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第95話 風に選ばれた者
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朝。
風が丘をなでていく。
夜露がまだ残る草の上を、
金色の光がゆっくりと滑っていった。
ノエルは観測装置を畳んでいた。
昨日までは手放せなかったそれを、
今日は静かに布に包んでいる。
「今日は……数字を見ずに歩いてみます」
彼の声は穏やかで、
どこか風のようだった。
僕は頷いた。
「きっと、そのほうが風も喜びますよ」
◇ ◇ ◇
モチョが近づいてきた。
水色の身体が朝の光を反射し、
その中に、柔らかな緑が映る。
ノエルがしゃがみこんで、指を伸ばす。
モチョはぷるんと揺れ、彼の指先をそっと包んだ。
「……あたたかい」
「ええ。生きてますからね」
モチョの体温が風を通して伝わる。
それは数字では測れない、
命の“確かさ”そのものだった。
◇ ◇ ◇
ギンが走り抜ける。
白銀の毛並みが光を弾き、
小さな足音が草原をリズムに変える。
その風を追うように、
リューが低く鳴いて空へ舞い上がる。
ノエルはその光景を見上げ、
しばらく息をするのを忘れた。
風が、彼の頬を撫でていた。
“ほら”――と言わんばかりに。
「……すごい。
生きている風って、本当にあるんですね」
彼の言葉に、リューの翼がひとつ揺れた。
その瞬間、風が優しく巻き上がる。
花びらが宙に舞い、ノエルの肩をかすめた。
花弁がひとひら、彼のノートの上に落ちる。
そこに数字はない。
ただ、金色の風の跡が残っていた。
◇ ◇ ◇
昼下がり。
老人が焚き火のそばで言った。
「ノエル、おぬしはもう風に“好かれた”ようじゃの」
「好かれた……?」
「風はな、心の形を見ておる。
純粋なもの、迷いを恐れぬ者に寄り添う。
それを“選ばれる”と言うんじゃ」
ノエルは静かに笑った。
「もしそうなら……
風はずいぶん優しい教師ですね」
「うむ。時に厳しいがの」
老人が笑い、リューが低く鳴いた。
それに合わせて風がそっと吹く。
焚き火の炎が揺れ、光がノエルの顔を照らした。
◇ ◇ ◇
その夜、ノエルは丘の上に立っていた。
月明かりの下で、風が静かに流れる。
目を閉じると、
昼間に感じた温度がまだ残っている。
「風よ……」
彼は小さく呟いた。
「もし僕に、
あなたを知る資格があるのなら――
もう少し、ここで学ばせてください」
風が答えた。
“ひゅう……”
優しく、けれど確かに。
その音が、まるで承認のように響いた。
リューが翼を開き、月光を掬う。
その光がノエルの頬を照らし、
風の粒が彼の胸のあたりで揺れた。
まるで、彼の中に小さな“風の種”が宿ったようだった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
ノエルがノートを開くと、
昨夜閉じたはずのページに
金色の線が一本、描かれていた。
風が、彼の願いを記していた。
それを見て、ノエルは微笑んだ。
「――ありがとうございます、先生」
風が草原を渡り、モチョが色を変え、
ギンが走り、リューが空へ飛ぶ。
そのすべてが、風の拍手のように響いていた。
風が丘をなでていく。
夜露がまだ残る草の上を、
金色の光がゆっくりと滑っていった。
ノエルは観測装置を畳んでいた。
昨日までは手放せなかったそれを、
今日は静かに布に包んでいる。
「今日は……数字を見ずに歩いてみます」
彼の声は穏やかで、
どこか風のようだった。
僕は頷いた。
「きっと、そのほうが風も喜びますよ」
◇ ◇ ◇
モチョが近づいてきた。
水色の身体が朝の光を反射し、
その中に、柔らかな緑が映る。
ノエルがしゃがみこんで、指を伸ばす。
モチョはぷるんと揺れ、彼の指先をそっと包んだ。
「……あたたかい」
「ええ。生きてますからね」
モチョの体温が風を通して伝わる。
それは数字では測れない、
命の“確かさ”そのものだった。
◇ ◇ ◇
ギンが走り抜ける。
白銀の毛並みが光を弾き、
小さな足音が草原をリズムに変える。
その風を追うように、
リューが低く鳴いて空へ舞い上がる。
ノエルはその光景を見上げ、
しばらく息をするのを忘れた。
風が、彼の頬を撫でていた。
“ほら”――と言わんばかりに。
「……すごい。
生きている風って、本当にあるんですね」
彼の言葉に、リューの翼がひとつ揺れた。
その瞬間、風が優しく巻き上がる。
花びらが宙に舞い、ノエルの肩をかすめた。
花弁がひとひら、彼のノートの上に落ちる。
そこに数字はない。
ただ、金色の風の跡が残っていた。
◇ ◇ ◇
昼下がり。
老人が焚き火のそばで言った。
「ノエル、おぬしはもう風に“好かれた”ようじゃの」
「好かれた……?」
「風はな、心の形を見ておる。
純粋なもの、迷いを恐れぬ者に寄り添う。
それを“選ばれる”と言うんじゃ」
ノエルは静かに笑った。
「もしそうなら……
風はずいぶん優しい教師ですね」
「うむ。時に厳しいがの」
老人が笑い、リューが低く鳴いた。
それに合わせて風がそっと吹く。
焚き火の炎が揺れ、光がノエルの顔を照らした。
◇ ◇ ◇
その夜、ノエルは丘の上に立っていた。
月明かりの下で、風が静かに流れる。
目を閉じると、
昼間に感じた温度がまだ残っている。
「風よ……」
彼は小さく呟いた。
「もし僕に、
あなたを知る資格があるのなら――
もう少し、ここで学ばせてください」
風が答えた。
“ひゅう……”
優しく、けれど確かに。
その音が、まるで承認のように響いた。
リューが翼を開き、月光を掬う。
その光がノエルの頬を照らし、
風の粒が彼の胸のあたりで揺れた。
まるで、彼の中に小さな“風の種”が宿ったようだった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
ノエルがノートを開くと、
昨夜閉じたはずのページに
金色の線が一本、描かれていた。
風が、彼の願いを記していた。
それを見て、ノエルは微笑んだ。
「――ありがとうございます、先生」
風が草原を渡り、モチョが色を変え、
ギンが走り、リューが空へ飛ぶ。
そのすべてが、風の拍手のように響いていた。
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