お疲れ様でした。これからの時間は私がいただきます。

沐猫

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薄青紫の猛毒

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 それからというもの、アルヴェリオが聖堂を訪れて顔を合わせるたび、オルティスは決まってお茶に誘った。

 最初のお茶会の出来事のせいか、しばらくの間は警戒されていた。
 アルヴェリオはソファに座っても落ち着かず、カップを手にしても視線を合わせようとしなかった。
 けれど、オルティスはそのことを問うこともせず、特に意識させるような言葉を口にすることもなかった。

 ただ、湯気の立つカップを間に置いて、その日の天気や市場の噂、遠征に出ていた神子の状況など、ごくありふれた世間話を穏やかに続けた。

 甘味はいつも違うものを用意した。時には焼き菓子、時には果実の砂糖漬け。
 そのたびにアルヴェリオは「また甘いのかよ」と呟きつつも、結局は一口、二口と手を伸ばしていた。

 やがてお茶会にも慣れてきたのか、アルヴェリオの方から執務室を訪れるようになった。
 用事があるわけでもないのに、扉を軽く叩いて顔を出す。

 「……どうせまた書類の山に埋もれてるんだろ」

 そんな言葉で始まる午後が、少しずつ増えていった。

 そうして見えてきたのは、アルヴェリオが意外と世話焼きだということ。
 オルティスが何時間も机に向かっていると、
 「……喉が渇いたとか、思わないのか?」とぼそりと呟き、半ば強引にカップを差し出してくる。

 その遠回しな優しさが、なんともアルヴェリオらしかった。
 オルティスはそんな彼を見て、ふと、静かに目を細めるのだった。


 ある日、いつものようにアルヴェリオが執務室を訪ねると、部屋の中は静まり返っていた。
 机の上には積み上げられた書類と、その山に埋もれるようにして眠るオルティスの姿があった。

 光の加減で頬の影が深く見える。
 目の下には、かすかに疲労の滲むクマ。穏やかな寝顔なのに、どこか痛々しい。

 アルヴェリオは足を止め、少し迷ったあと、そっと身をかがめて顔を覗き込んだ。

 「……寝てやがる」

 わざわざ起こす気もないが、これだけ近づいても起きる気配がない。
 そのまま静かに立ち上がり、帰ろうとしたその時――裾が、かすかに引かれた。

 驚いて振り向くと、オルティスがのろのろと身体を起こしていた。

 「……声もかけずに帰るなんて。薄情な人……」

 机の上には、いつもかけている眼鏡が置かれている。
 裸眼のままのオルティスを見るのは、初めてだった。
 瞳の色が、思っていたよりも柔らかくて、アルヴェリオは思わず息を呑む。

 「……今日は、頭の固い老人の相手を半日もしてたんです……」

 オルティスは、半ば寝ぼけた声でぼやく。

 「構ってくれなきゃ、困ります……」

 その言葉に、アルヴェリオは目を瞬かせる。
 照れくさいような、呆れたような、けれどどこか嬉しそうに、
 「……まったく、世話の焼ける司教様だな」と呟いた。

 「こちらに来てください」

 オルティスの声は、まだ寝起きのようにかすれていた。
 アルヴェリオは少し眉をひそめながらも、その言葉に従い、机のそばまで歩み寄る。

 「……で、どうしたんだ?」

 問いかけた瞬間、オルティスが立ち上がるでもなく、座ったまま腕を伸ばし、アルヴェリオの腰に抱きついた。

 「!? な、なにしてるんだ! 自分が何してるのかわかってるのか!」
 「……大きな声を出さないでください。あなたの音が聞こえないじゃないですか」

 オルティスの声は穏やかだが、どこか熱を帯びていた。

 「狸どもの喚き散らす声が不快で不快で……今、あなたで浄化しているところです」
 「……いや、これで浄化はないだろ。」

 アルヴェリオは頭を掻きながら呆れたように息をつく。

 「お前ってやっぱり腹黒いな。見た目によらず、猛毒を吐くじゃないか」
 「あなたに聞かれたって、どうにもならないでしょう?」
 「俺の職業、忘れたのか? 情報屋だぞ。司教様が裏でこんな姿晒してるって知って得するやつもいるだろ」

 オルティスは小さく笑った。

 「いるでしょうね。けれど、そんな相手に私のことを売ったりしないでしょ?」

 そう言って、さらに身体を預ける。

 「……いじわる言わないで。頭の一つくらい、撫でてください。トオル様には、よくしていらっしゃったでしょ?」
 「……それとこれは――」
 「違いません」

 静かな声が遮る。

 アルヴェリオは観念したようにため息をつき、
 「……わかったよ。ほんと、お前ってわかんねぇな」と呟きながら、ゆっくりとオルティスの頭に手を置いた。
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