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第2話 名前を呼ぶ声
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その夜、納屋の藁の上。
リューはすやすや眠っていた――はずなのに。
「……ぅ……ぅあ……」
かすかな鳴き声に目を覚ました俺は、寝袋から半分飛び出したまま起き上がる。
暗い。雨はもう止んでいたが、まだ湿気が残っている。藁の隙間をくぐる夜風は冷たくて、リューの小さな体を震わせていた。
「おいおい、また腹が痛いのか?」
近づくと、黄金色の瞳が薄く開く。声を出そうと口を開けても、うまく鳴けないのか、リューは喉をひくひくさせるだけ。
必死に何かを伝えようとしている。
――分かってやらなきゃ。
「……そうだな、名前を呼んでやろう」
まだ声を持たない赤ん坊なら、呼びかけに安心するはずだ。
俺は藁に腰を下ろし、掌でリューの背をさすりながら、ゆっくり口を開いた。
「リュー……リュー。お前は俺の、大事な家族だ」
呼ぶたびに、瞳の奥がきらりと光る。
そしてついに、リューがか細い声で「……りゅ……」と鳴いた。
「おっ……! 言った! いま確かに言ったぞ!」
ただの偶然かもしれない。鳴き声がたまたま名前に聞こえただけかもしれない。
でも俺には、リューが自分の名前を覚えようとしているようにしか見えなかった。
背後から気配。
老人が灯りを片手に現れる。
「……ずいぶん懐かれたのう」
「名前を呼んだら、返してくれたんです」
「ドラゴンは賢い。生まれたばかりでも、心を映す相手には応える。――“親”の声なら、なおさらじゃ」
親。
その言葉に胸がくすぐったくなる。俺が? 親? いやいや、俺はただのサラリーマンだし……。
でも、リューが小さな爪で俺の袖を握って眠りについたとき。
「この子の親代わりになるのは、俺しかいない」って、自然に思えた。
◇
翌朝。
リューは昨夜より元気そうに翼をぱたつかせていた。
ギンは「わふわふ」とリューの周りを跳ね回り、モチョはピンク色で弾む。フィーネも入口から一歩だけ踏み出し、様子を見ている。
「おいおい、騒がしいな。腹の具合は大丈夫か?」
「きゅ!」
今度ははっきりと声が返ってきた。
俺が「リュー!」と呼ぶと、「きゅ!」と答える。
まるで会話だ。
――名前を呼ぶと、答えてくれる。
たったそれだけのことが、どうしてこんなに嬉しいんだろう。
◇
昼下がり。柵の補強作業をしていると、村からひとりの少女がやって来た。
栗色の髪を三つ編みにして、麦わら帽子をかぶっている。
「ここ……“魔物の牧場”なんでしょ?」
緊張した面持ちで、俺とリューを交互に見ている。
村人からすれば、ドラゴンもフェンリルも脅威そのもの。怖がるのは当然だ。
「そうだよ。でも処分なんてしない。俺たちは一緒に生きていくんだ」
「……そんなの、ほんとにできるの?」
少女の問いに、俺は迷わず答えた。
「できる。だって、もう名前を呼び合えるんだから」
リューが「きゅ!」と鳴いて俺の肩によじ登る。
ギンが尻尾を振って足元を走り回り、モチョはピンク色で弾む。
少女の目が驚きに見開かれ、そして少しだけ柔らかくなった。
「……なんか、不思議。ほんとに家族みたい」
そう言って彼女は麦わら帽子を押さえ、風に揺れる草原の向こうへ走り去った。
◇
夕暮れ。柵の上に座って空を見上げる。
リューが隣で翼をたたみ、俺に寄り添ってきた。
「なあ、リュー。俺たち、きっと乗り越えられるよな」
「……りゅ!」
名前を呼ぶ声が、胸の奥にまっすぐ届いた。
それは誓いのようで、祈りのようで、何よりあたたかかった。
リューはすやすや眠っていた――はずなのに。
「……ぅ……ぅあ……」
かすかな鳴き声に目を覚ました俺は、寝袋から半分飛び出したまま起き上がる。
暗い。雨はもう止んでいたが、まだ湿気が残っている。藁の隙間をくぐる夜風は冷たくて、リューの小さな体を震わせていた。
「おいおい、また腹が痛いのか?」
近づくと、黄金色の瞳が薄く開く。声を出そうと口を開けても、うまく鳴けないのか、リューは喉をひくひくさせるだけ。
必死に何かを伝えようとしている。
――分かってやらなきゃ。
「……そうだな、名前を呼んでやろう」
まだ声を持たない赤ん坊なら、呼びかけに安心するはずだ。
俺は藁に腰を下ろし、掌でリューの背をさすりながら、ゆっくり口を開いた。
「リュー……リュー。お前は俺の、大事な家族だ」
呼ぶたびに、瞳の奥がきらりと光る。
そしてついに、リューがか細い声で「……りゅ……」と鳴いた。
「おっ……! 言った! いま確かに言ったぞ!」
ただの偶然かもしれない。鳴き声がたまたま名前に聞こえただけかもしれない。
でも俺には、リューが自分の名前を覚えようとしているようにしか見えなかった。
背後から気配。
老人が灯りを片手に現れる。
「……ずいぶん懐かれたのう」
「名前を呼んだら、返してくれたんです」
「ドラゴンは賢い。生まれたばかりでも、心を映す相手には応える。――“親”の声なら、なおさらじゃ」
親。
その言葉に胸がくすぐったくなる。俺が? 親? いやいや、俺はただのサラリーマンだし……。
でも、リューが小さな爪で俺の袖を握って眠りについたとき。
「この子の親代わりになるのは、俺しかいない」って、自然に思えた。
◇
翌朝。
リューは昨夜より元気そうに翼をぱたつかせていた。
ギンは「わふわふ」とリューの周りを跳ね回り、モチョはピンク色で弾む。フィーネも入口から一歩だけ踏み出し、様子を見ている。
「おいおい、騒がしいな。腹の具合は大丈夫か?」
「きゅ!」
今度ははっきりと声が返ってきた。
俺が「リュー!」と呼ぶと、「きゅ!」と答える。
まるで会話だ。
――名前を呼ぶと、答えてくれる。
たったそれだけのことが、どうしてこんなに嬉しいんだろう。
◇
昼下がり。柵の補強作業をしていると、村からひとりの少女がやって来た。
栗色の髪を三つ編みにして、麦わら帽子をかぶっている。
「ここ……“魔物の牧場”なんでしょ?」
緊張した面持ちで、俺とリューを交互に見ている。
村人からすれば、ドラゴンもフェンリルも脅威そのもの。怖がるのは当然だ。
「そうだよ。でも処分なんてしない。俺たちは一緒に生きていくんだ」
「……そんなの、ほんとにできるの?」
少女の問いに、俺は迷わず答えた。
「できる。だって、もう名前を呼び合えるんだから」
リューが「きゅ!」と鳴いて俺の肩によじ登る。
ギンが尻尾を振って足元を走り回り、モチョはピンク色で弾む。
少女の目が驚きに見開かれ、そして少しだけ柔らかくなった。
「……なんか、不思議。ほんとに家族みたい」
そう言って彼女は麦わら帽子を押さえ、風に揺れる草原の向こうへ走り去った。
◇
夕暮れ。柵の上に座って空を見上げる。
リューが隣で翼をたたみ、俺に寄り添ってきた。
「なあ、リュー。俺たち、きっと乗り越えられるよな」
「……りゅ!」
名前を呼ぶ声が、胸の奥にまっすぐ届いた。
それは誓いのようで、祈りのようで、何よりあたたかかった。
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