらできると言いますからネ」
相変わらず、唐突に夢うんちくを語り出す真田先生。
確か、大学のときのゼミの教授からの受け売りだと言っていたが。彼は、僕が『夢』に関して興味が深い生徒だと思い込んでいて、その大学への進学を薦めてまで来た。国立大学なんて、僕の学力では無謀なのだが。
「へ、へえ……、そうなんですか」
嬉しそうに夢うんちくを語る真田先生。そんな彼にいささか引きつつも、僕は相月を打つ。明晰夢……。割合、僕には身近な話である。
「でもなんで明晰夢を見られれば、人間関係の悩みを解消できるなんてことになるんですか?」
「いやなに、この間も話したでしょう、レム睡眠とノンレム睡眠のことです。ノンレム睡眠のときに見る夢というのは、意識の深層部、無意識の世界なのですヨ。
明晰夢の力があれば他人の深層夢世界に介入することができるのですから、すなわち、その人の剥き出しの本心に触れられるというわけなのですヨ。『この人は自分のことどう思ってるんだろう?』なんて疑問は、即刻解決ですヨ。その人の夢に行って、聞けば良いのですから。
しかも、深層意識たるその夢での出来事は、目覚めたのち本人の記憶には残らない。フム、素晴らしい!」
そう言ってにやにやと笑う真田先生。
本来、その狂気的な笑みを見れば心の底から恐怖が込み上げるのが自然だろう。
しかしそのときの僕は違った。
彼の言葉を聞いて、ある考えが浮かんでいたのだ。――そう、今晩の夢のことを考えて頭がいっぱいで、担任教師に恐れを抱くどころではなかったのである。
当番を終え、宮本と共に並んで廊下を歩く。
初めて彼女と図書委員の当番で二人きりになったときと比べれば、いくらか緊張は緩和されている。
僕は宮本に惚れている。
ただ、かといって本気でお近づきになろうなんて思っていない。いつぞや夢で見たように、告白をする勇気なんてないし、そもそもそれが無謀だと知っている。
だから、宮本に嫌われたりしたくはない……とは思っていても、好きに合ってもらいたいなんて思わないのだ。叶わないと分かっているから。彼女の笑顔に惹かれ、惚れたその日のうちに結論を出したことだ。
だからこそ、彼女と二人きりという状況においても、必要以上に気張る必要もないわけである。
――などと考えながらも、しっかり心臓は高鳴っているのだが。
宮本と二人、並んで歩く。
ふと、廊下の向こうから身長差の激しい二人組が歩いて来るのが見えた。
「おやおやっ、有紗と小智君? 放課後の学校で二人でいるなんて、一体なにしてるんですかぁ?」
赤い眼鏡をくい、と釣り上げて遊免一佳が寄って来た。その後ろにひょろ長い男もいる。
「一佳。耕太郎くんも」
宮本は遊免のことを下の名で呼ぶ。そしてやはり山本も下の名前で呼ばれている。僕の中で醜く嫉妬心がくすぶる。……いやまあ、遊免も含めて三人は同じ中学出身なのだから、自然なことだろうか。
遊免が僕の方に寄って来て、こそっと耳打ちで聞いてきた。
「手芸部の件、どうなんです? 進捗は?」
「なんでコソコソ聞いてくるんだよ」
「いやまァ、なんとなく」
「……まだ決まってない」
「ふうん? そうかと思いました。小智君、なんだか浮かない顔してますもん」
そう言ってふふんと偉そうな笑顔を見せる遊免。
なんだかあの小人を思わせる所作だ。というかよくよく思えばこのハイテンションな眼鏡女とあの小人は少し似ている。胡散臭いところとか特に。
「京一、そういえばお前、入部申請書は持ってるのか?」
「え? ……あ」
山本に言われ、僕は初めて気づく。
入部申請書。昨日、イブに手渡したあれだ。イブやクララは新入生だからクラスで配られたわけだが、僕らはそうではない。
「確か、申請書は担任からもらわなきゃいけないんじゃなかったか。真田先生なら、ちょうど今、職員室にいるぞ」
