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1話 赤い瞳は魔女の瞳

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※R18  (性的含)暴力、流血表現あります。
ご了承ください。
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「ーーおおかみさんはあたしをたべるの?」


「食うわけないだろ。それよりお前、1人が寂しいなら…俺と来るか?」


それが……私とその人の最初の会話だった。
孤児で残り者だった私に唯一手を差し伸べてくれた人。
ぶっきらぼうで冷たく見えるけど……心は誰よりも温かくて優しい人。
思えばあの時から……私はその人の事が大好きだった。



。。。。。





「うぅ、さむい……」


木々や花々……虫や動物達が長い眠りから目覚める季節がもうそこまで来ているというのに朝は未だに冷え、冷え性である私は毎日決まって身体を震わせながら目を覚ます。

目を擦りながら部屋の椅子にかけられているフカフカのストールを簡単に羽織ると、私は当たり前のように隣の部屋へとノックもなしに入って行く。

殆ど家具も置いていない、大きなベッドがあるだけの簡素な部屋で眠るその顔を私は見つめる。
頭上の大きな獣の耳がピクピクと動くとその人は薄目を開け、視線を私へと向けた。


「ふあ…そんなとこ突っ立ってたら風邪ひくぞ、早くこっちへ来い」


「ふふっ……うん!」


眠たそうに欠伸をしたその人は、心底眠そうな声を出して上掛けシーツを持ち上げると、当たり前のように私を迎え入れてくれるのだ。
……それが嬉しくて、私は今日も大好きなその人のベットに入り込む。
入り込んで、大きくて逞しいその胸に甘える様に擦り寄った。




。。。。。





今から13年前ーーー。
5歳だった私は、田舎の孤児院にいた。


この世界には人間と獣人がいて、獣人は子供ができにくい種族とされていたため、孤児院には毎日何組もの獣人の里親希望者が私達孤児の元を訪れていた。

ーーそして孤児院を去る子供達を、何度も何度も私は見送った。



「とてもお利口さんで容姿も素敵なのだけど……その瞳がねぇ……ごめんなさい」

「可哀想だとは思うが……すまないね。赤い瞳は魔女の瞳……不吉を意味する。私は遠慮するよ」



平凡なブラウンの髪には不似合いな赤い瞳……。
その瞳を見ると、どんな貴族の獣人ですら表情を変え私を同情し離れて行く。

自分が可哀想だなんて思ってない。
なのに何で周りの大人は私の事を可哀想だと言うのか……赤い瞳の何がいけないのか。

……私は何も悪いことしてないのに。

少しでも好かれたくて、お利口にしても返って同情され辛そうな表情で見られるだけだった。
ーーだから諦めた。
きっと不吉と言われる私の事を、私自身として見てくれる人なんて現れない。

大丈夫、寂しくなんてない。
ぐっと涙を堪え、唇を噛む。
掌を握り締めると、スカートも一緒にくい込みシワシワになった。


そんな時だった。



「ーーー決めた、お前にする」


はっと私は声の方向を見る。
そこには頭上にある大きな耳と大きな身体……そして強面の顔が印象的な若そうな獣人の男性が眉を顰めて私を見つめていた。

きっと他の子なら目の前の獣人を見て大泣きするだろう……。
こんなにも顰めっ面で子供を見る大人など里親希望者の中には居なかったから……。

ーーーでも、私は嬉しかった。
私の赤い瞳を見ても、恐れや同情の色を浮かべなかった初めての人だったから。

獣人のお兄さんはゆっくりと私の前まで足を進める。
屈強で長い足は歩幅も広く、直ぐに目の前にまで到着する。
私は首が痛くなる程見上げる。
逆光で顔が暗くなって見えないけど、不思議と怖くない。


「おおかみさんはあたしをたべるの?」


私がそう聞くと、獣人のお兄さんは呆れたように鼻で笑い、顔には似合わない優しい声音で言った。


「食うわけないだろ。それよりお前、1人が寂しいなら…俺と来るか?」


……え?着いて行っても……いいの?


