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5話目
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しおりを挟むどんなことがあったとしても店を開ければ忙しい時間はやって来る。
昼御飯時になると大翔がレジでオーダーを受け、瀬凪が提供準備をして呼び出しベルを鳴らす。裏の調理場、表のオーダーや提供、どれか一つでも滞れば流れ作業のスピードが落ちて、オーダー制限を掛ける必要が出て来るが、今日は全く問題なくピークタイムを乗り切ることが出来た。
体感でしかないが、中学時代から手伝いをしてきた中で今日が最も円滑に提供作業が出来た。腰を悪くしている和巳の精神状態を考えると口が裂けても言えないが、正直、柊平のおかげだと思う。
足を止めてじっくり見たわけではないけれど、調理場を覗いた時の手際の良さや技術は和巳よりも高く、流石は姉弟というべきか美香との息の合い方もバッチリだった。あとは昨日も感じたが、一つ一つの料理に掛けられる時間は限られているというのに盛り付けがとても綺麗だった。
一息付ける程度に客の波が引いたあと休憩スペースを眺めているとスマホで料理を撮影している客がいつもより多く居るように感じた。「お客さんにも丁寧な仕事振りが伝わっているのかもしれない」と思うと瀬凪が調理したわけでもないのに嬉しくなった。
「瀬凪」
名を呼ばれて振り返る。隣に居る大翔も一緒に振り返ったのが不思議だったが、柊平に呼ばれたのは自分なので彼の居る調理場へと向かった。
「さっきのオムライスのお客さん、ケチャップ多めってオーダーあったのに量少な目だったかもしんない」
だからケチャップを持ってって欲しいと業務用の容器を差し出された。幸いにもここ数分のオムライスの注文は一件のみ、休憩スペースでの飲食だったので「オケ」と短く答えて容器を受け取ろうとした。
瀬凪が掴もうとした場所に柊平の手がずれて来て、互いの指が触れ合う。こんなことは日常からよくあることだ。現に叔父夫婦や咲都などとは何かを受け渡す際にタイミングが合って手が触れても何とも思わない。だけど柊平は今朝初めて会った人だ。大袈裟だと思われても仕方ないくらいに指先が反応してケチャップの容器を取り落としそうになった。
「おっ、と」
「あ、ごめん。滑っちゃって」
不審な動きとは反対に言い訳はスムーズに口から出て来た。柊平はニコッと笑って「俺もごめん」と謝る。笑顔に見えるのは表面上だけで目の奥が笑っているようには見えず、瀬凪はこの一瞬の動揺だけで自分の一部分が露わになる気がして顔を背けるとササッと調理場から出た。
「持ってったらまた戻って来て」
後ろから声が掛かって、僅かな時間だけでもあの場から去ることが出来て良かったと安堵の息を吐いた。
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