宙(そら)の詩(うた)

猫田れお

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辿り着いた場所1

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 その日は何もする気がしなかった。
ライラとベッドの中で抱き合って過ごした。
何回も何回も身体を重ねては果てた。
ライラは何も聞かなかったし、僕も何も言わなかった。そんな日があってもいい。
穏やかな時が流れる中、突然ライラが静かに言った。

「ずっと言えなかった事があるの」

何を聞いてもライラへの気持ちは変わらない。
僕はただ頷いて見せた。

「私は子供が産めない身体なの」

ライラが自分は出来損ないと言っていた意味が分かった気がした。そんな秘密を一人で抱えていたんだと思うと切なくなった。
僕はただ抱き締める事しか出来なかった。

「僕は君さえいればいい」

やっと出た言葉は涙に濡れていた。
僕の言葉にライラは子供のように泣きじゃくった。
二つも秘密を抱えていたんだ、精神的に追い込まれるはずだ、もう一つの秘密も言ってくれればいいのに。
僕のライラへの愛は変わっていないんだから。

「僕らは番なんだから」

秘密なんていらないんだ、心配なんていらないんだよ。僕はライラを強く抱き締めた。

「番は一生添い遂げるんだ」

僕の父と母のように――。

 僕も秘密を話してしまおうかと思ったが、殺人は重すぎる。ライラの偽物に会った話ならしてもいいだろうか。僕がライラに信じてもらいたいなら、僕もライラを信じるべきなんだ。
僕はライラが落ち着いたら話をする決意をした。

「僕も言えなかった事がある」

静かに切り出した。ライラは黙って頷いてくれた。

「実は昨日の夜、ライラの偽物に会ったんだ」

ライラは酷く驚いて、言葉が出ないようだった。怯えているようにも見えた。

「少し話をして帰ってもらったよ」

僕はすぐに偽物だと分かった事、母のクローンだという事、僕の子種を欲しがっている事などを話した。
首を絞めた事や裸で迫られた事は言わずにおいた。

「……そう」

ライラは静かに息を吐いた、覚悟を決めた表情だった。

「ごめんなさい、私から話すべきだったよね」

そう言ってベッドから起き上がった。

「みせたいものがあるの」

死体の事だと思った。ライラと僕は服を来て外に出る階段を登った。道すがらライラはとつとつと語った。
自分達は母のクローンでまだ沢山いる事、僕の子種を貰って妊娠するのが目的で、本当は毎晩交代で抱かれる手筈だった。記憶を共有しているので矛盾なく会話が成立するはすであると。しかし、彼女はそれが許せなかった、僕を本当に愛してしまったから。
記憶も自分と僕だけの大事な思い出だから渡したくなかったと、気持ちを話してくれた。僕は黙って聞いていた。話してるうちにあの深淵の近くまで来ていた。

「ソラに知られて失うのが怖かったの」

それは僕も気持ちは分かる。お互いを失うのが怖くって秘密にしていたのだ。

「どうしていいか分からなくて、本当に混乱していたの」

一人で抱え込んで思考の袋小路に迷いこんでしまったのだろう、想像に容易かった。

「だからって許される事じゃないのは分かってる」

ライラの言葉は殆ど懺悔のようだった。

「最初は殺すつもりはなかったの、口論になってその内に揉み合いになって、気付いた時には……」

ライラの身体は震えていた、きっとその時の情景がありありと浮かんでいるんだろう、まるで今しがた起こった事のように。

「それからはもう夢中だった、あの穴を見つけたのは偶然で、まるで用意されていたようで驚いたと同時に感謝さえしたわ、そして当然の事のように死体を捨てていたの……その後は悪夢を見ているようだった、あの穴に導かれるように殺しては捨てたわ、毎日毎日……」

最後には泣き崩れてしまった。ごめんなさいと繰り返し誰に言うでもなく許しを乞うていた。
僕はライラを抱き締めて大丈夫、大丈夫だからと繰り返し言って聞かせた。彼女が落ち着くまで何度も何度も。悪いのはライラじゃない、クローン達でもない、クローンを作っては送り込んでくる奴らが悪いのだ。マチルダさんが真っ赤な唇を歪めてニヤリと笑っている気がして嫌悪感に吐き気がした。

 マチルダさんが敵だとするとシドの事も心配だ。無事なんだろうか。あの時にマチルダさんにシドの命をあんなに簡単に託してしまうなんて、後悔しても遅い。どうか無事でいて欲しいと祈る事しか出来ない。

 僕とライラはせめてもの償いにと、あの穴を埋めて墓を作り供養する事にした。
ただ深淵に蓋をしたかっただけかもしれないが。
それでもライラの罪が少しでも赦されるように祈るばかりだった。
それから今後の事を話し合った。クローン達の対応も考えなくてはならない。
僕はライラ以外と関係を持つ事は絶対にないし、ライラもやはり彼女らを受け入れる事は出来ないという事だった。それでもきっと彼女らは送り込まれて来るだろう、皆が皆大人しく帰ってくれるとは限らない。ぶつかる事だってあるかもしれない。そうしたらまた前のような悲劇が起こってしまうかもしれない。
それだけは回避しなければならない。
そのためにはどうしたらいいのか考える必要があった。
完全に約束の地への移住を進める必要があるのかもしれない。未開の土地を切り開く事になるが。どんな困難や危険が待ち受けているのか分からないが。
そしてこちらの世界との扉を完全に閉じてしまえば、二度とクローンが来る事はない。そのかわりこの世界と永遠の別れをしなければならないが。
僕とライラはお互いさえいてくれればいいと思っている。シドの事は気がかりだが、それ以外に未練はなかった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ソラがライラの秘密を知ってしまった。
それでも尚ライラと一緒にいる事を選んだ。
忌々しいあの女のクローンはやっぱりあの女と一緒だ。
私の邪魔ばかりする。他のクローンはともかく、あのライラだけは始末しなくては、出来損ないのくせに生意気だ。ソラにもお仕置きが必要だ。
母親の腹に宿った命の正体を教えてやろうか、
自分の子が母親の腹を破って出てきたと知ったらどんな顔をするだろう。
考えただけでゾクゾクする。
ソラもあの女のように壊れてしまわない事を祈ろう。
壊れてしまったらしまったで私のお人形になってもらえばいい。楽しみだ。やっと私の物になるのよ、ソラ。

 武装した兵隊を送り込めば簡単に終わる、
それでは面白くない。それにアイツらは約束の場所の価値も分からないようなヤツらばっかりだ、あそこの機器を傷付けられたりしたら大変だ。やはり私が単独で向かおう。
銃の扱いくらいは出来る、私の手でライラを始末出来るのだ、それもソラの目の前で。こんなに愉快な事はない。
そして傷付き絶望したソラを私が救ってあげるの。
新しいライラを与えてあげてもいい。クローンなんてどれも一緒なんだから。

 決行は早い方がいい、ソラとライラが約束の場所に行ってしまう前に、こちらの世界との扉を壊されたらお仕舞いだ。二度と手に入れる事が出来なくなる。

約束の場所は月なのだ。

 宙人の科学力は宇宙にまで及んでいた、月に自分達の楽園を作ったのだ。今は失われたその技術は私達では到底辿り着けない高みにある。私はその技術も欲しい。科学者としての私が欲しているのだ。私は全てを手に入れる。
ソラも約束の場所も――。

















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