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誘惑のお茶会
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静かな時間が流れていた。
カップの縁から立ちのぼる香りを見つめながら、アルヴェリオが口を開く。
「……で? 話したいことがあったんじゃないのか?」
オルティスはふっと微笑んだ。
「いえ、特に何かを話そうというわけではありません。ただ、こうしてあなたとお茶をしながら、他愛もない話をしてみたかったんです。
世界が平和になる前は、落ち着いて話をする暇もなかったではありませんか」
「まあ、そうだが……司教様はどうして俺なんかに興味を持つ?」
「そうですね……強いて言えば――」
オルティスがそっと手を伸ばす。
指先がアルヴェリオの襟足の髪をすくい、ひと房、くるりと巻き取る。ゆるく解かれた髪が指の間を滑り落ちていった。
「あなたの“赤”が、あまりにも魅力的だからでしょうか」
アルヴェリオは一瞬、息を止めた。
それから「は?」と声を上げ、みるみる顔を真っ赤に染める。
「お、おまえ! なんてこと言ってやがる! 自分で何言ってるのかわかってるのか!」
「ええ、もちろん。自分の言葉の意味がわからないほど、子供ではありません」
オルティスの微笑みは相変わらず穏やかだ。
「髪だけでなく……頬まで赤く染まってしまいましたね。……触れてみたいですが、やめておきます。あなたに嫌われたくありませんから」
「……あー、あれだ」
アルヴェリオはわざとらしく咳払いをして、カップを置く。
「おまえは疲れてるんだな。うん、そうだ、そうに違いない。何よりあの書類の山だ。頭がおかしくなってても何ら不思議はない。うんうん。
ということで、邪魔したな。お茶よりも睡眠の方が大事だと思うぞ」
そうまくし立てると、勢いよく立ち上がった。
オルティスは苦笑を浮かべ、そっと呼び止める。
「あ……また、お話ししませんか? あなたと話すのは、とても楽しく、心地よかったのです。
ーーだから、どうか、また機会をください」
「……気が、向いたらな!」
それだけ言い残し、アルヴェリオはプイッと顔を背けて扉の方へ向かう。
その背中が扉の向こうに消えるまで、オルティスは一度も目を逸らさなかった。
午後の光が傾き、部屋の中に残ったのは、香り立つ紅茶の湯気だけだった。
扉が閉まる音がしても、オルティスはしばらく扉の先を見つめていた。
静寂の中に、茶の香りだけが残る。
机の上には、自身のカップと、アルヴェリオが飲みかけたカップが一つ。
「……あんなに急いで帰られなくてもよかったのに」
小さく息をつきながら、カップの中を覗き込む。
「ほら、まだこんなに残っている……」
指先で縁をそっと撫でる。
「次は、もう少しだけ長く、ここにいてくださると嬉しいのですが」
その声は誰に向けたものでもなく、
午後の光の中に静かに溶けていった。
オルティスはカップを片づけ、机に目をやった。
残された書類の山が、急に愛おしく見えてくる。
「やはり、かわいらしいお方……早くまた来てくださらないでしょうか」
唇にかすかな笑みを浮かべながら、書類の束を手に取る。
「……あぁ、その前に、こんな書類さっさと片付けてしまいましょう。
今度は、彼が逃げる理由にならないように」
ペン先が走る音が、午後の光に溶けていった。
――そのころ。
執務室から出たアルヴェリオは、足を止めて頭を抱える。
「な、な、なんだったんだあれ!!」
自分でも声が裏返るのが分かった。
「は? 司教あんな感じだったか? 人畜無害みたいな感じだったじゃないか!
なんで……なんだってあんなことしてくるんだ!」
手で頬を覆っても、熱が全然引かない。
「やばい、なんか顔熱くなったのはわかるけど、なんで!
あんなの、いつもの仕事中の色仕掛けに比べたら訳ないだろ!
