呉宮史桜の優雅な放課後

詩央

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Case.04【虚ろな影】

day3.1─逃走者─

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 翌日の昼休み。
 いつもなら母が作ってくれる弁当を持ってきているはずの絢葉だったが、この日は珍しく手ぶらだった。

「今日は購買行こっか」と京香に誘われ、二人並んで昇降口へ向かう。

 昼の校舎はざわめきに包まれていた。どこからともなく漂う焼きそばパンの匂い、廊下に響く笑い声。絢葉は少しだけ眠たげな目を細めながら、友人の隣を歩く。

 その時だった。
 前方から、まるで逃げるように走ってくる男子生徒の姿が見えた。それに気づいて避ける間もなく、男子生徒が勢いよく絢葉の肩にぶつかった。

「きゃっ!」
「ご、ごめん!」

 ぶつかった男子は、息を切らせながら短く謝ると、振り返りもせずにそのまま駆け抜けていった。
 制服のネクタイは青──つまり三年生。少し乱れた前髪の隙間から、一瞬だけ焦りと恐怖が混じったような表情が見えた気がした。

「大丈夫? 結構勢いあったけど」
 京香が心配そうに覗き込む。
「うん、平気」
 絢葉は軽く肩をさすりながら答えた。確かに痛みはあったが、それよりも今の男子の様子が妙に引っかかっていた。
 あの焦った顔……何かに追われているような──。

 と、その予感が現実になるのに、そう時間はかからなかった。
 廊下の向こうから再び足音が響く。今度は三人。走るというより、何かを探すような勢いだった。
 三人とも制服を着崩し、髪を染めたりピアスをつけたりしている。見た目からして“そういう”タイプだ。
 彼らは絢葉たちの手前で立ち止まり、先ほどの男子が消えた方を睨みつけた。

「……“眞鍋”のヤロー、相変わらず逃げ足だけは速いな」

 リーダー格らしき金髪の男子が吐き捨てるように言った。
 “眞鍋”。 ──さっきの男子の名前だろうか。
 どうやら彼らはその“眞鍋”を追っていたらしい。

 絢葉がつい彼らを見つめてしまうと、金髪の男子が鋭くこちらを睨み返した。
「あ? 何見てんだオラ!」

 その一言に、思わず息を呑む。
 冷たい視線に身体がこわばり、声も出ない。
 しかし、隣の一人が慌ててその肩を押さえた。

「やめとけよ翔くん。関係ない一年に絡むなって」

 翔と呼ばれた男子は舌打ちし、乱暴に髪をかき上げながら踵を返す。
 残りの二人もそれに続き、廊下の奥へと消えていった。

 廊下に再び昼の喧騒が戻る。
 絢葉はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「怖……あの人たち、三年の不良グループだよ。関わらない方がいい」
 京香が小声で言う。
「……うん、わかってる」

 そう答え、絢葉は再び京香と共に歩き始めた。


────


 夕暮れの光が差し込む優雅部の部室。
 紅茶の香りがゆるやかに広がる中、史桜はティーカップを傾けながら、窓の外を見つめていた。
 放課後の校舎には生徒たちの笑い声がまだ残っており、遠くで運動部の掛け声が響く。

「それで、今日はどこを見回ればいいんですか?」
 絢葉が机に手帳を広げながら尋ねると、史桜は手元のカップをソーサーに戻した。

「今日は校庭の方を見てみようか。昨日の放送室は空振りだったが、校庭の方は分かりやすく人影が目撃されている以上、調査はしやすいかもしれない」

「人影は校庭のどの辺りに現れるんでしょう?」

「そこが問題でね。『必ず特定の位置に出る』というわけではないようだ。……だから、今日は校庭全体を見渡せる三階の廊下から見張ってもらおうと思う」

「分かりました」
 絢葉は軽く頷いたが、その直後、右手でそっと自分の肩を押さえた。
 その仕草に気づいた史桜が、少し首を傾げる。

「どうかしたかい?」

「あっ……いえ、昼にちょっと、三年生の人とぶつかっちゃって」

 絢葉は苦笑いしながら、昼休みに購買へ向かう途中で起きた出来事をかいつまんで話した。
 走ってきた男子生徒──“眞鍋”という名前。
 そしてそれを追ってきた、“翔”という男子生徒が率いる三年生たち。
 話を聞きながら、史桜は顎に手を当てて「ふむ……」と短く唸る。

 彼はしばし考えるように視線を泳がせたが、やがて表情を戻すと、いつもの穏やかな声で尋ねた。

「今日の調査に支障はありそうかい?」

「大丈夫です。問題ありません」

「それは結構。だが決して無理はしないようにね」

「はい!」

 そう言って絢葉は立ち上がり、夕陽に染まる部室を後にした。

 外では、赤く焼けた空がゆっくりと群青に溶けていく。
 再び始まる夜の調査。
 放送室の謎は未だ解けぬまま──だが、確かに何かが、この学校の夜を見つめている気がした。
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