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第45話 揺れる心と、パンの香りと
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ミリアムの姿が角を曲がって見えなくなっても、
胸の奥には温かさと痛みが混ざったざわつきが残っていた。
店の裏手に静かな風が吹き、
麦猫堂から漂う甘い香りがふっと包み込む。
「……揺れてるよね、私」
エリは弱い声でつぶやいた。
「人は、揺れるものです」
セシルが隣で静かに言った。
「でも、今の私は……揺れてる自分が嫌じゃないんだ」
「それは、前へ進んでいる証拠です」
セシルの声はいつもより柔らかい。
その変化に気づくと、胸の奥が少し熱くなる。
「……ミリアムは、本当に優しい人だったね」
「ええ。あの屋敷で、数少ないまともな大人でした」
「うん……そうだね」
エリは胸がしめつけられるのを感じた。
屋敷を出た日のこと。
声をかけてくれなかった理由。
ミリアムが涙を浮かべていた理由。
(それでも……私を探してくれた)
胸の奥にじんと染み込むものがある。
◇ ◇ ◇
「エリ。戻りましょう。まだ仕事が残っています」
「うん……戻る」
二人が店内へ戻ると、
ハンナが忙しそうに動き回っていた。
「おや、ちょうどいいところだよ。
ほら、仕込みが残ってるんだ。手を貸しておくれ」
「あ、はい!」
エリは急いでエプロンを身につける。
生地をこね始めたエリを見て、
ハンナが目を丸くした。
「おや。動きが軽くなったねえ」
「え……そうですか?」
「うん。午前はちょっと固かったけど、
今は手が伸びてるよ。いい調子だ」
エリは小さく笑った。
「昔の知り合いと会って……
でも、今の自分が好きだって思えたんです」
「ほお。そりゃあ良いことだ」
ハンナは嬉しそうに頷き、
新しい生地を渡してくる。
「じゃあ今日は、もうひと頑張りしよう」
「はい!」
◇ ◇ ◇
仕込みが落ち着いた頃、
セシルが静かに声をかけた。
「疲れていませんか」
「少しだけ。
でも、さっきより全然軽いよ」
「それは良い傾向です」
いつもの冷静な表情だが、
目元がほんの少しだけ柔らかく見えた。
「ミリアム殿は、エリにとって
大切な過去の一部なのでしょう」
「……うん」
「ですが、私は今のエリを見ています」
その言葉が、
胸の奥深くに静かに落ちていった。
「……ありがとう、セシル」
「役目ですから」
いつもの返しのはずなのに、
今日はなぜか優しく聞こえた。
◇ ◇ ◇
夕暮れが迫り、店を閉める時間になる。
空は茜色に染まり、
一日の終わりを告げる風が吹き抜けた。
エリは外へ出て、
高く広がる空にゆっくり息を吐いた。
(家族がどうでも、過去がどうでも……
私は今、生きてる。
そして、ここにいたいと思えてる)
胸の奥に、確かな灯がともった気がした。
◇ ◇ ◇
本日の収支記録
項目 内容 金額(リラ)
収入 午後の店頭販売(少量) +12
収入 店舗手伝いの取り分 +20
合計 +32
借金残高 22,960 → 22,928リラ
セシルの一口メモ
揺れのあとに踏み出す一歩は、
小さくても確かな前進です。
胸の奥には温かさと痛みが混ざったざわつきが残っていた。
店の裏手に静かな風が吹き、
麦猫堂から漂う甘い香りがふっと包み込む。
「……揺れてるよね、私」
エリは弱い声でつぶやいた。
「人は、揺れるものです」
セシルが隣で静かに言った。
「でも、今の私は……揺れてる自分が嫌じゃないんだ」
「それは、前へ進んでいる証拠です」
セシルの声はいつもより柔らかい。
その変化に気づくと、胸の奥が少し熱くなる。
「……ミリアムは、本当に優しい人だったね」
「ええ。あの屋敷で、数少ないまともな大人でした」
「うん……そうだね」
エリは胸がしめつけられるのを感じた。
屋敷を出た日のこと。
声をかけてくれなかった理由。
ミリアムが涙を浮かべていた理由。
(それでも……私を探してくれた)
胸の奥にじんと染み込むものがある。
◇ ◇ ◇
「エリ。戻りましょう。まだ仕事が残っています」
「うん……戻る」
二人が店内へ戻ると、
ハンナが忙しそうに動き回っていた。
「おや、ちょうどいいところだよ。
ほら、仕込みが残ってるんだ。手を貸しておくれ」
「あ、はい!」
エリは急いでエプロンを身につける。
生地をこね始めたエリを見て、
ハンナが目を丸くした。
「おや。動きが軽くなったねえ」
「え……そうですか?」
「うん。午前はちょっと固かったけど、
今は手が伸びてるよ。いい調子だ」
エリは小さく笑った。
「昔の知り合いと会って……
でも、今の自分が好きだって思えたんです」
「ほお。そりゃあ良いことだ」
ハンナは嬉しそうに頷き、
新しい生地を渡してくる。
「じゃあ今日は、もうひと頑張りしよう」
「はい!」
◇ ◇ ◇
仕込みが落ち着いた頃、
セシルが静かに声をかけた。
「疲れていませんか」
「少しだけ。
でも、さっきより全然軽いよ」
「それは良い傾向です」
いつもの冷静な表情だが、
目元がほんの少しだけ柔らかく見えた。
「ミリアム殿は、エリにとって
大切な過去の一部なのでしょう」
「……うん」
「ですが、私は今のエリを見ています」
その言葉が、
胸の奥深くに静かに落ちていった。
「……ありがとう、セシル」
「役目ですから」
いつもの返しのはずなのに、
今日はなぜか優しく聞こえた。
◇ ◇ ◇
夕暮れが迫り、店を閉める時間になる。
空は茜色に染まり、
一日の終わりを告げる風が吹き抜けた。
エリは外へ出て、
高く広がる空にゆっくり息を吐いた。
(家族がどうでも、過去がどうでも……
私は今、生きてる。
そして、ここにいたいと思えてる)
胸の奥に、確かな灯がともった気がした。
◇ ◇ ◇
本日の収支記録
項目 内容 金額(リラ)
収入 午後の店頭販売(少量) +12
収入 店舗手伝いの取り分 +20
合計 +32
借金残高 22,960 → 22,928リラ
セシルの一口メモ
揺れのあとに踏み出す一歩は、
小さくても確かな前進です。
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