となりのお猫様~ごはんと陽だまり、時々かみさま~

いっぺいちゃん

文字の大きさ
57 / 57

第56話 焦げた匂いと、冬の台所

しおりを挟む
昼前、空気の中に少しだけ違う匂いが混じった。
 雪の匂いでも、薪の匂いでもない。
 もっと身近で、少し慌てた匂い。

 台所で味噌を溶いていると、
 外から小さな物音が聞こえる。

 鍋の蓋がぶつかる音。
 戸が開いて、閉まる音。

 そして、もう一度。

 焦げた匂い。

 「やったな」
 みーちゃんが縁側で言う。
 「隣?」
 「隣じゃ」

 私は味噌汁を弱火にして、外を見る。
 隣の家の窓から、うっすら煙が出ている。

 危ないほどではない。
 でも、明らかに料理の匂いだ。

 少しして、隣の戸が開く。
 若い人が鍋を持って外に出てくる。

 鍋の底を見て、肩を落としている。

 「大丈夫?」
 声をかけると、若い人が驚いた顔をする。

 「あ……すみません」
 「謝ることじゃないよ」

 鍋を覗く。
 大根と味噌。
 底が、少し黒い。

 「火、強かった?」
 若い人がうなずく。

 「止めるタイミング、分からなくて」

 その言葉に、少し懐かしい気持ちになる。
 去年の冬、似たことをした。

 「火、ゆっくりでいいんです」
 「弱く?」
 「最初は強くても、途中で弱く」

 鍋の中身を混ぜる。
 焦げは底だけ。
 上はまだ食べられる。

 「まだ大丈夫ですよ」
 若い人が少し安心した顔をする。

 「本当に?」
 「大丈夫」

 鍋を持って家の中へ戻る。
 炬燵の匂いと混ざり、台所が温かくなる。

 「味噌汁ですか」
 「はい。さっき教えてもらったので」

 湯を少し足す。
 味噌をほんの少しだけ足す。

 ゆっくり混ぜる。

 「焦げた匂い、取れますかね」
 「完全には取れないです」
 若い人が少しだけ困った顔をする。

 「でも、冬の味になります」
 その言葉に、若い人が笑う。

 「そんな味あるんですか」
 「あります」

 鍋を返す。
 今度は、ちゃんと温かい匂いだ。

 若い人が戸口で振り返る。

 「今度、ちゃんと作ります」
 「失敗もちゃんとです」
 それだけ言う。

 隣の家に戻る足音が、少し軽い。

 縁側に戻ると、みーちゃんが座っている。

 「焦げたな」
 「少し」
 「よい」
 短い答え。

 炬燵に入ると、タマが動く。
 温度の中心を選び、また丸くなる。

 冬の台所は、
 少し焦げても、
 ちゃんと温かい。

 失敗の匂いも、
 この村では、
 暮らしの音だった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...