私の瞳を真っ直ぐ見つめて言ってくれたその言葉は、ただの少女である私の存在を確かに肯定してくれた様な気がして、生まれて初めて私の瞳からは喜びの涙が溢れた。


「ーーーうんっ!」


おおかみ獣人のお兄さんに向かって、私は笑顔で頷いたのだった。





。。。。。





ーーーそして13年後、私は18歳になった。

あれからずっと、私はこの強面で優しい狼獣人……グランと2人で暮らしていた。
狼獣人で身体も大きく、そして誰よりも強い……王国騎士所属の獣騎士団団長……グラン・ジークス。
整った強面の顔はいつも仏頂面で表情の変化は乏しく、周りから恐れられる事も日常茶飯事だけど……そんな見た目とは裏腹に、すごく優しくて温かい心を持っている事を私は知っている。

いつも優しくて甘やかしてくれて……心配性なグランが私は大好きで、この生活がずっと続いて欲しいと思う反面、グランに対して少しだけ思う所もあったりする……。



「……ねぇグラン、いつになったら私を食べてくれるの?」

がっしりと筋肉の付いた逞しい胸に擦り寄る。
獣人は体温が高いというのは本当で、グランにピッタリくっつくと冷たかった身体が徐々に暖かくなっていく。


「いつも何も、食うなんて一言も言ってないだろ」


目を瞑りながら眠そうな口調でグランは言葉冷たく言い放つも、その腕はしっかりと私の背中へと回し、ポンポンと優しく叩く。
一定のそのリズムと国を守り続けてきた分厚い手が私を心底安心させるけど、何度聞いてもグランは私の欲しい言葉を言ってはくれないのだ。


「私もう子供じゃないもん」

「はぁ?子供だろ、こんな細くて小っこい見た目で何言っているんだ」

「そりゃ獣人と比べたら私は小さいかもだけど、中身はちゃんと大人っ!」

「大人ねぇ……その大人のお前は、言葉の意味をちゃんと理解してそんなことを言っているんだろうな?」


……私を食べて欲しいって言葉の意味。
そんなの、知ってるに決まってるじゃん。

私にだって同年代の友達は居る。
年頃なんだから、そういう話だってするし興味もある。
でも私はそういうの全部グランとしかしたくないし、ずっと好きなグランとならしたいって思ってる。


「知ってるもん……私グランの事好きって何度も言ってるじゃん」

「はいはい、どうも」

「あ!またそうやってはぐらかす!!そういう意味での好きじゃないって分かってるでしょ!!」


グランの軽い口調にムカつきながら私はポカポカと逞しい胸を叩く。


「俺はお前みたいな騒がしいより、物静かで美人な淑女が好みなんだ。悔しかったらお前もなってみろ、まぁ無理だろうけどな」

ベッドに寝そべったまま両手を枕替わりにしたグランは揶揄う様な視線を私に向けてあからさまに鼻で笑った。


「…っっ!もういいっ!!!グランのバカッ!!今夜のブラッシング絶対やってあげないから!!」


私はグランに向かってそう怒鳴りつけ勢い良くベッドから起き上がると、ドンドンと足音を立てながら部屋から出ていった。






。。。。。



リビングへと行くとそのままキッチンで朝食の支度をする。
未だグランの言葉に怒りが収まらない私は、その怒りを野菜や肉達へと向けものすごいスピードでそれらをみじん切りにしていく。

今日の朝食は、昨日パン屋で買ったパンとポトフ……の予定だったんだけど、具材を細かく切りすぎちゃったから野菜スープに変更する。
でも肉食獣人で身体の大きいグランはそれだけでは足りないから、グラン様に買ったイノシシの塊肉を食べ応えのある程度に切ってフライパンでしっかり焼いていく。
一緒に卵を落として目玉焼きも作ったら、あっという間に朝食が完成し、水洗いしたサラダと一緒にお皿に盛り付ける。


グランは見た目通り、超のつく不器用だ。
だからグランと2人で生活を初めてから少しずつ家事を学び、今となっては家事全般は全て私がやっているのだ。料理の腕もかなり上達した。
家庭的な女性である自信はあるけど……やっぱり先程グランが言っていた『物静かで美人な女性』とは程遠くて……私は小さく溜息を吐く。



「レイラ……」

低いバリトンの声に名を呼ばれ、私は振り返る。

「ーーおい、まだ怒ってるのか」

「ふん!知らないっ!!朝ごはんもう出来るから座って待ってて!!」

眉を顰めてそう言う私にグランはぷっ!と吹き出して笑いながら、すれ違いざまに私の頭を優しく撫でた。


「ーーありがとな」

「……っ!」


トクンと心臓が跳ねる。
無意識にやる小さな行動1つ1つにこんなにも心動かされて、動揺するのはいつも私だけ……。


「……ずるい」


頬を染め俯いた私の小さな呟きは、耳の良いグランにも聞こえていただろうか……。

どうか聞こえていませんように……。
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