お疲れ様でした。これからの時間は私がいただきます。

沐猫

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素顔が垣間見える

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 アルヴェリオは返事をせず、ゆっくりと身体の向きを変えた。オルティスとは反対を向いたまま、小さく息を吐く。

「……ゃ……ょ」
「え?」

 オルティスが聞き返すと、彼はわずかに顔を正面に戻して、ぼそりと呟いた。

「付き合ってやるって言ったんだ」

 オルティスの目が一瞬見開かれ、すぐに柔らかな笑みが浮かぶ。

「本当ですか。前々からあなたとはじっくりお話ししたいと思っていたんです」
「お、おう……そうか」

 アルヴェリオはそっぽを向いた。
 首元が色づいて見えたのはーーきっと、光のせいだろう。


 アルヴェリオの頬にかかる光が揺れた。
 オルティスはそっと一歩、彼の方へ近づく。
 微笑みながら、声をやわらかく落とした。

「……私の執務室はご存じですよね?
 先に行っててください。お茶の準備をしてきますから」

 軽く裾を整え、言葉を続ける。

「あ、苦手なものありますか?」
「いや、特にない」
「良かった」

 その笑みは、いつも信者たちに慈悲を与える司教としてのものではなく、どこか嬉しそうにほどけていた。
 オルティスは軽く会釈をして、廊下の奥へと歩き出す。

 ステンドグラスの光が、ふたりの影を淡く染めていた。

「調子狂うな…」


 オルティスが執務室に戻ると、アルヴェリオは来客用のソファに腰掛けず、部屋の隅に立っていた。
 窓から差し込む午後の光が床を照らし、室内を暖かくしている。

「ふふ、適当に座っていてくださってもよかったのに」

 オルティスが微笑んで、お茶の準備を進める。
 アルヴェリオは肩をすくめた。

「……お前専用の椅子に座っててもか?」
「どうぞご自由に。私の椅子に座ったからといって何も変わりませんよ。少し部屋が見通しやすいだけで」

 オルティスは机の上に置いた盆の湯気を確かめながら、穏やかに続けた。

「お待たせしてしまいましたね。どうぞ座ってください。質素なものですが、甘味もいただいてきました」

 アルヴェリオはため息をつき、ようやくソファに腰を下ろす。

「司教がそんな調子で平気なのか? あんまり穏やかすぎると舐められねぇか?」
「ご心配なく。伊達に大聖堂で司教を務めているわけではありませんから」

 湯を注ぐ手を止めず、オルティスは柔らかく笑う。

「口うるさい者たちへの対処は心得ていますよ」
「はは、こわっ。前々から思ってたけど、結構腹黒? トオルがたまにおびえてた気がしてたけど」
「おや、神子様が? それはそれは、無垢な方を怖がらせてしまいましたね」

 軽くカップを差し出しながら、オルティスの声には冗談めいた色が混じる。

「けれど、そういう時はたいてい神子様も何かやってしまっている時ですよ」

 アルヴェリオは苦笑し、目線を逸らした。

「……お前、その服に似合わず真っ黒だな」
「お褒めの言葉として受け取りますよ」

 オルティスの微笑みはどこまでも穏やかで、けれどその奥に、確かに“人間らしい”仄暗さが宿っていた。
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