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17話 通じ合う気持ち
しおりを挟む「……グラン」
「……」
「ね、ねぇ、グランってば」
「……」
あのボロい空き家を出てから、グランは上着だけの私を周りから隠しつつ、一直線に王都で1、2を争うお高めの宿屋に足を踏み入れた。
移動中周囲からは、軍服に付着した血や、酷い汚れが目立つ私達に、なんとも言えない怪訝な視線を向けられていたのだが、王国専属騎士団団長で顔の知られている筈のグランは気にすることも無く時折横目で私を確認しながらも足早に進んで行ったのだった。
そして宿屋の一室に入ってーーー今。
流石人気の高級宿屋というのだろうか。
部屋は広く、揃えられている家具も落ち着いた色で素朴ながらも高級感が感じられる。
ソファはふかふかそうで、ベッドも大きい。
ラグも肌触りの良さそうな生地で、どこもかしこも視線を奪われ、部屋を自由に見て回りたいほどだ。
……そう、身体が自由だったら。
「グラン…苦しいよ」
「……」
私がつぶやくと、キツく抱きしめていた腕が少しだけ緩まる。
だが依然としてその腕は解放することなく、私の肩口にグランの額が押し付けられていた。
ふかふかのソファにもラグの敷いてある場所にも、広いベッドにも座ること無く、グランは部屋に入った途端、入口付近の冷たい床に胡座をかいて座り込んだのだ。
自身の膝に私を横抱きに座らせ、一言も喋ること無くギュッと強く抱きしめたまま……一体どのくらいの時間が経ったのだろうか。
「ねぇ、本当に痛いところはない?お願い、何か言って……」
「ーーな…た」
「……え?」
私はグランの口元へと耳を寄せる。
「……すまなかった」
グランは震える声で呟くと、私を離さないとでも言うようにまたも苦しく抱きしめる。
屈強な腕も小刻みに震え、どこか弱々しくさえ感じる。
そんなグランの背中に、私は腕を回した。
トントンと優しく背中を叩くと、少しだけ震えが和らいだ気がした。
「レイラ、怖い目に合わせてすまなかった。ランセルの事も、お前の不安も……俺がもっと慎重に判断するべきだった」
「そんなこと……」
「いや、ランセルはどこか引っかかる奴だと思っていた。だが、それはきっとランセルがレイラに好意を寄せているからだろうと……ランセルを見ていると無性にイラつくのも、レイラを見る瞳がクソほど気に入らないのも全部……俺のレイラに対する気持ちが邪魔をしているからだと…そう思っていた」
「グラン……」
「レイラが俺に向ける気持ちはきっと、家族や友人に向ける親しみで、それを恋だと勘違いしていると自分自身に言い聞かせた。レイラにとってこれから先、俺が邪魔な存在になるかもしれないと、その時俺はレイラの手を離してやれるのか……そんな自信なんか欠片も無くて、怖くて、お前の気持ちから逃げ続けた」
「……じゃあ、あの……婚約者っていうのはーー」
私がその言葉を発すると、グランは私の肩を押し、視線を合わせた。
ドキッと心臓が鳴るのを感じた。
グランの目元は少しだけ赤くて、これまで見た事のないグランの弱々しい表情に胸がソワソワした。
「婚約者なんているわけがない」
「で、でも……噂が」
恐る恐る告げると、グランはバツが悪そうに口を開いた。
「何処から出た噂かは知らんが、確かに令嬢と俺の婚約の噂がある事は…知っていた。だが所詮は噂で、俺自身いち早く仕事を終わらせてレイラの元へと帰る事しか頭に無かったからな、特段気にもしていなかった……国王も俺が令嬢の婚約者だと噂されていれば、俺を恐れてそう何度も危ない目に遭わないだろうとのお考だったらしい……まさか、レイラの所まで噂が届いてるなんて思わなかった」
こんな事なら何が何でも訂正しておくべきだったとグランは静かに唸っていた。
(…そっか、婚約者じゃなかったんだ……)
誤解が解け、モヤモヤと渦巻いていた塊がすぅと消えていく。
「私も、1人で勝手に王都へ来てごめんなさい」
グランの首に腕を回すと、私も自身の無鉄砲な行動を謝った。
私が王都に来なければ、グランがあのジュウという武器に撃たれることも無かったし、危険に晒されることは無かった。
「グラン、全然手紙の返事くれないし……」
「あぁ、それは極秘の任務だったせいか受け付けてくれなくてな、すまなかった」
「レストランに来た冒険者の人達がみんな、グランの事獰猛暴れ獣って言ってた……」
「……そんなダサい名前、いつ付けられたんだか…」
「それで、婚約者の話が出て、私凄くモヤモヤした。グランが遠くに行っちゃうかもって……」
