ゆめゆめうつつ【真面目委員長の幼馴染が夢の中で魔法少女に・・?】

喜太郎

文字の大きさ
56 / 72
第四章

5月2日(木):遅刻をした朝

しおりを挟む
 【凛】


 その日、私は人生で初めての遅刻をした。

 小学生の頃から、始業時間に遅れて登校したことは一度もない。
 それがここへきて初めての遅刻。

 駅のホームに立ち、憂鬱な気分で電車を待つ。仕方ないとはいえ、遅れて教室に入るなんて屈辱だ、まるであいつみたいじゃないか。――いつもいつも遅刻ギリギリで教室に入って来るあの男の顔が頭に浮かんだ。

 閑散かんさんとしたホームに、人が入ってくる気配がした。

 見ると、頭に浮かんだその顔がそのままそこにいたのだった。


 最悪だった。
 人生初めての遅刻をしてしまった今日この日に、よりによって京一と鉢合わせるなんて。


 京一と並んで座り、電車に揺られる。いつもの登校時にはちょうど他校の生徒や出勤する会社員で騒然としているのに、いまは微妙な時間なので人気が少ない。
 こうして静かな車内で彼と一緒に登校するのはとても違和感がある。


「もしかして、寝坊した?」

 隣に座る京一が訊ねてきた。

「あんたと一緒にしないでよ」
「じゃあなんでこんな時間に?」
「…………、うるさいな、もう。なんだっていいでしょ」

 過剰に拒絶しすぎたかもしれない。でも、それ以上は聞かれたくなかった。
 遅刻の理由を明かすには、色々と事情を説明しなければならない。今朝のことはもとい、私が、最近悩んでいることについても……。




 今朝。私はいつも通り目を覚まし、お弁当を作っていた。

 ふと時計を見ると、起床時間になったのに父が起きて来ていないことに気付いた。父にしては珍しい。起こしに行こうと思い、父の部屋に行った。

 父はすでに目を覚ましていた。
 でも、様子が変だ。
 父は私に気付くなり、うまく体を起こせないから手を貸してくれと言うのだ。一人ではどうにも起き上がれなくて、でも私が手を貸すと、なんとか起き上がれた。


 目が覚めたのに、体がうまく起こせない。別に、筋肉の異常だとか、体の感覚がマヒしているだとか、そういうことではない。
 どうしたのかと聞くと、「とにかく体が重くてうまく起き上がれなかった」……と言うのだ。「でも一度起き上がれたからもう大丈夫」なんて父は言うのだけど、まさか大丈夫なはずはない。

 自然ではない。
 それは疲労の蓄積によるものではないだろうか。いや疑う余地もなく明らかにそうだ。


「父さん。大丈夫なの……?」

 何事もなかったかのように支度を始めようとする父に、私は言った。
 しかし、父の返答は相変わらずだった。

「大丈夫。心配かけてごめんな、平気だから」

 胸が、とても痛かった。


 父は私に心配をかけさせたくないのだ。
 それをわかっているし、父がそう言うのだから、それ以上はもう……なにも言えなかった。
 大丈夫じゃないでしょ、と言いたい。休んだ方がいいよ、と諭したい。

 でも、私にとっては父のことを想っての言葉でも、父は私にそれを言わせたくない。ならば、下手に強く言うと父の気を悪くさせるかもしれない、そう感じた。
 ――ただ、そこで強く言えない自分は弱い人間なのかもしれない、とも感じていた。


 本来、助けになりたいなら、相手のこだわりを折ってでも自分が強く出ることの方が望ましいのかもしれない。
 本人が良いと言うから放っておくなんて、それが正しい行いなはずは、ないのだ。

 でも、私は父に何も言えない。

 結局、父は出勤していった。起き上がった後は普通に体を動かせているようには見えたけど、だから大丈夫だろうなんて思えない。さすがに心配せずにはいられないのだ。


 そうして動揺してしまっているばかりに、自分の登校の用意がままならず、遅刻してしまう始末……。



 ガタン、と電車が揺れる。

 私が、強く拒絶の言葉を言ったためか、京一はそれ以上何も追及してこなかった。少し申し訳なくは思うけど、しかしどうしても言いたくはなかったのだ。

 自分が悩んでいると他人に打ち明けるなんて気が引けるし、しかも相手が京一ならばなおさらだ。


 こいつはいつも適当だ。
 毎朝のように遅刻ギリギリで登校してくるし、放課後になるととそそくさと帰っていくし、そもそも授業中だって居眠りばかり、そのくせ課題の提出だけは一応ちゃんとこなしていて――要は、落ちこぼれない程度にだけ最低限力を入れる。

 結果的になんとかなってさえいれば、その過程でどのようなことを為していたかの意義は求めない、そんなやつだ。


 彼に、私の弱い部分を見せたくはなかった。

 いつもよりも数本遅い、通学電車。京一と共に乗る車内で、私は胸の内にひどく重い気分が渦巻くのを感じていた。


        /


 なんとかその日一日を終えて、私は帰宅した。

 父は今日も帰りが遅いだろうか。心配に思いながらも、とにかく夕ご飯の用意をする。

 父からメールがあった。やはり帰りは遅くなるようで、先にご飯を食べておいてくれとのこと。
 いつものことだ。別に孤食が寂しいわけではない。
 しかし、寂しさとは違う居心地の悪い感覚が、私の心に巣食う。


 夕食を済ませ、お風呂に入り、数学の課題をある程度解き進めていたところで父が帰宅した。

 改めて聞いてみたが、変わらず、明日も仕事なのだという。休みなよ、とは言えず。しかし、頑張ってね、などと言えるはずもなく。逡巡しゅんじゅんしたあげく、そっか、とだけ言って私は自室に戻った。

 ベッドに横になりながら、目を閉じる。脳裏には、なぜか母の顔が浮かんだ。


 病気で入院し、徐々に体調が悪化していく中でも、母は私にはいつも『大丈夫』だと言っていた。私に心配をかけさせたくないためだ。
 母は、体は病弱でも心はとてもしたたかな女性だった。そんな母の強さに憧れていた。今でもそうだ。

 しかし、憧れとは程遠い。
 私は、自らの弱さをひしひしと実感しながら、眠りに落ちていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…

senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。 地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。 クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。 彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。 しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。 悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。 ――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。 謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。 ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。 この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。 陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!

処理中です...