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第四章
4月30日(火):多忙な彼女
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【京一】
三連休が明けた、本日。
いつも通り、晃と共に授業開始間近の教室に入る。
「おはよう」
席に着き、隣に座る凛に挨拶をした。
「……おはよ」
一瞥し、短く返す凛。
少しだけ違和感を覚えた。――こうして遅刻ギリギリに登校してきた僕に対し、いつもならばそれを咎めるために突き刺さるような鋭い視線を向けて来る。
だが、今の凛の視線はどこか力ないように見えた。
「どうした? 凛」
「え? 何が?」
「いや、なんかいつもより元気ないように見えたから。昨日、オープンキャンパスで歩き回った疲れが残ってるのか?」
「…………」
なにか意外そうな目で僕を見て、それから少し考えるように間をあけてから口を開く凛。
「……別に。ちょっと寝不足なだけ。昨日の夜、ちょっと遅くまで勉強してたから」
「勉強? 連休前に出てた課題か? でも凛ならあのぐらいすぐに終わるんじゃないのか」
「課題ならとっくに終わらしてるわよ。――昨日、大学でもらったでしょ。過去問題集。習ってる範囲だけ解いてみようと思って、帰った後、やってたのよ」
「へ、へえ……」
僕は開けもせずに引き出しの奥にしまい込んだものだが、一方彼女はさっそく手を付けたのか。
すなわちその意欲の差が、歴然たるテストの点数の差を生むわけである。
――そしてその意欲の差はそのまま授業態度にも表れるわけで、授業ごとに机に伏して眠りこける僕と、業間ごとにそんな僕に鋭い視線を突きさしてくる凛。
ただ、その視線はいつも通りの鋭利さであり、なるほど少々の寝不足程度で彼女の活力は損なわれないものなのだと知った。
/
放課後になり、向かうのは手芸部室。
一週間前に部が結成されて以来、毎日放課後に手芸部は活動している。
しかし活動といっても、部室に部員が集まって雑談するだけである。そもそも手芸部に興味があったのはクララだけ。他四人は、手芸部に入ったからといって手芸を嗜むつもりは毛頭ないのである。
手芸の部活としてはいささか問題があるかもしれないが、しかしある意味では、手芸部の活動は順調であると言える。
本日もまた、手芸部部室は賑わいを見せている。
凛とイブは今やとても仲が良く、むしろ昔より距離が縮まったのではないかと思うほどだ。
今更話すのが気まずいだとか、嫌われているかもしれないだとか、そんなものは杞憂だったのだとその様子が表している。
ただし凛はこの一週間、毎日顔を出しているというわけではない。それは決して気まずいからとか部室に赴くのが億劫だとかではなく、ただ彼女が忙しいから。
彼女は学級委員長だけでなく生徒会にまで所属しているし、そして帰宅後には家事をこなさなければならないのだ。
高槻家の家庭内において彼女が家事全般をこなしている。
あるいは、入試の過去問題集をもらった当日にさっそく解いてみたというぐらい、彼女は勉強にも一切余念がないのである。
凛は、僕らと違って決して暇ではないのだ。
その日の、部活のおわり。今日は凛も参加していた。下校の際は五人で電車に乗るが、駅に着いてからは僕と凛の二人で歩いて帰るわけである。
「凛が来てくれるのはありがたいし、イブとかは特に喜んでるけどさ。でも家事とか勉強とかで忙しいなら、無理してこなくても大丈夫だからな?」
お互い隣り合う家へと帰る道中、僕は凛に言った。
「別に、無理なんかしてないわよ。楽しいから。……本当なら、毎日行きたいぐらいだし」
いささか照れ臭そうに、凛はそう言った。彼女の歩みに合わせて、その後ろ頭に垂れたポニーテールがひらり、ひらりと踊っている。
「それに、誘った本人のあんたが、来なくていいとか言うの変じゃない?」
「まあ、確かにそうだけど」
そう言われると返す言葉もない。
駅から自宅まではすぐに着いた。
凛に「じゃ」と短く挨拶され、「うん、じゃあ」と返した。
/
……
…………
夜。
「ドモッス、京一サン!」
相変わらず、僕の夜はこのハイテンションで奇抜な小人と共にある。
すでに慣れたというのもおこがましいぐらい、奇妙な夢を見る夜はすでに日常と化してしまっている。――だからこそ、そのうえで感じる不満がある。
正直、この先に待つ魔法少女の活躍劇には、もう飽き飽きしているのだ。
なにせ、怪物が出てきて凛が魔法少女に変身してそれを倒すという、完全なワンパターンしか存在しないのだ。
思い返せばこの夢を見始めて二日目、苦手なカエルに対して苦戦していたのが唯一の例外であった。そのほかは、魔法少女はすっかり負け知らず、魔法をぶっ放して圧勝というパターンのみである。
どうせ、今晩の夢もまたそうだ。
日常的な場面の中に突如として怪物が現れるが、魔法少女に変身した凛が颯爽と登場し、そして怪物を得意の魔法であっさり退治してしまう。始めから先の読める話ほど、退屈なものはない。
気が乗らないまま、小人の後についていき、そしてもやを抜けた先は、――見覚えのある商店街だった。
三連休が明けた、本日。
