ライゼン通りの雑貨屋さん ~雑貨屋の娘とお客様~

水竜寺葵

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ライゼン通りの雑貨屋さん2 ~雑貨屋の娘と街の人達~

七章 マルクスとの別れ

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 何時もと変わらないライゼン通り。そこにある雑貨屋では今日も今日とてベティーが元気に働いていた。

「ねえ、奥様聞きまして。先ほどグラヴィス様が若い娘さんと歩いていましたのよ」

「まぁ、わたくしはカフェの店主と若い女性を巡って言い合いになっていたと聞きましたわ」

貴族のお客達の話にベティーは聞き耳を立てる。

「グラウィスさんって午前中にミラが連れて来たお客様よね。まさか、若い娘って……」

彼女は婦人達の話題に出て来る「若い娘」がミラではないかと思い考える。

「カフェの店主ってことはルッツさんよね。ミラはただのお客様だって言っていたけれど、グラウィスさんとルッツさんがミラを取り合ったって噂になっているんだもの、ただの常連客とは思えないわ」

「ベティー……」

「あら、マルクス如何したのよ。そんな泣き出しそうな顔して」

勘ぐっているところにマルクスのか弱い声が聞こえてきて、そちらを見やると今にも泣きだしそうな顔の彼が立っていて驚く。

「うぅ、ベティー。何も言わずただここで泣かせて」

「え、ちょ。ちょっと待って。泣くならお店じゃ駄目よ。取り合えず私の部屋に!」

今にも泣き出しそうな勢いの彼を慌てて連れ出し、自宅へと向かった。

「うっ、うっ……うわぁぁぁぁつ!!」

「はぁ、まるで失恋でもしたかのような勢いね」

部屋へと入った途端、大声で泣きじゃくる幼馴染の背中をあやしてあげながら、ベティーは呟く。

「……ベティー有難う。もう大丈夫」

「一体何があったのよ」

暫く泣き喚いていたかと思うと、落ち着いたようでかすれた声で呟く。

しかし元気が回復した様子はない。その為彼女は尋ねた。

「いや、今日ミラがグラウィス様と一緒にいるところを見てね。スターディス家の御子息様だよ。かないっこないって思って諦めたんだ」

「諦めたって、グラウィスさんがミラに恋情を抱いているって事?」

話しを聞いて先ほどの婦人達の言葉を思い出しながらベティーは尋ねる。

「はっきりそうだって言われたわけじゃない。だけど、グラウィス様の圧力を感じたんだ。こう見えても騎士だからね。相手の放つ気配や言動である程度の感情を知る事が出来るんだよ」

「それで、グラウィス様から嫌悪感でも感じ取ったの?」

「うん。あれは明らかなる殺気だったよ」

マルクスの話に問いかけると彼が小さく頷き答える。

「それで、グラウィス様に敵わないからってミラの事を諦めたって訳?」

「うん……」

ベティーの質問に彼が小さく頷き肯定した。

「うんもう! はっきり言われたわけじゃないのに早とちりするんじゃないわよ。兎に角失恋したかどうかなんてわからないじゃないの。私が今度ミラに会った時に話を聞いてみるから、だから変な考え起こすんじゃないわよ」

「……うん」

勘違いかもしれないだろうと、怒りながら励ます言葉なんか聞こえていないかのような、上の空の様子に、彼女は小さく溜息を零す。

それから後日、ミラからグラウィスはただのお客だと聞いたベティーが、マルクスへと伝える為、彼が来店してくるのを待った。

「マルクス、良い事をミラから聞いたわ。グラウィスさんはただのお客さまで恋情なんて抱いていないんですって」

「ベティーわざわざ有難う。でも、もういいんだ」

にこりと笑い話す彼女へと彼が小さく笑い答える。

「何がいいのよ。全然よくないでしょう。誰かにとられちゃう前にミラに告白しちゃいなさいよ」

「もういいんだよ。実は、僕近いうちにザールブルブに行くことが決まったんだ」

「え?」

唇を尖らせ話すベティーへとマルクスが笑顔のまま語る。その言葉に驚いて目を見開いた。

「前から話は上がっていたんだけれどね、昨日正式にメンバーに選ばれて、女王陛下から任命書を渡されてね、移行の手続きも今日中には終わると思う」

「そんなの断っちゃえばいいじゃないの。なのにどうして?」

儚く笑いながら語る彼へと彼女は驚いたままの顔で尋ねる。

「国の代表だよ。断るなんてできない。そんなことしたらコゥディル王国の名に泥を塗る事になる。ベティー。僕はそりゃ、一介の騎士かもしれないけれど、でも、コゥディル王国の騎士だ。この国の代表としてその責任と期待を背負ってザールブルブに向かう。それなのに、僕の私情で断るなんてことできない。こう見えても立派な騎士なんだよ」

