1 / 27
人生(現代ドラマ)
しおりを挟む僕の人生は良くも悪くも人並みではあったが、幸せそのものだった。
極一般的な、普通の両親のもとに生まれて、何不自由なく過ごし、仲の良い夫婦の元で健やかに成長した。
子供の頃の将来の夢は、守りたい人を守れる様な、カッコイイ英雄になること。
クリスマスに関しては、中学生の頃までサンタさんを信じていた。
社会人になり、そこそこの給料を貰い、職場の先輩と社内恋愛をし結婚をして、どちらかが先に逝く時は笑顔で、なんて約束もした。
結婚してからは、ごく普通の二階建ての一軒家を買い、夫婦で円満な生活を送っては、子供にも三人恵まれた。
三人の子供全員が成人したときは、妻に「少し寂しくなるね」と話しては、「貴方が傍に居てくれているわ」と、妻に諭された。
時が過ぎていくと、子供達も次々と結婚していき、その度に過去の感傷に浸っては夫婦揃って号泣した。
初めての子育てで悩んだこと、苦しんだこと。
それでも楽しく、幸せに満ち満ちていたこと。
孫が生まれてからは、正月に顔を出してはお年玉を強請る孫に癒されつつ、一年の節目を感じていた。
それからは時が過ぎ、孫も成人し、子供が生まれ、僕は病に伏していた。
僕は癌になったらしい。
その時は、言葉に出来ない程の絶望感に苛まれた。
癌という抗うことの出来ない相手に対して、僕は無力にも、妻を一人にして逝かないといけないからだ。
ベッドで寝ていると、周りから言葉が聴こえてきた。
それがどんな言葉なのかは、分からない。
しかし、その声が誰の声なのかは分かる。
分からない訳がなかった。
僕の人生の苦楽を共に歩んできたパートナーであり、僕が愛したたった一人の女の子。
僕は、鉛のように重く閉ざされた瞼を、不思議な引力で開けようにも開けられない瞼を、全ての力で、自分の出せる気力を出し切って、そっと開いた。
瞼を開けると、鼻水と涙でぐちゃぐちゃにした顔を、手で覆っている妻が隣にいた。
妻の口から溢れているのは嗚咽だった。
妻が泣いている。
僕は心から、妻には笑っていて欲しい。
だから、妻の名前を呼んだ。
「わ…ら……って、て。ーーーーさ、ん」
僕の瞼は徐々に閉じていき、瞳には光をうっすらとしか感じなくなっていた。
もはや、瞼を開けようとする気力すらない。
手足の感覚も、もはや全てがない。
でも、それでも、後悔はなかった。
だって、僕の瞳に最後に映ったのは
僕のしわくちゃな、朽ちた手を両手で包み込み
涙と鼻水で顔を濡らしながらも
今までで一番の笑顔をつくっている
世界で一番綺麗な、妻の姿だったのだから…。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる