その温もりを感じていたくて。

胡桃澪

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Chapter7.君が私を描く理由

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「カルボナーラ、すごく美味しい。今度はゴンボレが良い、優愛」
「ゴンボレじゃなくて、ボンゴレ。頑張って覚えて、琥珀」
「ん。頑張る! 」

 今日も琥珀は嬉しそうな表情で夕食を摂る。

「明日から私は会社だから、早く家を出るから。琥珀は明日何限から? 」
「2限から。でも、早起きする」
「だーめ。私に合わせなくて良いから。朝食は作って置いておくからね。あ、あと! 明日は遅くなるから夕飯、先に食べてて」
「遅くなるの……? 」
「う、うん。か、会社の飲み会! 」

 健介と会うとは言えなかった。言ったら引き止めるに決まっている。

「そっか……」
「私がいなくてもちゃんと夕飯は食べてね? 琥珀! 」
「分かった……ちゃんと、帰るよね? 優愛」
「大丈夫だよ! 」
「良かった。あの、優愛にお願いがあるんだ」
「お願い? 」
「これ、一緒に行きたい」

 琥珀は鞄からチラシを取り出し、私に渡す。

「花火大会のお知らせ? 」
「うちの近所でやるんだ。俺、花火が描きたいんだ」
「友達じゃなくて良いの? 」
「優愛が良い。優愛と見る花火は特別、だから。花火、一緒に見て欲しい」

 花火大会は大学以来行って無いな、私も。

「うん、良いよ! この日は予定も無いし」
「良かった。楽しみ」
「でも、琥珀。そういう格好で行くの? 」
「うん、大学帰りだから」
「絵の具まみれにならない? 服」
「いつもこんな感じだから、琥珀さんは」

 今日は服が少し汚れてるな。私を描いた後、絵画教室の先生もやってたからか。

「だーめ。まだ若いんだからちゃんとおしゃれにしなきゃ」
「おしゃれに……」
「そうだ! 浴衣は? 今、着付けと浴衣レンタルやってくれるとこ結構あるし」
「び、美容院的な所? 」
「もしや、苦手? 」
「いっぱい話しかけてくるから美容院とハンバーガー屋さんは苦手なんだ」

 いかにもそんな感じだよね、琥珀は。

「じゃあ、私も一緒に行くよ」
「優愛も浴衣!? 」
「私の場合は髪のセットもあるから琥珀より時間かかっちゃうけど……」
「優愛が一緒なら頑張る。浴衣、着る」
「うん、じゃあ決まりだね」
「やった」

 琥珀が笑うときゅんってなる。私、本当にこの子が可愛いんだな。

「でもさ、美容院苦手なら髪どうしてるの? 」
「自分で切ったり」
「そ、そんなに行きたく無いんだ」
「最近は瑠美が限界感じたら美容院に無理矢理連行する」

 あの琥珀を好きっぽい女の子か。

「琥珀は美少年なのにおしゃれに無頓着だから勿体無いよ。ちゃんとしたらモデルばりだと思うよ? 服とかは? 」
「その辺でささっと買う。汚れても大丈夫で動きやすそうなやつ」
「本当に絵以外には興味無いんだね」
「優愛はどんな男子が好き? 」
「そうだなぁ。あ、この人とか? 」

 私はちょうどテレビで流れていたCMに出ている男性モデルを指差し、言う。

「俺よりずっと大人の人……」
「28だからね」
「優愛の彼氏もこういう人? 」
「えっ? ああ、うん。確かに雰囲気近いかも」

 健介は大学時代、かなりモテてたし。たまにメンズ雑誌のスナップに載るぐらいには。

「かっこいい人なんだ……」
「琥珀? 」
「頑張らねば……」
「どうしたの? ぶつぶつ何か言って……」
「何でもない。優愛、先にお風呂入って来て良いよ。俺は細田に電話する」
「細田くんってさっきのチャラい子? 」
「うん」
「分かった。あ、でも洗い物……」
「俺がやっとく」
「ありがとう、琥珀」

 琥珀、細田くんと何だかんだで仲良いんだな。さっき睨んでたけど……。

 明日になったら、健介と話をしよう。でも、憂鬱だな、やっぱり。

 私はお風呂から上がると、スマホを手にする。

『明日、会社が終わったら会える? ちゃんと話をしたいの』と健介にメッセージを送る。

 すると、すぐに彼から『分かった。7時に駅前のカフェで』と返信が来た。

 『了解』とだけ返すと、私はしゃがみ込む。私は彼に会ったらどうなってしまうんだろう?

