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16話 魔女の力
しおりを挟む「……っ、グラ…」
「ーーれ…だ……」
「え?な、なに……なんて言ったの?」
私はグランの口元に顔を近づける。
「レイラ。お前、は……ずっと、綺麗…だ。俺…は、おま…の…瞳が、好き…だ」
「ぐ、ぐらっ……」
グランの額には汗が滲んでいた。
呼吸も時間が経つにつれ弱く、小さくなる。
そんなグランを私は見ていることしか出来なくて、それがすごく悔しくて、悲しい。
……でも、グランのグレーの瞳は、そんな私を優しく見つめ、ゆっくりと震える手で私の涙を拭った。
「……すまない。こんな、状況でしか言えな…俺をどうか…許してくれ……。
俺は、ずっと…お前が好きだ……。
女性とし…て俺は…お前、を……愛してる」
「え…ぐ、グラン…」
グランの言葉に、私は目を見開く。
開いた私の唇をグランの指がなぞり、そしてその指はグランの唇へと辿られる。
「お前は、俺の…たった1人の、番だ」
ーーいくら私が思いを伝えても、グランはいつも家族への愛と恋愛を勘違いしていると決めつけ、はぐらかされていた。
グランは私の事なんて恋愛対象として見てはくれない……分かっていても、いつかグランに振り向いてもらえるようにって思って、毎日好きを伝えて、グランにも私と同じ気持ちを返してくれたらって夢見てた。
でも……私の願っていた好きは、こんな好きじゃない!!!
こんなの……こんなのっ……。
「ひどいよ……」
私は小さな声でぽつりと呟いた。
1つ声に出すと、抑えていた気持ちの蓋が外れたように流れ出す。
「な、なんで、なんで今言うの!!こんなの、全然嬉しくない!!!ねぇ、グラン……目開けて……私を、私を見てよぉ!!!」
グランの瞳はもう、私を映していなかった。
瞼は閉じ、呼吸は既にいつ止まってもおかしくない程に弱々しい。
ーーグランの気持ちを知る事が出来たのに、これからもグランと一緒に生きていきたいのに……私のその願いは叶わないのだろうか。
「グラン……私も、グランが大好き。親とか兄だと思った事なんて1度もない。いつも言ってるじゃん……私は、1人の…男性として、グランが大好きって」
赤い瞳である自分に、酷く引け目を感じていた。
グランが好きで、グランにも私を好きになって欲しいと思いつつも、最後にはこんな私なんかがグランと釣り合うはずもないと否定し、そんな自分自身が心底嫌いだった。
でも、グランはいつだって私の事を大切にしてくれていた。
皆が私を否定する中、グランだけはいつだって私の味方で、私を見てくれていた。
私はグランが好き。
優しくてかっこよくて、温かい……逞しい狼獣人で誰からも信頼される騎士団長で、普段は仏頂面だけど私の前だと沢山笑ってくれる……そんなグランが私は大好き。
どうなっても、例え……グランと二度と会えなくなっても、私は生涯、グランだけを愛すると……誓う。
「ねぇグラン、まだ……私のこと一口も食べてないよ?だから、さ……お願い…目を覚ましてよ……」
カサつき、青白くなったグランの唇をするりと指で撫で、私はゆっくりと自身の唇をグランの唇に合わせた。
目を覚ましてと何度も願いながら……血の味のする唇を感じ、頬を伝った涙がグランの頬に落ちたーー。
ーー瞬間、眩しい程の光が私とグランを包み込んだ。
「……え、これはーー!?」
どこか温かく感じる赤い光は、次第にグランの身体と私の両手へと集中し、私は自身の両手を見つめた。
『ーーレイラ…貴方の大切な人を……助けるのよ』
「……っっ!…だ、だれ?」
頭に訴えかける様に響いたその声は、とても懐かしい感じがした。
この光の様に暖かくて心地よくて……全てが大丈夫だと思えてくる。
「うん……私が、私が絶対助ける!」
何をどうしたらいいのかなんて分からない。
でも、やらなくてはいけない事はちゃんと分かってる。
私は両手をグランの傷口へと添え、目を瞑り、身体の内に溜まる何かを流す事に集中する。
(……お願い、お願い!!グラン、目を覚まして!もう一度、私に好きって…愛してるって言ってよ!!)