「レイラ……」
「それで、その後ランセルに好きだって言われたの」
「……っ!」
「ランセルにね、グランは私の事なんかなんとも思ってないって、結婚したら私が邪魔になって簡単に捨てるって……私は独りぼっちになるって言われたの」
グランの耳や尻尾は、私の言葉に力を無くし、ペタリと垂れ下がる。
「そうかもしれないって思った。これまでずっと、私がグラン独り占めして、私がグランの人生を奪ったから……」
「レイラ、俺はそんな事1度だってーー」
「ーーでも信じたくなかった。この目で確かめるまでは、グランを諦めたくなかった。だって、私はずっと……ずっとグランが好きだったから」
そう、そんな簡単に諦められるはずが無かった。
だから私は1人で、慣れない王都へ……行ったんだ。
「でも、グランの隣には綺麗なお姫様が居て、周りもお似合いだって……2人で楽しそうに笑って……私も、お似合いだって、思った。グランはお貴族様で、本当は私なんかが簡単に近付く事が出来ない人で……もの凄く、遠く感じた」
その時を思い出して、ぽたぽたと涙が零れる。
孤児院で取り残される孤独よりももっと酷い孤独に囚われた気分だった。
全身が冷え、身体から血の気が引いていく感覚。
あぁ、また独りぼっちだと感じた。
「だ、だから私、グランの幸せ奪っちゃいけないって……私は、もう十分…幸せ貰ったからって、納得させて……グランから離れようって、離れなきゃいけないって思った……そう、思ったのにーーーっっ!!」
優しくグランの唇が、私の唇に合わさる。
驚き目を見開くと、グレーの視線と交わり、頬が熱くなる。
1度鼻先が当たる距離で唇が離れ、再度食むようなキスを何度か繰り返される。
唇が合わさるキスなど、これまでした事のない私は、頭ではぐるぐると混乱しつつも、身体は固まったままピクリとも動かなかった。
唇が離れると、グランは立ち上がりソファへと移動した。
体勢は依然として変わらず、私はグランの膝の上だが、パチリと視線が絡むとグランは甘く私の瞼にキスを落とした。
「……もしも」
グランが少しだけ震えた声で呟き、私は潤んだ瞳をグランへ向ける。
「……もしも、1度でもランセルと2人きりで出掛ける事を許していたら……もしもあの時、ブレスレットを買わなかったら、もしもレイラの香りを、あのブレスレットを見つけられなかったら……あの空き家に辿り付けなかったら……そう思うだけで、今も怖くてたまらない」
グランの口から紡がれる本音。
何か1つでも違っていたら、私とグランは今ここに居ることは無かったのだろうか……。
「はは…ダメだな。俺は自分でもかなり強いと思ってた。武術も剣術も……精神面もそれなりに鍛えてきた。だが、レイラの事になると、俺は弱く…臆病になる」
「……グラン」
私はグランの頬に手を添える。
するりとグランの長くフサフサの尻尾が私の腰に絡み、苦笑する瞳は少しだけ潤んでいるようだった。
「ランセルに撃たれて、死を予感した時……レイラへ気持ちを伝えていない事に酷く後悔した。
……カッコ悪いな。あんなギリギリで言うとか本当に卑怯だ。でも、どうしても言いたかった。お前の記憶に、残りたかった」
グランの頬に添えた手を、大きな手が包み込む。
「俺は、お前が思ってる程かっこよくも、強くも無い……卑怯で弱い。嫉妬深いし、受け入れてくれたら例え嫌だと言っても離してやらない。狼獣人は元々執着深いらしい。昔は半信半疑だったが、お前と出会ってから納得した」
「……あ」
手の甲に、グランがキスを落とす。
熱い視線に、私も目がそらせなかった。
恥ずかしい……でも、とても嬉しい。
心臓が張り裂けそうでドクドク脈打って苦しいくらいなのに、それが嫌では無い。
「レイラ……愛してる。レイラは俺の運命だ。お前が何者でも関係無い。お前以外何もいらない……だから、俺の番になって欲しい」
真剣なグランの瞳……夜空に浮かぶ月の光で、グレーの瞳がキラキラと輝いて、とても綺麗だった。
ーーずっと、私が望んでいた願い。
赤い瞳だからと、諦めかけていた思いが今……叶う。
「私も、グランを愛しています。私をグランの番にしてください!」
グラン笑みを向けると、ツゥと喜びの涙がこぼれ落ちた。
それは、孤児だった時ーーグランに初めて出会った時に流した涙と、似ていた。
私を見つめ、グランも破顔する。
「ーー絶対離さねぇ」
見つめ合い、互いに引かれる様に、私達は優しいキスを重ねた。
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