いつも通り、晃と共に授業開始間近の教室に入る。
「おはよう」
席に着き、隣に座る凛に挨拶をした。
「……おはよ」
一瞥し、短く返す凛。
少しだけ違和感を覚えた。――こうして遅刻ギリギリに登校してきた僕に対し、いつもならばそれを咎めるために突き刺さるような鋭い視線を向けて来る。
だが、今の凛の視線はどこか力ないように見えた。
「どうした? 凛」
「え? 何が?」
「いや、なんかいつもより元気ないように見えたから。昨日、オープンキャンパスで歩き回った疲れが残ってるのか?」
「…………」
なにか意外そうな目で僕を見て、それから少し考えるように間をあけてから口を開く凛。
「……別に。ちょっと寝不足なだけ。昨日の夜、ちょっと遅くまで勉強してたから」
「勉強? 連休前に出てた課題か? でも凛ならあのぐらいすぐに終わるんじゃないのか」
「課題ならとっくに終わらしてるわよ。――昨日、大学でもらったでしょ。過去問題集。習ってる範囲だけ解いてみようと思って、帰った後、やってたのよ」
「へ、へえ……」
僕は開けもせずに引き出しの奥にしまい込んだものだが、一方彼女はさっそく手を付けたのか。
すなわちその意欲の差が、歴然たるテストの点数の差を生むわけである。
――そしてその意欲の差はそのまま授業態度にも表れるわけで、授業ごとに机に伏して眠りこける僕と、業間ごとにそんな僕に鋭い視線を突きさしてくる凛。
ただ、その視線はいつも通りの鋭利さであり、なるほど少々の寝不足程度で彼女の活力は損なわれないものなのだと知った。
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放課後になり、向かうのは手芸部室。
一週間前に部が結成されて以来、毎日放課後に手芸部は活動している。
しかし活動といっても、部室に部員が集まって雑談するだけである。そもそも手芸部に興味があったのはクララだけ。他四人は、手芸部に入ったからといって手芸を嗜むつもりは毛頭ないのである。
手芸の部活としてはいささか問題があるかもしれないが、しかしある意味では、手芸部の活動は順調であると言える。
本日もまた、手芸部部室は賑わいを見せている。
凛とイブは今やとても仲が良く、むしろ昔より距離が縮まったのではないかと思うほどだ。
今更話すのが気まずいだとか、嫌われているかもしれないだとか、そんなものは杞憂だったのだとその様子が表している。
ただし凛はこの一週間、毎日顔を出しているというわけではない。それは決して気まずいからとか部室に赴くのが億劫だとかではなく、ただ彼女が忙しいから。
彼女は学級委員長だけでなく生徒会にまで所属しているし、そして帰宅後には家事をこなさなければならないのだ。
高槻家の家庭内において彼女が家事全般をこなしている。
あるいは、入試の過去問題集をもらった当日にさっそく解いてみたというぐらい、彼女は勉強にも一切余念がないのである。
凛は、僕らと違って決して暇ではないのだ。
その日の、部活のおわり。今日は凛も参加していた。下校の際は五人で電車に乗るが、駅に着いてからは僕と凛の二人で歩いて帰るわけである。
「凛が来てくれるのはありがたいし、イブとかは特に喜んでるけどさ。でも家事とか勉強とかで忙しいなら、無理してこなくても大丈夫だからな?」
お互い隣り合う家へと帰る道中、僕は凛に言った。
「別に、無理なんかしてないわよ。楽しいから。……本当なら、毎日行きたいぐらいだし」
いささか照れ臭そうに、凛はそう言った。彼女の歩みに合わせて、その後ろ頭に垂れたポニーテールがひらり、ひらりと踊っている。
「それに、誘った本人のあんたが、来なくていいとか言うの変じゃない?」
「まあ、確かにそうだけど」
そう言われると返す言葉もない。
駅から自宅まではすぐに着いた。
凛に「じゃ」と短く挨拶され、「うん、じゃあ」と返した。
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……
…………
夜。
「ドモッス、京一サン!」
相変わらず、僕の夜はこのハイテンションで奇抜な小人と共にある。
すでに慣れたというのもおこがましいぐらい、奇妙な夢を見る夜はすでに日常と化してしまっている。――だからこそ、そのうえで感じる不満がある。
正直、この先に待つ魔法少女の活躍劇には、もう飽き飽きしているのだ。
なにせ、怪物が出てきて凛が魔法少女に変身してそれを倒すという、完全なワンパターンしか存在しないのだ。
思い返せばこの夢を見始めて二日目、苦手なカエルに対して苦戦していたのが唯一の例外であった。そのほかは、魔法少女はすっかり負け知らず、魔法をぶっ放して圧勝というパターンのみである。
どうせ、今晩の夢もまたそうだ。
日常的な場面の中に突如として怪物が現れるが、魔法少女に変身した凛が颯爽と登場し、そして怪物を得意の魔法であっさり退治してしまう。始めから先の読める話ほど、退屈なものはない。
気が乗らないまま、小人の後についていき、そしてもやを抜けた先は、――見覚えのある商店街だった。
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