「上がったよ、琥珀」
「優愛! 」
「細田くんと何の話してたの? 」
「優愛にだけは内緒」
「何? エッチなお話かな? 琥珀さん」
「違うよ」
「琥珀ってさ、女の子に欲情する事とかあるの? なんかエロいイメージ無いね」
「あるよ、俺だって」
「意外だね。もしや、ベッドの下にエロ本隠してたり? 」
「優愛のバカ……」
「ば、バカ!? 」
「お風呂入って来る」
「う、うん」

 なんか不機嫌な顔してたな、琥珀。

 私は髪を乾かすと、ベッドに入る。
 
「明日からまた会社か……」

 明日からまた頑張らないと。健介と話をしたら梨々香にまた電話しよう……。

 私は気付いたら眠りに落ちていた。

 あれ? ここは琥珀の通う美大の教室? 

「うん、綺麗に描けた」
「琥珀、また私を描いたの? 」
「うん。 優愛、描くの好きだから」
「もう! 私、そんな美人じゃないよ? 」
「俺が優愛を描く理由、本当は分かってるんじゃないの? 優愛」
「えっ……琥珀……? 」
 
 離れたところで私の絵を描いていた琥珀は私に近付く。

 「気付かない振りをするなんて優愛はひどいな」
「だ、だめだよ。琥珀……ここは教室だよ? 」
「大丈夫。誰も来ないよ? 鍵、かけたし」
「な、何で……」
「俺の事、いい加減男として意識してよ、優愛」

 気付いたら私は琥珀に唇を奪われていた。

「こは……んっ……」

 琥珀は私に何度も何度もキスをした。

「ね、彼氏のキスと俺のキス……どっちが気持ち良い? 優愛」

 そう言って琥珀はにやっと笑った。

「ゆ、夢!? 」

 私が飛び起きると、隣に敷いてある布団で琥珀は眠っていた。

 なんて刺激的な夢を……。琥珀、なんかキャラ違かったし。

「何でこんな夢……」
「優愛、行かないで……」

 えっ! 

「寝言? 」

 琥珀は見た限り、眠っているようだ。

「気付かない振り……か」

 そうだ、本当は気付いている。琥珀はきっと私の事が……。

「寝なきゃ」

 明日、ちゃんと会社に行って、健介と話をして……近々、出て行かなきゃ。

 私は最低なのかな。

「行ってきます」

 琥珀より先に置き、朝食を置いて行くと、私は会社に向かった。

「おはようございます」
「あ、宮瀬さん! おはよう」

 今日はとにかく仕事に集中しよう。健介の事はかなり気になるけど。

 私はいつも通り、資料を作成する。私の仕事はいわば営業事務だ。営業さんがクライアントに持って行く資料を作成する事が主な仕事だ。

 まずはヤマダ製菓に持って行く資料から片付けなきゃ。あと2ページで仕上がるんだった。

 そういえば、琥珀に弁当も作ってあげれば良かった。あの子、絶対カロリーフレンドで済ませるつもりだよね。

 朝、琥珀より早く起きて琥珀より早く出たのはあんな夢を見て、琥珀とどう接したら良いか分からなかったから。

 何、変に意識してるんだ、私。忘れなきゃ、あのキスは夢の話だし!

 集中しなきゃ、集中!!