「そうか。ありがとう。……さすが新聞部は何でも知ってるな」
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「おやおや、小智クン、キミが遅くまで学校にいるなんて珍しいネ」
「……図書委員の仕事です、先生」
真田先生は自らのデスクにつきながら僕を見上げる。
遊免と話した直後に真田先生と話すと、奇妙な感覚になった。この二人の間にも、少し似た雰囲気を感じる。胡散臭いところとか。あとは芝居くさい喋り方とか、内に秘めきれていない変人オーラとか。
「あの、真田先生。入部申請の書類をもらいたいんですけど」
「入部申請? 小智クン、部活に入るんですか」
「ええ、まあ。後輩に頼まれて、人数の埋め合わせで。手芸部に」
「似合いませんネ」
「そう思います」
それ以上突っ込んで事情を聞いて来ることはなく、先生はデスクの引き出しを開ける。探し始めてからすぐに目的の書類を発見し、渡してくれた。
僕はあと二枚を要求する。すなわち僕以外に、晃の分と、一応、凛の分。
真田先生のデスクは、意外にもきれいに整頓されていた。彼のことはマッドサイエンティストのような人物だと認識していたので、その印象でいくと物の整理なんかは苦手でデスクはぐちゃぐちゃであろうと思ったが。彼は別に狂人的で無頓着というわけではなく、常識人的な几帳面さもあるのか。そのギャップがむしろ怖い。
「しかし小智クン。なんだか浮かない顔をしてますネ、悩み事ですか?」
「…………」
不快な既視感が襲う。
「まあ、悩み事っていうか、手芸部の人数合わせがあまりうまくいっていなくて」
「フウム。人間関係の悩みですか。キミもそういうことを考えるんですネ、小智クンは他人には無関心なものかと思ってました」
あなたにだけは言われたくありません先生――喉頭部まで上って来たその言葉を寸でで留める。
「明晰夢というのを見られれば、人間関係のお悩みなんてすぐに解消できるのですがネ」
「えっ?」
「知りませんか? 明晰夢。夢の中で意識を持って自由に動けるというものですヨ。しかも、夢世界を自由に行き来することすらできると言いますからネ」
相変わらず、唐突に夢うんちくを語り出す真田先生。
確か、大学のときのゼミの教授からの受け売りだと言っていたが。彼は、僕が『夢』に関して興味が深い生徒だと思い込んでいて、その大学への進学を薦めてまで来た。国立大学なんて、僕の学力では無謀なのだが。
「へ、へえ……、そうなんですか」
嬉しそうに夢うんちくを語る真田先生。そんな彼にいささか引きつつも、僕は相月を打つ。明晰夢……。割合、僕には身近な話である。
「でもなんで明晰夢を見られれば、人間関係の悩みを解消できるなんてことになるんですか?」
「いやなに、この間も話したでしょう、レム睡眠とノンレム睡眠のことです。ノンレム睡眠のときに見る夢というのは、意識の深層部、無意識の世界なのですヨ。
明晰夢の力があれば他人の深層夢世界に介入することができるのですから、すなわち、その人の剥き出しの本心に触れられるというわけなのですヨ。『この人は自分のことどう思ってるんだろう?』なんて疑問は、即刻解決ですヨ。その人の夢に行って、聞けば良いのですから。
しかも、深層意識たるその夢での出来事は、目覚めたのち本人の記憶には残らない。フム、素晴らしい!」
そう言ってにやにやと笑う真田先生。
本来、その狂気的な笑みを見れば心の底から恐怖が込み上げるのが自然だろう。
しかしそのときの僕は違った。
彼の言葉を聞いて、ある考えが浮かんでいたのだ。――そう、今晩の夢のことを考えて頭がいっぱいで、担任教師に恐れを抱くどころではなかったのである。
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