……くそっ、なんで照れた俺!!」
回廊の風が彼の髪を揺らし、頬の赤みを隠してはくれなかった。
カップの縁から立ちのぼる香りを見つめながら、アルヴェリオが口を開く。
「……で? 話したいことがあったんじゃないのか?」
オルティスはふっと微笑んだ。
「いえ、特に何かを話そうというわけではありません。ただ、こうしてあなたとお茶をしながら、他愛もない話をしてみたかったんです。
世界が平和になる前は、落ち着いて話をする暇もなかったではありませんか」
「まあ、そうだが……司教様はどうして俺なんかに興味を持つ?」
「そうですね……強いて言えば――」
オルティスがそっと手を伸ばす。
指先がアルヴェリオの襟足の髪をすくい、ひと房、くるりと巻き取る。ゆるく解かれた髪が指の間を滑り落ちていった。
「あなたの“赤”が、あまりにも魅力的だからでしょうか」
アルヴェリオは一瞬、息を止めた。
それから「は?」と声を上げ、みるみる顔を真っ赤に染める。
「お、おまえ! なんてこと言ってやがる! 自分で何言ってるのかわかってるのか!」
「ええ、もちろん。自分の言葉の意味がわからないほど、子供ではありません」
オルティスの微笑みは相変わらず穏やかだ。
「髪だけでなく……頬まで赤く染まってしまいましたね。……触れてみたいですが、やめておきます。あなたに嫌われたくありませんから」
「……あー、あれだ」
アルヴェリオはわざとらしく咳払いをして、カップを置く。
「おまえは疲れてるんだな。うん、そうだ、そうに違いない。何よりあの書類の山だ。頭がおかしくなってても何ら不思議はない。うんうん。
ということで、邪魔したな。お茶よりも睡眠の方が大事だと思うぞ」
そうまくし立てると、勢いよく立ち上がった。
オルティスは苦笑を浮かべ、そっと呼び止める。
「あ……また、お話ししませんか? あなたと話すのは、とても楽しく、心地よかったのです。
ーーだから、どうか、また機会をください」
「……気が、向いたらな!」
それだけ言い残し、アルヴェリオはプイッと顔を背けて扉の方へ向かう。
その背中が扉の向こうに消えるまで、オルティスは一度も目を逸らさなかった。
午後の光が傾き、部屋の中に残ったのは、香り立つ紅茶の湯気だけだった。
扉が閉まる音がしても、オルティスはしばらく扉の先を見つめていた。
静寂の中に、茶の香りだけが残る。
机の上には、自身のカップと、アルヴェリオが飲みかけたカップが一つ。
「……あんなに急いで帰られなくてもよかったのに」
小さく息をつきながら、カップの中を覗き込む。
「ほら、まだこんなに残っている……」
指先で縁をそっと撫でる。
「次は、もう少しだけ長く、ここにいてくださると嬉しいのですが」
その声は誰に向けたものでもなく、
午後の光の中に静かに溶けていった。
オルティスはカップを片づけ、机に目をやった。
残された書類の山が、急に愛おしく見えてくる。
「やはり、かわいらしいお方……早くまた来てくださらないでしょうか」
唇にかすかな笑みを浮かべながら、書類の束を手に取る。
「……あぁ、その前に、こんな書類さっさと片付けてしまいましょう。
今度は、彼が逃げる理由にならないように」
ペン先が走る音が、午後の光に溶けていった。
――そのころ。
執務室から出たアルヴェリオは、足を止めて頭を抱える。
「な、な、なんだったんだあれ!!」
自分でも声が裏返るのが分かった。
「は? 司教あんな感じだったか? 人畜無害みたいな感じだったじゃないか!
なんで……なんだってあんなことしてくるんだ!」
手で頬を覆っても、熱が全然引かない。
「やばい、なんか顔熱くなったのはわかるけど、なんで!
あんなの、いつもの仕事中の色仕掛けに比べたら訳ないだろ!
……くそっ、なんで照れた俺!!」
回廊の風が彼の髪を揺らし、頬の赤みを隠してはくれなかった。
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