 だけど、2時間後。仕上げた資料を確認した部長は怖い顔で私の元へやって来た。

「ちょっと! 宮瀬さん。資料、間違えだらけなんだけど」
「えっ? 」
「えっ? じゃないわよ! 漢字の変換ミスはあるわ、金額の桁は違うわ。私が確認しなければクライアントに恥を晒す事になってたのよ? 」
「も、申し訳ございません! 」
「全く……ちゃんと確認しなさいよね。これだからゆとりは嫌なのよ」
「い、以後気をつけます……」
「次、やったら承知しないからね! 」

 相変わらず、怖い……石井部長。私が悪いんだけれども……。

「宮瀬さん、気にする事ないよ。石井部長、たまたま機嫌が悪いだけだろうし」
「山中さん……」
「給湯室で宮崎さんに石井部長が話してるの聞いたんだけどさ、旦那と上手く行ってないらしいよ? なんか、離婚調停中みたい」
「そ、そうなんですね……」

 気遣ってくれてるとはいえ、人の噂を盗み聞きして他の人に話すのはどうなんだろ、山中さん。

 でも、石井部長って確か私が入社した当初は飲み会で旦那の惚気話をよくしていた気がする。

 今はそんなに上手く行ってないのか。

 真莉は結婚相手を選んだ理由はこの人じゃなきゃだめって思ったからって言ってた。

 健介はどうなんだろう? 私は健介としか付き合った事がない。

 浮気されても、それでもずっと一緒にいられる自信が私にはある?

 健介じゃなきゃだめって思える?

 どんなに最初仲良くても石井部長みたいに別れちゃうパターンもあるわけで。

 ちゃんと考えなきゃいけない事だ。

 何とかその後ミスをせず、仕事を終えた私はドキドキしながら健介の待つカフェへ向かう。

「優愛! 」

 テラス席に座っていた健介は私を見つけると、私に向かって手を振る。

「とりあえずアイスコーヒーで」

 私は注文を取りに来た店員にそう告げると健介の真正面の席に座る。

「久しぶり……だな」
「うん」

 顔を見た瞬間、あの光景がまた頭に浮かび上がった。

「この間は本当にすまなかった! 」

 健介は頭を下げ、言う。

「健介……」
「彼女とは遊びだったんだ、本当に。もう連絡先は消したし、会ってない! 本当に最低だったって自覚している」
「私はずっと我慢してたんだよ。健介は今、仕事忙しいからって。だから、前は夜中におつまみ作ってお酒用意して健介を待ったの。なのに、健介何て言ったか覚えてる? 」
「ああ。待たなくて良いって言った」
「健介にとって私って何? 」
「優愛……」
「一緒に暮らしても一緒の時間をなかなか作れないし、その上貴方は浮気した。私はどうしたら良かったの!? 」

 健介を見たら涙が溢れ出て責めてしまう。黒い感情だらけになる。

「優愛、これからはちゃんと時間作る! 浮気は絶対にしない! 優愛をちゃんと幸せにする。だから、もう一度やり直そう! 帰って来てくれ、優愛」

 健介は私の手を握る。

「あの人と貴方が寝た寝室のある家に帰れって言うの? 」
「また引っ越せば良い。優愛が嫌なら離れて暮らして交際をやり直せば……」

 もう一度やり直せるの? 私。健介を見たら私は黒い感情しか今、湧き上がってこない。

 一緒にいる時間を拒まれた上に浮気され、健介の気持ちを信じられなくなった。昔よりは私を愛してないんじゃないかとか。

「ごめんなさい……私には無理」
「優愛!! 」
「健介を見ると、あの女の子としている場面が頭に浮かぶの。それに、信じられなくなってる」

 本当に大好きだったはずなのに、いざ会うと苦しい。信じられなくなって、顔を見るだけで辛くなってる。

「俺は優愛がまだ好きだ。本当に本当に好きなんだ! もう一度チャンスをくれ、頼む。優愛が辛いなら暫く距離を置いてまたやり直せば良い」
「ごめんなさい……」
「お待たせしました」

 私はアイスコーヒーが来ると、アイスコーヒーを少しだけ飲む。

「頼むよ、優愛……」

 健介は泣きそうな顔で私の手を握り、言う。

「ごめん……私は健介との将来をもう、思い描けない」

 やっぱり、もう駄目だと思った。昔みたいに健介といて幸せ、とかずっと一緒にいられる自信がある、とか考えられなくなってる私がいる。

「待ってくれよ、優愛! 」
「ごめん、健介。私はそんなに強くないの」

 私はお金をテーブルに置くと、店を出た。

 本当に大好きだったのに、もう昔みたいには戻れない……。
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