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48. 夜会 1-3
しおりを挟む夜会の後半に差し掛かった頃、セオドアは再び貴族たちの挨拶を受けるために大広間に戻っていった。マークはセオドアについて、サロンを出る寸前にロレンツォに話しかけた。
「お前、そんな性格だったか?」
「使えるものは何でも使わないとね。僕はまだまだ若輩者で使えるカードが少ないんですから」
ロレンツォはフルーツの入ったサングリアを飲みながら答える。
「王弟コンラート閣下が来られるなら、落ち着いたメンバーがいいですね。お願いしますね」
「おい、おい」
「ほら、早く行かないと、殿下を一人にしちゃいけませんよ」
「ったく、容赦ないなぁ」
マークは呆れながらも、この年下のロレンツォの積極的な動きに感心していた。
その夜会と同時間、夕方より前から主不在のマーク亭は第二魔法師団のミーガンや第三騎士団のイアン、非番である親衛隊員たちで大賑わいであった。ミーガンはカシュパル皇国への外遊に同行しており、普段から飲み仲間であるイアンとともに今回の作戦の主要メンバーとなっていた。
それまでの飲み会はセオドア殿下やその側近候補たちとの交流を深め、信頼関係を築くことが目的というものに近かったが、外遊から帰ってからはその意味合いが大きく変わった。広く信頼できる有能な人材の発掘、また、味方となり得る、敵となりうる人物の識別が急務となったからだ。
ロレンツォは実家である一大商家カンビオ家から美味い酒を定期的にしかも大量にマーク亭へ運び込んでいる。すると騎士団、魔法師団の中でも立場の強い上官クラスもその美味い酒の香りに誘われて顔を出すようになってきた。そのせいでマーク亭から締め出された下級団員たちは場所を1階の食堂に変え飲み会を行うようになってきて、そこでも美味い酒が送られてきているため、兵舎内では飲み会ブームの様相を呈していて、騎士団に活気が出てきていた。
コンラートが騎士団の寮を訪れたのは日付が変わる頃であった。食堂横の廊下を通ると若い騎士や従士たちの賑やかな声がする。興味を持って、ちらっと覗いてみると、それに気付いた者から声がかかった。
「おい、お前も飲んでいくか? ただ酒だ! 美味いぞ!」
「え? 良いのかい?」
「当ったりめーじゃねーか」
少しばかり身なりに気を使ってきた甲斐があったようだ。普段のコンラートが人前に出る時は、ほぼ公務であり、服装も如何にも王族といった派手で装飾の多いものでだが、今夜はこの兵舎に馴染むようなラフな格好である。
しかも、軽く湯浴みを済ませており、普段のオールバックを崩し、濡れた髪が普段の青みがかった金髪から更に濃青色になり、その髪を無造作に下ろしていた。そうすると幾分若くも見え、細めの体型と合わせると魔術師のように見えた。
「お前、見ない顔だよな? 魔術師かい?」
「ああ? そうだよ」
「へぇ? 俺も魔術師団に5年いるが、会ったことねぇよな?」
「そうか? この春までカシュパル皇国の魔術研究所へ留学してたからかな? こっちに戻ってきても、研究所に篭ってることが多いからな」
「あははは、確かに、研究魔術師は滅多に出てこないな」
「へぇ、国費留学か? やるじゃないか」
下級騎士たちであったためか、一緒になって飲んでいても、バレる気配がない。自分の所属する騎士団の名誉総帥の顔を知らないというのは、それはそれでどうなのか? と思うがそれが存外に心地が良い。
押し付けられるようにカップを持たされ、団員たちが代わる代わる酒を注いでいく。遠慮のない歓談をつまみにする酒は本来のものよりも更に美味く感じさせるようだ。
コンラートもそれなりに飲める方なので、勧められればぐいぐい飲み、相手のカップが空けばどんどん注いで行く。しばらく楽しんでいると何人かの団員がその場で潰れ眠りだし始めた。それを仲間が抱えてそれぞれの部屋に運ぶのを見て、コンラートも最初の目的を思い出し、断りを入れて席を立つと
「もう行くのか? もうちょっと飲んでけよ!」
「いやぁ、悪いなぁ マーク亭に呼びつけられててな。マーク亭は3階かい?」
「おお!」
「へぇ、親衛隊のマーク坊ちゃんに目をかけられてるってことか! やるじゃねーか」
「え? もう行っちまうのか? 次はカシュパルの話を聞かせてくれよ!」
「俺はカシュパル美人の話が聞いてみたいぜ。やっぱ皇都は別嬪が多いって本当かい?」
「その話には俺も興味があるぞぉ!」
「おお、そうだ! お前の名前は?」
「コンラートだ!」
「研究魔術師のコンラートか! 覚えとくぜ! また、来いよ!」
「ん? コンラート? どっかで聞いた……「お! 楽しかったよ! また来る!」んん? おお! いつでも歓迎だぜ!」
座った席から食堂の扉まで、ハイタッチでのお見送りに応えつつ、コンラートも気分良く上階のマーク亭へ向かった。
マーク亭には既にセオドアたちも来ており、階下の酒宴よりも大人し目で有ったが、それでも美味い酒に美味いつまみがあり、皆上機嫌で飲んでいる。級持ちの上級騎士や、魔術師たちが日頃の剣技や魔術について語り合っているが、そろそろ出来上がって来ているため、時折、理論をすっ飛ばし、どの技や術がかっこいいとか、強いなどの子供じみた話に墜ちてきていた。
コンラートの到着に気付いたマークとロレンツォが迎え入れ、座れそうな場所を作った。
それがあまりに自然であり、他の者たちの視線を集めることもなく、セオドアの近くに座る。
「叔父上……」
「しー、静かに」
コンラートは慌てて、人差し指を口に持って行き、ウインクをする。
「なかなか良い酒場だねぇ。下の食堂も盛り上がっていたよ。いやぁ、楽しかった」
「もう、下で飲んできたんですか?」
とセオドアは言いつつ、グラスに酒を注ぎ、つまみを勧める。
「これはどういった趣旨なんだい?」
「来年になれば、こういった時間も取れなくなるかと、今を楽しんでいるんです」
「そうか、テッドはこれからこの国を治めることになるからなぁ。私のようにのんびりもできないか」
「(叔父上は)このままで良いのですか?」
「このままとは?」
「そのぅ、何にも執着される様子がないので」
「そうだね。中には私を担ぎ上げたい者もいるのだろうが、それは災厄期の今、我が国にとって得策ではないし……私は王になりたいと思わない」
「それは、なぜです?」
「王になるには結婚しないといけないだろう? しかも今なら国内のバランスを考えて、大貴族の令嬢あたりになるだろう。私はこれでもロマンチストなんだ。望む人しか欲しくない。その辺は悪いけど、君に任せるよ」
コンラートは飲んでるグラスを見つめた。
「それは相手の女性がその条件から外れてしまうということですか?」
「……」
「その方を養女として受け入れてくれる高位貴族を探すことぐらいはできると思うのですが? いや、最初から正妃とできずとも側妃として迎え、子を成してから、ということも」
セオドアは自身の想いを叶えるための方法でもある、その可能性も含めて問うてみる。
「うん、その方法で妻を迎え入れた王もいるね。だが、しっかりとした後ろ盾のない妃は輿入れした後、本人が大変さ。君も分かっているだろうがそんな悠長な時期ではないよ。……それに私の相手は人じゃぁないんだ」
「え?」
「自分でもびっくりだけど、絵の中の少女なんだよ」
ふふふ、と笑いながら、グラスを傾けた。
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