一際大きな淡い赤の光がグランを包み込むと、それと同時に優しい風が吹き、床に落ちた木の破片やビリビリの布と共にブラウンの髪がふわりと揺れた。
目が開けられないほどの強い光と風が止み、肩で息を続ける私は、恐る恐る赤の瞳を開ける。
「はぁ、はぁ……グラン、は…」
「ぅ……ぐぅ…」
「はっ!グラン!グラン!!私よ、レイラ!!!」
「はっ……はぁ…レ、イラ…俺、どうなってーー」
「グランっっっ!!!!!!!!」
私は顔を顰めながらもゆっくりと身体を起こすグランに勢い良く抱きついた。
「うおっ!?レイラ、いきなり飛びつくんじゃねぇ」
「あ……ごめん、まだ身体痛むのに……」
眉を下げ私はすぐさまグランから離れる。
だが、グランは自身の身体を触ったり、少しだけ動かしたりすると、信じられないといった表情で私を見つめた。
「いや……何処も、痛むところはない。信じられないが…全て治ってる」
「治って……って……え?」
「ーーーそこまでだ!!!大きな発砲音が聞こえたとの報告があり、我ら獣騎士団が駆けつけ……」
「……え?団長?」
「何故ここに……それにこの惨状は!?」
「隣国の姫の護衛中では無いのですか!?!?」
ドタドタと大きな音が聞こえたと思うと同時に勢い良く開かれたドアに目を向けると、そこには獣の耳と尻尾が特徴的で、屈強な身体付きをした軍服姿の男性達がグランを見て目を見開いていた。
この短時間で色々な事が起き、さらに目の前には知らない大勢の男性が居る状況に不安が押し寄せ、小刻みに身体が震え始めた私は、グランの汚れた服の裾をギュッと握った。
「大丈夫だレイラ……こっちにこい」
「ーーあっ!」
グランの大きな手が私の手首を引き、胸に抱き寄せて目の前の騎士達からの視線から守ってくれる。
血の匂いが残るグランの胸……だけどそんな事気にならない程、グランの腕は温かくて落ち着いた。
胸に耳を寄せ、ドクドクと正常に動く心音を感じると、安心の涙がこぼれたのだった。
「アルフレド、アイツが赤い瞳連続誘拐犯件闇取引の関係者だ。何がなんでも加担しているヤツ全員吐かせろ。動機もだ。それまでは絶対殺すな」
「は、はい!」
「それと、明日夕方までには必ず王城へ行くと国王様にお伝えしろ。事の経緯はその時全て話すと……」
「はい」
そう伝えると、グランは私を軽々と抱き上げながら立ち上がる。
先程まで瀕死の状態だったと思えない程の身軽な動きに驚きながらも、ギュッとグランの首に腕を回した。
グランが出口である、騎士団がいる方向へと足を進めると、騎士団達は呆然と道を空けた。
何が起こっているのか分からないと言う様なその瞳は一斉に私へと向けられ、咄嗟にグランの肩口で自身の赤の瞳を塞いだ。
「あぁそれと……これも国王様にお伝えしてくれ。
重要な任務を私的な理由で放棄した責任を負って、俺は今日限りで騎士団を辞職すると」
「「「「「え!?!?」」」」」
グランの迷いのないその言葉に、私を含む獣騎士団の団員全員が声を上げる。
「それじゃ、あとは頼んだぞ」
「ちょ、グラン!?」
「待ってください!!団長!!!!!!」
私の声にも、先程アルフレドと呼んでいた団員の呼び掛けにもグランは応えずスタスタと歩き出し、恐怖を体感したボロい空き家を後にした。
見上げると、眉を寄せ怖い顔をしたグラン。
それでも、私の背中を優しく叩くグランの大きな手は、抱きしめるその腕は……とても優しかった。
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