没落令嬢、バイト始めました 〜毒舌執事と返済ライフ〜

いっぺいちゃん

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第128話 条件の影で

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朝の麦猫堂は、いつも通りの音で満ちていた。
粉を払う音、鉄板の触れる音、遠くの通りを行き交う人の気配。

それなのに、エリの胸の奥には、
言葉にならない重さが沈んでいた。

(条件を出す、って……簡単じゃない)

昨日は前を向けた。
自分で選ぶ覚悟も、確かにあった。

けれど、朝になれば現実は変わらない。

商人連合。
噂。
視線。
そして、数字。

「エリ、火加減いいよ」

ハンナの声に、はっとする。

「ありがとうございます」

答えながら、生地に触れる。
指先の感触は、嘘をつかない。

(……大丈夫。今は、目の前)

そう言い聞かせていると、
店の扉が控えめに叩かれた。

「失礼します」

入ってきたのは、見覚えのある文官服の男だった。

「麦猫堂のエリシア様ですね。
 商人連合より、確認事項があり参りました」

エリの背筋が、わずかに張る。

「はい。私ですが」

男は一枚の書付を差し出した。

「先日の催事に関する件です。
 正式な返答は、まだという認識でよろしいでしょうか」

「……はい。考える時間をいただいています」

「承知しました」

文官は淡々と続ける。

「ただし、参加枠の都合上、
 猶予はあまり長く取れません」

遠回しだが、はっきりした圧だった。

「理解しています」

エリは逃げずに答えた。

文官が去り、扉が閉まる。

厨房に、少しだけ静寂が落ちた。

「……何かあったのかい?」

ハンナが、いつも通りの調子で聞く。

「いえ。すぐじゃない話です」

嘘ではない言い方だった。

(今は、まだ)

だが、その様子を、
セシルは黙って見ていた。

   ◇ ◇ ◇

昼過ぎ。
仕込みの合間、セシルが静かに声を落とす。

「連合側の動きが、早まっています」

「……うん。感じてる」

「条件を出すなら、時間は味方しません」

「分かってる」

即答できたのは、
もう迷っていないからだ。

「でも……」
エリは一度、言葉を切った。

「条件って、盾にもなるけど、
 見せ方を間違えたら、ただの反抗にも見えるよね」

「はい」
セシルは肯定する。
「だからこそ、出し方が重要です」

エリは、深く息を吸った。

(私一人じゃ、抱えきれない)

「セシル」
静かに呼ぶ。

「あなたが一緒に考えてくれるなら……
 私、ちゃんと条件を形にしたい」

「そのつもりです」

即答だった。

「主が選ぶ道を、
 現実に落とし込むのが私の務めです」

その言葉に、胸の奥がわずかに温まる。

夕方。
パンの焼き上がりを見届けながら、
エリは心の中で線を引いた。

(参加する、しない、じゃない)

(どう参加するか、だ)

外は壊しに来る。
連合は引き上げに来る。

その狭間で、
自分の足場を作らなければならない。

(……明日)

エリは、初めて具体的な条件の言葉を、
頭の中で組み立て始めていた。

   ◇ ◇ ◇

本日の収支記録

項目 内容 金額(リラ)
収入 店頭販売(通常) +48
収入 定期納品分(クレアル邸) +40
合計 +88

借金残高 ※着実に減少中(急減なし)

セシルの一口メモ

条件は、拒絶のためではなく、
守る範囲を定義するためのものです。
線を引ける者だけが、
場に立ち続けられます。
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