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第88話 王妃、最初の会議にて
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アストリア王宮・謁見の間。
高く掲げられたステンドグラスから、朝の光が差し込んでいた。
長机の両脇には十二名の重臣たちが並び、
中央奥の玉座には王太子ルシアンが座している。
その隣――
淡い銀のドレスを纏ったマリエール=ド=ヴィエルが、静かに腰を下ろしていた。
朝の光を受けたその姿は、まるで水面に映る月影のように清らかで、
一同の視線を自然と引き寄せていた。
今日の議題は「交易同盟の施行令」。
リヴァンからの輸入品に課す関税率と、
両国の商人ギルドの登録規定についての調整だ。
◇ ◇ ◇
宰相エルデン卿が立ち上がり、低く言う。
「王太子殿下。
この度の婚姻は誠に喜ばしきことにございます。
しかしながら、陛下の国庫を預かる立場としては、
軽率な“優遇措置”は民心の誤解を招きかねません」
周囲の貴族たちも頷き合う。
「異国商会に甘い顔をすれば、国内商人が荒れましょう」
「ましてや王妃殿下は“商いの才”でのし上がったお方とか……」
その言葉に、マリエールは一瞬まぶたを伏せた。
だが、顔を上げたときにはすでに穏やかな笑みをたたえている。
ゆっくりと席を立ち、一礼する。
「――ご心配、ありがとうございます」
その静かな声に、場がぴたりと止まった。
「私がこの件に関わるのは、
リヴァン商会の利益を求めるためではございません。
国の“滞り”を取り除くためです」
「滞り……?」
マリエールは一歩進み、机の上に置かれた交易図を指した。
「はい。
現状、リヴァンからの輸入品は一度国境で二重検査を受けています。
品質確認と通関手続き。
これが一度にできれば、人員も経費も半分で済みます。
つまり――“無駄”が減りますわ」
ざわ、と会議室に声が走る。
「それは……理には適っているが……」
「しかし、そんな簡略化をすれば不正が――」
「起きませんわ」
マリエールは即座に遮った。
「検査を減らすのではなく、“統合”するのです。
双方の検査官を共同配置し、
責任を“分け合う”のではなく“共有”する仕組み。
この制度を採用すれば、
誰か一人の不正が、すぐに二国の問題として明るみに出ます」
沈黙。
その沈黙を破ったのは、宰相エルデン卿の低い声だった。
「……ほう。つまり王妃殿下は、
“透明化”によって抑止力を作ると?」
マリエールは小さく微笑んだ。
「はい。人は監視で動くのではなく、“信頼”で動きます。
誠実を前提にした仕組みこそが、最も堅固なのです」
ルシアンが穏やかに頷く。
「聞いたとおりだ。
私も王妃の意見に賛同する。
アストリアが今後、開かれた国であるために」
マリエールは再び一礼し、静かに席に戻った。
◇ ◇ ◇
会議が終わる頃には、空気が明らかに変わっていた。
最初は冷ややかだった貴族たちが、
それぞれに小さく頷き、敬意を込めて彼女を見ていた。
一人、宰相エルデン卿が深く礼をした。
「……王妃殿下。
我らが学ばねばならぬことが、まだ多いようです」
マリエールは静かに頭を下げた。
「どうか一緒に学ばせてください。
国を支えるのは、誇りと誠実ですから」
◇ ◇ ◇
会議室を出た廊下で、ノラとジークが待っていた。
ノラは目を輝かせて言った。
「マリエール様、すごかったです!
あの場の空気が、ほんとうに変わっていくのがわかりました!」
ジークフリートが腕を組みながら口笛を吹く。
「さすがだな。貴族連中の舌を封じるのは戦場より難しいってのに」
マリエールは小さく笑った。
「彼らが敵ではありません。
――同じ船に乗る仲間ですもの」
その言葉に、ジークは目を細めた。
「……あんたはほんと、“強ぇ船長”だよ」
◇ ◇ ◇
夕刻。
マリエールは執務室でルシアンと二人きりになった。
「今日のあなたは見事でした。
アストリアの者たちも、あなたを“王妃”として認め始めた」
マリエールは微笑む。
「ええ。でも、まだ“始まり”にすぎません。
壁は見えないほど厚いものですから」
ルシアンは彼女の手を取り、そっと重ねた。
「その壁を越える光が、あなたです」
その言葉に、マリエールはわずかに頬を染めた。
「――では、あなたはその灯を守る風でいてくださいね」
窓の外に、夕陽が沈む。
異国の空にも、あの日と同じ鈴の音が微かに響いていた。
高く掲げられたステンドグラスから、朝の光が差し込んでいた。
長机の両脇には十二名の重臣たちが並び、
中央奥の玉座には王太子ルシアンが座している。
その隣――
淡い銀のドレスを纏ったマリエール=ド=ヴィエルが、静かに腰を下ろしていた。
朝の光を受けたその姿は、まるで水面に映る月影のように清らかで、
一同の視線を自然と引き寄せていた。
今日の議題は「交易同盟の施行令」。
リヴァンからの輸入品に課す関税率と、
両国の商人ギルドの登録規定についての調整だ。
◇ ◇ ◇
宰相エルデン卿が立ち上がり、低く言う。
「王太子殿下。
この度の婚姻は誠に喜ばしきことにございます。
しかしながら、陛下の国庫を預かる立場としては、
軽率な“優遇措置”は民心の誤解を招きかねません」
周囲の貴族たちも頷き合う。
「異国商会に甘い顔をすれば、国内商人が荒れましょう」
「ましてや王妃殿下は“商いの才”でのし上がったお方とか……」
その言葉に、マリエールは一瞬まぶたを伏せた。
だが、顔を上げたときにはすでに穏やかな笑みをたたえている。
ゆっくりと席を立ち、一礼する。
「――ご心配、ありがとうございます」
その静かな声に、場がぴたりと止まった。
「私がこの件に関わるのは、
リヴァン商会の利益を求めるためではございません。
国の“滞り”を取り除くためです」
「滞り……?」
マリエールは一歩進み、机の上に置かれた交易図を指した。
「はい。
現状、リヴァンからの輸入品は一度国境で二重検査を受けています。
品質確認と通関手続き。
これが一度にできれば、人員も経費も半分で済みます。
つまり――“無駄”が減りますわ」
ざわ、と会議室に声が走る。
「それは……理には適っているが……」
「しかし、そんな簡略化をすれば不正が――」
「起きませんわ」
マリエールは即座に遮った。
「検査を減らすのではなく、“統合”するのです。
双方の検査官を共同配置し、
責任を“分け合う”のではなく“共有”する仕組み。
この制度を採用すれば、
誰か一人の不正が、すぐに二国の問題として明るみに出ます」
沈黙。
その沈黙を破ったのは、宰相エルデン卿の低い声だった。
「……ほう。つまり王妃殿下は、
“透明化”によって抑止力を作ると?」
マリエールは小さく微笑んだ。
「はい。人は監視で動くのではなく、“信頼”で動きます。
誠実を前提にした仕組みこそが、最も堅固なのです」
ルシアンが穏やかに頷く。
「聞いたとおりだ。
私も王妃の意見に賛同する。
アストリアが今後、開かれた国であるために」
マリエールは再び一礼し、静かに席に戻った。
◇ ◇ ◇
会議が終わる頃には、空気が明らかに変わっていた。
最初は冷ややかだった貴族たちが、
それぞれに小さく頷き、敬意を込めて彼女を見ていた。
一人、宰相エルデン卿が深く礼をした。
「……王妃殿下。
我らが学ばねばならぬことが、まだ多いようです」
マリエールは静かに頭を下げた。
「どうか一緒に学ばせてください。
国を支えるのは、誇りと誠実ですから」
◇ ◇ ◇
会議室を出た廊下で、ノラとジークが待っていた。
ノラは目を輝かせて言った。
「マリエール様、すごかったです!
あの場の空気が、ほんとうに変わっていくのがわかりました!」
ジークフリートが腕を組みながら口笛を吹く。
「さすがだな。貴族連中の舌を封じるのは戦場より難しいってのに」
マリエールは小さく笑った。
「彼らが敵ではありません。
――同じ船に乗る仲間ですもの」
その言葉に、ジークは目を細めた。
「……あんたはほんと、“強ぇ船長”だよ」
◇ ◇ ◇
夕刻。
マリエールは執務室でルシアンと二人きりになった。
「今日のあなたは見事でした。
アストリアの者たちも、あなたを“王妃”として認め始めた」
マリエールは微笑む。
「ええ。でも、まだ“始まり”にすぎません。
壁は見えないほど厚いものですから」
ルシアンは彼女の手を取り、そっと重ねた。
「その壁を越える光が、あなたです」
その言葉に、マリエールはわずかに頬を染めた。
「――では、あなたはその灯を守る風でいてくださいね」
窓の外に、夕陽が沈む。
異国の空にも、あの日と同じ鈴の音が微かに響いていた。
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