宙(そら)の詩(うた)

猫田れお

文字の大きさ
11 / 13

約束の場所4

しおりを挟む

 ライラが母のクローン、僕の愛おしいライラが。
ライラに出会った時にすぐに信用できたのも、彼女に強く惹かれたのもライラが母のクローンだったから?

 僕は何回もライラと……。つまり僕は母と……。
言葉にするのもおぞましい、嫌悪感で吐き気がする。
自分が酷く醜いものに思えた、母の事を汚してしまった、母との思い出さえも。

「どいてくれる?」

偽物がぶっきらぼうに言った。僕が彼女に覆い被さったままだったからだ。反射的に飛び退いてしまった。逃げないようにしてから解放するべきだった。
でも偽物は逃げるつもりはないようだ、いやに落ち着きはらっている。

 同じ顔はしていても中身は全然違うんだなと思った。結局は別人なんだと。

 僕とライラが育んだ絆は僕達だけのものなのだ。
誰にも真似出来るものではない。例えクローンといえども。結局ライラへの思いは変わらないのだ、例え母のクローンだとしても。ライラは母ではないのだ、肉体は同じ遺伝子を有していても、心は彼女だけのものなのだ。そう思う事で精神を保ちたいだけなのかもしれないが。

「何故、分かったの?」

偽物が僕の思考を置いてきぼりにして話しを進めた。彼女も何故自分が偽物とばれたのか気になるのだろう。首を絞められた恐怖も苦痛も忘れているようだ。

「ライラとは体型が違う」

僕はライラが精神的に弱って痩せ細ってしまった事は言わないでおいた。

「そう」

大して興味ないというか、感情がないような感じだった。表情豊かなライラとはやっぱり違う。

「何が聞きたいの?」

感情の起伏のない平坦な口調で偽物は言った。
何を考えているのか分からない。表情からも伺い知れない。

「どうしてここが分かった」

母のクローンという事は施設が関係しているであろう事は分かった。マチルダさんにはまだまだ秘密があるに違いない。宙人の保護、感染症予防のための研究施設なのかも疑わしい。他の目的のために作られた可能性すらある。
クローンは施設から送り込まれているに違いないのだ。

「一人目の情報、私達は記憶を共有しているから」

記憶の共有?じゃあ、全部知っている?それにしてはライラが偽物を殺して捨てているのを知っているようには思えない。

「でも、最近彼女からの連絡がなく、記憶の共有を切っているから調査に来た。」

僕の疑問に答えるように偽物は言った。記憶の共有がどのように行われているのか分からないが、ライラがそれを拒んでいるらしい。

「何か分かったのか?」

探りを入れるためにあえて聞いてみた。

「いいえ、その前にあなたを見つけたから本来の目的を果たそうとした」

割りとすんなり答えてくれたし、何なら別の情報も話してくれた。素直というか言われた事にただ従っているだけかもしれない。

「本来の目的?」

「そう、あなたの子種を貰って妊娠する」

人前で話すのをはばかられるような事を淡々と話す様子に不気味ささえ感じる

「何のために?」

聞けば全て答えてくれるので楽だが、まるでロボットのようだと思った。

「宙人の純血種を増やすため」

母と僕が最後の純血種だという事は聞かされていた。だから母のクローンと僕の子供を増やそうとしているのだろう。それも沢山のクローンを作って一気に増やそうという事なのかもしれないが、偽物達の意思や尊厳は何処にあるのだろう。

「お前はそれでいいのか?」

僕が聞くと、質問の意味が分からないとでも言いたげな表情をしていた。

「それが私の生まれた意味だから、そうしないと生きている価値なんてないもの」

寂しい事を表情も変えずに当たり前の事のように話す偽物に少しだけ同情した。
ライラもそうなのだろうか、その目的のために僕といるのだろうか、でもライラは偽物とは何だか違う気がした。この偽物は表情も少なく、感情も見えないまるでロボットのようだが、ライラには確かに心がある。
彼女は自分を出来損ないと言っていた、それにも何か関係あるのだろうか。

「だから私達は使い捨て、いくら死んでも構わない」

まるで呪文を唱えるように、呪詛を吐くように言った。

「だからあなたの子種を頂戴」

張り付いたような笑顔で言った。その顔が他の死体の顔と重なった。恐怖と嫌悪感が沸き上がって来た。

「無理だライラ以外とはそういう事は出来ない」

「何故?」

そう言いながら近付いて来た、一歩一歩近付く度に服を脱いでいく。僕の目の前に来た時には一糸纏わぬ姿になっていた。

「服を着ろ!」

僕は見ないように目を逸らした。そして自分の着ていた服を放った。

「好きでしょ」

服を放った手を掴まれてとても柔らかなものに押し当てられた。それは温かくて丸みを帯びていて小さな突起が付いている。乳房だ。触れた先から熱を帯びていくようだ。急いで手を振り払った。

「やめろ!」

「好きにしていいのよ、さっきみたいに首を絞めてもいい」

自分の首を絞める真似をして見せた。笑顔は張り付いたままだ。

「……やめろ……やめてくれ!」

ライラと同じ顔で、声でそんな事を言わないでくれ。
ライラを汚さないでくれ、母さんを……。
殆ど泣き叫ぶように言っていた。

「このまま戻っても処分されるだけ」

張り付いた笑顔はそのままに涙が一筋流れていた。
自分でも驚いている様子だった。

「……涙?……なんで」

僕は放った服を拾って汚れをはたくとそっと肩にかけてあげた。偽物が初めて見せた人間らしさに情が湧いてしまったようだ。

「私はどうしたら……」

初めての感情に戸惑いながら、涙を流し続けていた。
僕は言うべき言葉を持たず、ただ黙って見守る事しか出来なかった。
彼女が落ち着いた頃には朝が近付いて来ていた。
晴れやかな顔をした彼女はもうロボットではなかった。ライラと同じ心を持った人間だった。

「帰るわ」

そう言った彼女は脱いだ服を来て、僕がかけてあげた服を返して来た。

「ライラが羨ましい、あの子は特別なのね」

そう言って悲しげに笑った。

「……ああ」

僕はそれしか言えなかった。彼女を救う方法もなく、助けになる事も出来ないのだから。
これからも彼女のようなクローン達が次々に送り込まれてくるのだろう、その度にライラは彼女らを殺してあの深淵に放り込むのだろう。
僕にはそれを止める術もライラと向き合う勇気もない。ただただ抱く事しか出来ないのだ。自分にはライラが必要なんだと、彼女を求める事でしか証明出来ないのだ。可哀想な偽物達の屍の上でまぐわい続けるしかないのだ。
 夜が明ける前にベッドに戻った僕はライラの安らかな寝顔を見つめながら偽物達のために泣いた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

処理中です...