「それで、何時出発するの?」

「来年の春には」

変えられない事実だと告げられ俯くベティーへとマルクスが答える。

「ミラには伝えたの?」

「まだ、これから……」

涙を必死にこらえながら尋ねる彼女へと彼が変わらない口調で話す。

「っ、何やってるのよ。ここで油売っている場合じゃないでしょ! ミラに話してきなさい。そしてちゃんと気持ちを伝えるのよ」

「え、ちょっとベティー? うわっ」

涙が零れ落ちてしまう前にマルクスをお店から追い出す。玄関先で躓いて転んでしまう彼の姿を映しながら扉を勢いよく締めた。

「うっ……っぅ。マルクスの……マルクスの馬鹿!!」

一人きりになった空間で大声で喚き、溢れて止まらない涙を拭った。

その日の夕方の事である。

「ベティー。ミラちゃんが来ているよ」

「……今日は会えないって言って」

自室にこもって涙を流し続けてボロボロになってしまった彼女の下に、遠慮がちなジュディーの声がかけられた。それに淡泊に答えるも、扉が開く音が聞こえて来る。

「ベティー……」

「ごめん、ミラ。今は誰とも会いたくないのよ」

躊躇いがちなミラの言葉に彼女は小さく答えた。

「今日ね、マルクスが来て。話を聞いたの。それで、ベティーの事が心配になってね」

「そう、マルクスちゃんと話が出来たのね」

彼女の言葉にベティーは安堵しながらも淡泊に返す。

「やっぱり、貴女知っていたのね。マルクスがザールブルブに行ってしまう事」

「うん。ミラの所に行く前に、私の所に来てね。その話をしてくれたから」

ミラの話にやはり淡々とした口調で答える。

「ベティー。貴女、本当に大丈夫なの?」

「私自身でも驚いているわ。もうマルクスに恋心なんて抱いていないと思っていたから。まさか、こんなに泣いちゃうなんて思わなかった」

心配そうな彼女の声にベティーは震える声で答えた。

「ベティー。マルクスのこと今はただの幼馴染だと思っていたとしても、ちゃんと恋をしていた事伝えた方がいいんじゃないの?」

「今更、そんなこと言えないわよ。言ったところで困らせちゃうだけでしょ。それなら、笑顔でお別れした方のが良いに決まってる」

ミラの言葉に彼女は叫ぶように話す。

「ベティー……」

「はぁ~。こんなうじうじするなんて私らしくないわよね。よし、気持ちを入れ替えないと! 私の事なんかよりミラ、貴女の方は大丈夫なの? マルクスがこの街を出て行ってしまうのよ。私の事を心配している場合じゃないでしょ。貴女だって泣きそうな顔してるじゃないの」

躊躇いがちに声をかけて来た友人へと、ここでようやくベッドから起き上がり顔を見せる。そこには今にも泣きたいのを堪えたミラの姿があって、ベティーは小さく笑った。

「今夜は一緒に泣き明かしましょう」

「っぅ。ベティーったら」

抱き締めてくれる彼女へとミラが小さく嗚咽しながら微かに微笑む。

そうしてその日、二人は海が出来るのではないかと思うほど泣き明かした。

それから季節は流れて春の始まりを告げようとする日に、雑貨屋の扉を開けてマルクスがやって来た。

「ベティー。これ君からミラに渡して貰えないかな。きっと泣いちゃって上手くお別れできないと思うから」

「もう、最後の最後まで世話の焼ける幼馴染なんだから。仕方ないわね。渡しておいてあげるわ」

手紙を差し出す彼の言葉に、溜息交じりに了承すると受け取る。

「有難う。それからこっちはベティーに」

「え?」

まさか自分宛にも手紙を用意していたなんて思わなくて目を丸めた。

「僕がいなくなってから読んでね」

「うん……分かった」

小さく笑いながらお願いするマルクスへと彼女は返事をする。

「それじゃあ、行ってきます」

「身体に気を付けて、頑張るのよ。元気でね」

「うん。ベティーもね」

たった数秒の別れのあいさつを交わすと、マルクスは踵を返し歩き出す。

その後姿が見えなくなるまで見送ったベティーは、手紙をもってミラの下へと向かった。

「さて、私宛の手紙にはなんて書いてくれたのかしら?」

手紙を渡し終えて戻って来た彼女はそっと自分宛のそれを取り出して読み始める。

「拝啓ベティー様。様だなんておかしい! ……貴女がこの手紙を読んでいる頃、僕は馬車の中だと思います。ミラから聞いたよ。僕のこと好きだったんだって。それなのに僕は君の前でミラの事ばかり話していた。君の気持ちに気付かなくて本当にごめんね。それでも今までミラの事が好きな僕の事を色々と気遣ってくれて、励ましてくれたり支えてくれたりとお世話を焼いてくれてありがとう。騎士としてあろうとする僕に「ザールブルブに行くことを断ってしまえ」と言ってくれた言葉、本当は嬉しかったよ。こんなにも必死に僕の事を引き留めてくれる人がいる。僕のことをこんなにも想ってくれる人がいる。それが本当に嬉しかったんだ。だけど、僕はその言葉を聞いて尚更ザールブルブに行こうと思った。決意が固まったんだ。ミラやベティーがいるこのコゥディル王国が大好きだから。大好きな人達が暮らす国に迷惑はかけたくないから。立派に仕事を務めていつか胸を張ってこの国に帰る事が出来たらその時は、また叱りつけて下さい。ベティーに喝を入れてもらえるとお仕事頑張れるからさ。それじゃあ、また会える日までお元気で。マルクス」

手紙を読み上げたベティーは俯く。

「っう。何が「君の気持ちに気づけなくてごめん」よ! それに「また叱りつけて下さい」ですって? このおまぬけ。あんたなんかザールブルブの王宮の騎士達にもまれてホームシックにでもなっちゃいなさい! ……マルクス、元気で頑張るのよ」

身体を震わせていた彼女が空へと向けて大声を上げると、最後は笑顔で呟く。

こうしてマルクスは街を出て行った。でもこれで最後じゃない。きっとまたいつか再会できる日まで、ベティーは変わらずに生活していこうと決意したのであった。
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