ゆめゆめうつつ【真面目委員長の幼馴染が夢の中で魔法少女に・・?】

喜太郎

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第四章

5月2日(木):遅刻をした朝

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 【凛】


 その日、私は人生で初めての遅刻をした。

 小学生の頃から、始業時間に遅れて登校したことは一度もない。
 それがここへきて初めての遅刻。

 駅のホームに立ち、憂鬱な気分で電車を待つ。仕方ないとはいえ、遅れて教室に入るなんて屈辱だ、まるであいつみたいじゃないか。――いつもいつも遅刻ギリギリで教室に入って来るあの男の顔が頭に浮かんだ。

 閑散かんさんとしたホームに、人が入ってくる気配がした。

 見ると、頭に浮かんだその顔がそのままそこにいたのだった。


 最悪だった。
 人生初めての遅刻をしてしまった今日この日に、よりによって京一と鉢合わせるなんて。


 京一と並んで座り、電車に揺られる。いつもの登校時にはちょうど他校の生徒や出勤する会社員で騒然としているのに、いまは微妙な時間なので人気が少ない。
 こうして静かな車内で彼と一緒に登校するのはとても違和感がある。


「もしかして、寝坊した?」

 隣に座る京一が訊ねてきた。

「あんたと一緒にしないでよ」
「じゃあなんでこんな時間に?」
「…………、うるさいな、もう。なんだっていいでしょ」

 過剰に拒絶しすぎたかもしれない。でも、それ以上は聞かれたくなかった。
 遅刻の理由を明かすには、色々と事情を説明しなければならない。今朝のことはもとい、私が、最近悩んでいることについても……。




 今朝。私はいつも通り目を覚まし、お弁当を作っていた。

 ふと時計を見ると、起床時間になったのに父が起きて来ていないことに気付いた。父にしては珍しい。起こしに行こうと思い、父の部屋に行った。

 父はすでに目を覚ましていた。
 でも、様子が変だ。
 父は私に気付くなり、うまく体を起こせないから手を貸してくれと言うのだ。一人ではどうにも起き上がれなくて、でも私が手を貸すと、なんとか起き上がれた。


 目が覚めたのに、体がうまく起こせない。別に、筋肉の異常だとか、体の感覚がマヒしているだとか、そういうことではない。
 どうしたのかと聞くと、「とにかく体が重くてうまく起き上がれなかった」……と言うのだ。「でも一度起き上がれたからもう大丈夫」なんて父は言うのだけど、まさか大丈夫なはずはない。

 自然ではない。
 それは疲労の蓄積によるものではないだろうか。いや疑う余地もなく明らかにそうだ。


「父さん。大丈夫なの……?」

 何事もなかったかのように支度を始めようとする父に、私は言った。
 しかし、父の返答は相変わらずだった。

「大丈夫。心配かけてごめんな、平気だから」

 胸が、とても痛かった。


 父は私に心配をかけさせたくないのだ。
 それをわかっているし、父がそう言うのだから、それ以上はもう……なにも言えなかった。
 大丈夫じゃないでしょ、と言いたい。休んだ方がいいよ、と諭したい。

 でも、私にとっては父のことを想っての言葉でも、父は私にそれを言わせたくない。ならば、下手に強く言うと父の気を悪くさせるかもしれない、そう感じた。
 ――ただ、そこで強く言えない自分は弱い人間なのかもしれない、とも感じていた。


 本来、助けになりたいなら、相手のこだわりを折ってでも自分が強く出ることの方が望ましいのかもしれない。
 本人が良いと言うから放っておくなんて、それが正しい行いなはずは、ないのだ。

 でも、私は父に何も言えない。

 結局、父は出勤していった。起き上がった後は普通に体を動かせているようには見えたけど、だから大丈夫だろうなんて思えない。さすがに心配せずにはいられないのだ。


 そうして動揺してしまっているばかりに、自分の登校の用意がままならず、遅刻してしまう始末……。



 ガタン、と電車が揺れる。

 私が、強く拒絶の言葉を言ったためか、京一はそれ以上何も追及してこなかった。少し申し訳なくは思うけど、しかしどうしても言いたくはなかったのだ。

 自分が悩んでいると他人に打ち明けるなんて気が引けるし、しかも相手が京一ならばなおさらだ。


 こいつはいつも適当だ。
 毎朝のように遅刻ギリギリで登校してくるし、放課後になるととそそくさと帰っていくし、そもそも授業中だって居眠りばかり、そのくせ課題の提出だけは一応ちゃんとこなしていて――要は、落ちこぼれない程度にだけ最低限力を入れる。

 結果的になんとかなってさえいれば、その過程でどのようなことを為していたかの意義は求めない、そんなやつだ。


 彼に、私の弱い部分を見せたくはなかった。

 いつもよりも数本遅い、通学電車。京一と共に乗る車内で、私は胸の内にひどく重い気分が渦巻くのを感じていた。


        /


 なんとかその日一日を終えて、私は帰宅した。

 父は今日も帰りが遅いだろうか。心配に思いながらも、とにかく夕ご飯の用意をする。

 父からメールがあった。やはり帰りは遅くなるようで、先にご飯を食べておいてくれとのこと。
 いつものことだ。別に孤食が寂しいわけではない。
 しかし、寂しさとは違う居心地の悪い感覚が、私の心に巣食う。


 夕食を済ませ、お風呂に入り、数学の課題をある程度解き進めていたところで父が帰宅した。

 改めて聞いてみたが、変わらず、明日も仕事なのだという。休みなよ、とは言えず。しかし、頑張ってね、などと言えるはずもなく。逡巡しゅんじゅんしたあげく、そっか、とだけ言って私は自室に戻った。

 ベッドに横になりながら、目を閉じる。脳裏には、なぜか母の顔が浮かんだ。


 病気で入院し、徐々に体調が悪化していく中でも、母は私にはいつも『大丈夫』だと言っていた。私に心配をかけさせたくないためだ。
 母は、体は病弱でも心はとてもしたたかな女性だった。そんな母の強さに憧れていた。今でもそうだ。

 しかし、憧れとは程遠い。
 私は、自らの弱さをひしひしと実感しながら、眠りに落ちていった。
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