【完結】まもの牧場へようこそ!~転移先は魔物牧場でした ~-ドラゴンの子育てから始める異世界田舎暮らし-

いっぺいちゃん

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第84話 光を渡す手

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夕暮れ。
牧場の空が、金と橙のあいだでゆらめいていた。

リューが丘の上で、翼をたたんでいた。
いつもは風と遊ぶように飛び回る彼が、
その日はどこか静かだった。

「……リュー?」

僕が声をかけると、
彼はゆっくりと振り向いた。
瞳の奥に、いつもと違う影が宿っている。

“きゅる……”

鳴き声は弱く、
風の音に消えそうだった。

   ◇ ◇ ◇

老人が背後でつぶやいた。
「竜はな、記憶を風に刻む生き物じゃ。
 その風が、たまに痛むことがある」

「痛む?」

「うむ。
 生まれたときに浴びた恐怖、
 仲間を失った記憶、
 人に追われた日の風――
 それが竜の“背の風”として残るんじゃ」

僕はリューを見た。
大きな翼の影が、夕陽の中で揺れている。
彼の背を撫でる風が、
ほんの少し、悲しげに鳴いていた。

   ◇ ◇ ◇

「……大丈夫だよ」

僕はリューのそばに座り、
ゆっくりと手を伸ばした。
その背の根元――
風が生まれる場所に触れる。

風が指先を包み、
温度が混ざる。

“癒しの手”が、
ゆっくりと光を帯びはじめた。

淡い金色の光が風に溶け、
空気の層が静かに震える。
風の中に――記憶が見えた。

嵐のような風の音。
燃える森、
竜たちの叫び。
小さなリューが、
雨の中でひとり震えていた。

“どうして、生まれてきたんだろう”

その想いが、風の底に沈んでいた。

   ◇ ◇ ◇

僕は目を閉じ、
そっと言葉を風に乗せた。

「生まれてよかったよ。
 だって今、こうして風になれてるじゃないか」

光が掌から溶け、風の中へ流れ出した。
その光はまるで、
夕焼けの色をそのまま抱いたように暖かかった。

風が静かにうねり、
リューの背を包む。
その翼の縁が、
柔らかな金の光を帯びた。

“きゅるぅ……”

彼の鳴き声が風に混ざり、
牧場の空がひとつ息をしたように広がる。
痛みの風が、やがてやさしい風に変わっていった。

   ◇ ◇ ◇

「見てごらん」
老人が指を差した。

風の丘の花々が、一斉に咲いていた。
リューの風が丘を撫で、
その光が花の間を渡っていく。

まるで風そのものが、光を分け合っているようだった。

「風は、記憶を抱いて生きる。
 だが、おぬしの手は――
 その記憶に、光を渡すことができるんじゃ」

僕はリューの背を見上げた。
もう、そこに影はなかった。
風が、笑っていた。

   ◇ ◇ ◇

夜。
丘の上でリューが眠り、
風の中で翼が静かに揺れていた。
モチョが光を灯し、ギンが寄り添い、
フィーネが静かに見守っている。

僕は空を見上げた。
光を渡した手のひらに、
まだあの温度が残っていた。

――癒しとは、痛みを消すことではない。
 痛みの中に、光を渡すこと。

風が答えるように吹いた。
牧場の夜が、やさしく揺れた。
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