没落令嬢、バイト始めました 〜毒舌執事と返済ライフ〜

いっぺいちゃん

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第25話 セシルが帰ってくる朝

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その夜、セシルは結局戻らなかった。

 眠りたいのに眠れず、胸の奥がざわざわしたまま朝を迎えた。

(セシル……どこにいるの。
 本当に、無事なの……?)

 胸の痛みを抱えたまま麦猫堂に向かうと。

「お嬢様」

「……っ!」

 裏口に、セシルが立っていた。

 朝日を背に、静かに頭を下げている。

「遅くなりました。戻りました」

「セシル……っ、よかった……!」

 安堵した途端、目の奥が熱くなった。

 だがすぐに気づく。

(この外套……びしょ濡れ……夜のうちに、何が……)

「セシル、その服……」

「ご心配には及びません。少々、長引いただけです」

「どこに行ってたの……? 何をしてたの?」

 問いかけると、セシルは一瞬だけ目を伏せた。
 その影が、とても深く見えた。

「お嬢様の知る必要はありません」

「でも……」

「心配してくださるお気持ちは、ありがたく頂戴します」

 そう言って微笑んだけれど、それはどこか無理をした笑みだった。
 決して、いつもの落ち着いた優しさではない。

   ◇ ◇ ◇

「エリ、来たね……って、あらあら」

 ハンナはセシルを見るなり、ため息をついた。

「また夜通しだったのかい。顔が真っ青だよ」

「お気になさらず。問題ありません」

「問題ない顔じゃないから言ってんだよ」

 ハンナは手を腰に当て、エリの背中を軽く押す。

「エリ、今日はセシルと一緒に一回休憩しな。
 焼き上げは私がやっとくから」

「でも、私……」

「倒れられたら困るんだよ。あんたも、あの子もね」

 私はセシルの袖をそっと握った。

「行こう……少しだけ」

「お嬢様がそう仰るなら」

   ◇ ◇ ◇

 裏庭の木陰に腰掛けると、朝の風が冷たかった。

「セシル……昨日、何があったの?」

 セシルはすぐには答えなかった。
 風の音だけが静かに流れる。

「お嬢様。私は執事です。
 主人の命には従うべき立場にあります。
 しかし……お嬢様が心配する必要はありません」

「それって、何も教えないってこと……?」

「はい」

 当たり前のように言われてしまい、胸がきゅっと締め付けられる。

「……言ってよ」

 気づいたら、声が震えていた。

「私……心配したんだよ。
 帰ってこないのが、本当に怖かったんだよ……」

 セシルの目が、驚いたように見開かれる。

「……お嬢様」

 呼ぶ声が、いつもよりずっと柔らかかった。

「ご心配をおかけして……申し訳ありません」

「それだけじゃ嫌なの……」

 胸の奥にある、名もない痛みが勝手に溢れ出てくる。

「だって……セシルは、私の……」

 私の……なんだろう。
 言いかけて、言葉が喉で止まった。

   ◇ ◇ ◇

 しばらく沈黙が続いたあと、セシルが静かに口を開いた。

「……私は、エリ様とは別の方に借りがあります」

「別の……?」

「その方の呼び出しだけは、逆らえません。
 どれだけ夜が深くとも、どれだけ遠くても」

 重い言葉だった。

 それだけでは説明できない深さが、彼の声に宿っていた。

「でも、それ以上を語ることは……できません」

 そう言ったセシルの横顔は、痛いほど苦しげだった。

「……分かったよ」

 胸の奥がズキズキしていた。
 けれど、それ以上踏み込んだら、もっと苦しめてしまう気がした。

(セシルにも……抱えているものがある。
 分かってたはずなのに……こんなに、苦しいなんて)

   ◇ ◇ ◇

 休憩が終わるころ、セシルは姿勢を正した。

「お嬢様。私は大丈夫です。
 どうか、必要以上にお気になさらないでください」

「それ……無理だよ」

 思わず零れた言葉に、セシルは少しだけ目を丸くした。

「……困りましたね」

 その微笑みは、とても弱く、
 それでもどこか――優しかった。

   ◇ ◇ ◇

本日の収支記録
項目 内容 金額(リラ)
収入 通常営業の日給(半日扱い) +15
収入 個別依頼なし +0
合計 +15
借金残高 23,657 → 23,642リラ

セシルの一口メモ
本日分はお嬢様が記録されました。
私は問題ありません。どうかご安心を。
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