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約束の場所4
しおりを挟むライラが母のクローン、僕の愛おしいライラが。
ライラに出会った時にすぐに信用できたのも、彼女に強く惹かれたのもライラが母のクローンだったから?
僕は何回もライラと……。つまり僕は母と……。
言葉にするのもおぞましい、嫌悪感で吐き気がする。
自分が酷く醜いものに思えた、母の事を汚してしまった、母との思い出さえも。
「どいてくれる?」
偽物がぶっきらぼうに言った。僕が彼女に覆い被さったままだったからだ。反射的に飛び退いてしまった。逃げないようにしてから解放するべきだった。
でも偽物は逃げるつもりはないようだ、いやに落ち着きはらっている。
同じ顔はしていても中身は全然違うんだなと思った。結局は別人なんだと。
僕とライラが育んだ絆は僕達だけのものなのだ。
誰にも真似出来るものではない。例えクローンといえども。結局ライラへの思いは変わらないのだ、例え母のクローンだとしても。ライラは母ではないのだ、肉体は同じ遺伝子を有していても、心は彼女だけのものなのだ。そう思う事で精神を保ちたいだけなのかもしれないが。
「何故、分かったの?」
偽物が僕の思考を置いてきぼりにして話しを進めた。彼女も何故自分が偽物とばれたのか気になるのだろう。首を絞められた恐怖も苦痛も忘れているようだ。
「ライラとは体型が違う」
僕はライラが精神的に弱って痩せ細ってしまった事は言わないでおいた。
「そう」
大して興味ないというか、感情がないような感じだった。表情豊かなライラとはやっぱり違う。
「何が聞きたいの?」
感情の起伏のない平坦な口調で偽物は言った。
何を考えているのか分からない。表情からも伺い知れない。
「どうしてここが分かった」
母のクローンという事は施設が関係しているであろう事は分かった。マチルダさんにはまだまだ秘密があるに違いない。宙人の保護、感染症予防のための研究施設なのかも疑わしい。他の目的のために作られた可能性すらある。
クローンは施設から送り込まれているに違いないのだ。
「一人目の情報、私達は記憶を共有しているから」
記憶の共有?じゃあ、全部知っている?それにしてはライラが偽物を殺して捨てているのを知っているようには思えない。
「でも、最近彼女からの連絡がなく、記憶の共有を切っているから調査に来た。」
僕の疑問に答えるように偽物は言った。記憶の共有がどのように行われているのか分からないが、ライラがそれを拒んでいるらしい。
「何か分かったのか?」
探りを入れるためにあえて聞いてみた。
「いいえ、その前にあなたを見つけたから本来の目的を果たそうとした」
割りとすんなり答えてくれたし、何なら別の情報も話してくれた。素直というか言われた事にただ従っているだけかもしれない。
「本来の目的?」
「そう、あなたの子種を貰って妊娠する」
人前で話すのをはばかられるような事を淡々と話す様子に不気味ささえ感じる
「何のために?」
聞けば全て答えてくれるので楽だが、まるでロボットのようだと思った。
「宙人の純血種を増やすため」
母と僕が最後の純血種だという事は聞かされていた。だから母のクローンと僕の子供を増やそうとしているのだろう。それも沢山のクローンを作って一気に増やそうという事なのかもしれないが、偽物達の意思や尊厳は何処にあるのだろう。
「お前はそれでいいのか?」
僕が聞くと、質問の意味が分からないとでも言いたげな表情をしていた。
「それが私の生まれた意味だから、そうしないと生きている価値なんてないもの」
寂しい事を表情も変えずに当たり前の事のように話す偽物に少しだけ同情した。
ライラもそうなのだろうか、その目的のために僕といるのだろうか、でもライラは偽物とは何だか違う気がした。この偽物は表情も少なく、感情も見えないまるでロボットのようだが、ライラには確かに心がある。
彼女は自分を出来損ないと言っていた、それにも何か関係あるのだろうか。
「だから私達は使い捨て、いくら死んでも構わない」
まるで呪文を唱えるように、呪詛を吐くように言った。
「だからあなたの子種を頂戴」
張り付いたような笑顔で言った。その顔が他の死体の顔と重なった。恐怖と嫌悪感が沸き上がって来た。
「無理だライラ以外とはそういう事は出来ない」
「何故?」
そう言いながら近付いて来た、一歩一歩近付く度に服を脱いでいく。僕の目の前に来た時には一糸纏わぬ姿になっていた。
「服を着ろ!」
僕は見ないように目を逸らした。そして自分の着ていた服を放った。
「好きでしょ」
服を放った手を掴まれてとても柔らかなものに押し当てられた。それは温かくて丸みを帯びていて小さな突起が付いている。乳房だ。触れた先から熱を帯びていくようだ。急いで手を振り払った。
「やめろ!」
「好きにしていいのよ、さっきみたいに首を絞めてもいい」
自分の首を絞める真似をして見せた。笑顔は張り付いたままだ。
「……やめろ……やめてくれ!」
ライラと同じ顔で、声でそんな事を言わないでくれ。
ライラを汚さないでくれ、母さんを……。
殆ど泣き叫ぶように言っていた。
「このまま戻っても処分されるだけ」
張り付いた笑顔はそのままに涙が一筋流れていた。
自分でも驚いている様子だった。
「……涙?……なんで」
僕は放った服を拾って汚れをはたくとそっと肩にかけてあげた。偽物が初めて見せた人間らしさに情が湧いてしまったようだ。
「私はどうしたら……」
初めての感情に戸惑いながら、涙を流し続けていた。
僕は言うべき言葉を持たず、ただ黙って見守る事しか出来なかった。
彼女が落ち着いた頃には朝が近付いて来ていた。
晴れやかな顔をした彼女はもうロボットではなかった。ライラと同じ心を持った人間だった。
「帰るわ」
そう言った彼女は脱いだ服を来て、僕がかけてあげた服を返して来た。
「ライラが羨ましい、あの子は特別なのね」
そう言って悲しげに笑った。
「……ああ」
僕はそれしか言えなかった。彼女を救う方法もなく、助けになる事も出来ないのだから。
これからも彼女のようなクローン達が次々に送り込まれてくるのだろう、その度にライラは彼女らを殺してあの深淵に放り込むのだろう。
僕にはそれを止める術もライラと向き合う勇気もない。ただただ抱く事しか出来ないのだ。自分にはライラが必要なんだと、彼女を求める事でしか証明出来ないのだ。可哀想な偽物達の屍の上でまぐわい続けるしかないのだ。
夜が明ける前にベッドに戻った僕はライラの安らかな寝顔を見つめながら偽物達のために泣いた。
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