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第87話 異国の王妃、初めての朝
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異国の朝の光は、王都のそれよりも少しだけ柔らかかった。
淡い金色が薄絹のカーテンを透かし、部屋いっぱいに降り注いでいる。
マリエール=ド=ヴィエル――いや、いまやアストリアの王妃となった彼女は、
まだ慣れぬ寝台の上でゆっくりと身を起こした。
「……静かね」
王都とは違う鳥の声、遠くで響く鐘の音。
すべてが新しく、どこか夢のようだった。
◇ ◇ ◇
「マリエール様、おはようございます!」
明るい声とともに扉が開く。ノラが朝の茶を盆に載せて入ってきた。
「ふふ、もう“王妃様”と呼ばれるようになりましたけど、
どうしても違和感があって……」
マリエールが微笑むと、ノラは頬を赤らめて言った。
「わ、わたしもです! まだ“お嬢様”って呼びそうになりますもの!」
二人が笑い合う光景に、部屋の空気が和らぐ。
その後ろでジークフリートが控え、
窓の外を警戒するように目を細めていた。
「こっちは城下の見回りも終わった。
兵の配置も整ってる。……ただ、少し気になることがある」
マリエールが視線を向ける。
「気になること?」
「この国の警備隊、妙に形式張ってる。
“儀礼”は立派だが、“実戦”を知らない目だ。
……王族を守るより、見せることを重視してる感じだな」
マリエールは静かに考え込んだ。
「……なるほど。国柄が出ていますね。
アストリアは長く平穏でしたから、きっと“護り方”も違うのでしょう」
ジークは肩をすくめる。
「平和は悪くないが、脇が甘けりゃ問題も起きる」
その言葉に、マリエールは小さく笑った。
「ええ。――だから、私たちがいるのでしょう?」
◇ ◇ ◇
朝の執務室。
ルシアンが机に向かい、地図を広げていた。
アストリアの広大な領土の端には、いくつもの交易路が記されている。
「リヴァンからの商隊は順調に入っているようだな」
「はい。辺境商会の流通網がこちらでも機能しはじめています」
ルシアンは顔を上げ、マリエールに微笑んだ。
「君の“誠実の網”は、国境を越えても強い。
私たちが手を取り合えば、きっとこの国も変わっていく」
マリエールも頷いた。
「まずは、“見えない壁”を壊さなくてはなりませんね」
「見えない壁?」
「はい。
リヴァン出身の私に対して、まだ少し――距離を置いている目があるのです」
ルシアンの表情がわずかに曇る。
「……気づかれていましたか」
「ええ。でも大丈夫。
私は辺境で“無理解”や“偏見”と何年も向き合ってきましたもの。
時間をかけて、心の距離を埋めていけばいいのです」
その言葉に、ルシアンは安堵の笑みを浮かべる。
「やはりあなたは強い。……誇りに思います」
◇ ◇ ◇
昼下がり。
マリエールはノラと共に宮廷の庭園を歩いていた。
アストリアの庭は見事だったが、花の並びがどこか不自然だった。
「……ここの花壇、日照が足りませんね」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ。見栄えは良いけれど、根が息苦しい。
いつか、植え替えましょう。
“見せる美しさ”より、“生きる美しさ”を大事にしなくては」
マリエールのその言葉に、通りすがった侍女たちが思わず立ち止まった。
その中の一人が小声で呟く。
「……あの方が、リヴァンの辺境から来られた王妃様……?」
もう一人が囁き返す。
「思っていたより、ずっと優雅で――怖くないわね」
マリエールはその声を聞きながら、
そっと鈴の花のブローチに触れた。
「少しずつでいい。
この国でも、“誠実”はきっと届くはず」
◇ ◇ ◇
その夜。
執務室の窓の外には、異国の星が輝いていた。
ルシアンが帳簿を閉じて、マリエールに微笑む。
「今日のあなたを見て、臣下たちが言っていました。
“リヴァンの花は、アストリアでも咲く”と」
マリエールは静かに微笑んだ。
「花は土が違っても、水と光があれば育ちます。
……人の心も、きっと同じですね」
風がカーテンを揺らす。
その夜、異国の宮殿に、かすかな鈴の音が響いた。
それは、新しい王妃の誓いのように――静かに、確かに。
淡い金色が薄絹のカーテンを透かし、部屋いっぱいに降り注いでいる。
マリエール=ド=ヴィエル――いや、いまやアストリアの王妃となった彼女は、
まだ慣れぬ寝台の上でゆっくりと身を起こした。
「……静かね」
王都とは違う鳥の声、遠くで響く鐘の音。
すべてが新しく、どこか夢のようだった。
◇ ◇ ◇
「マリエール様、おはようございます!」
明るい声とともに扉が開く。ノラが朝の茶を盆に載せて入ってきた。
「ふふ、もう“王妃様”と呼ばれるようになりましたけど、
どうしても違和感があって……」
マリエールが微笑むと、ノラは頬を赤らめて言った。
「わ、わたしもです! まだ“お嬢様”って呼びそうになりますもの!」
二人が笑い合う光景に、部屋の空気が和らぐ。
その後ろでジークフリートが控え、
窓の外を警戒するように目を細めていた。
「こっちは城下の見回りも終わった。
兵の配置も整ってる。……ただ、少し気になることがある」
マリエールが視線を向ける。
「気になること?」
「この国の警備隊、妙に形式張ってる。
“儀礼”は立派だが、“実戦”を知らない目だ。
……王族を守るより、見せることを重視してる感じだな」
マリエールは静かに考え込んだ。
「……なるほど。国柄が出ていますね。
アストリアは長く平穏でしたから、きっと“護り方”も違うのでしょう」
ジークは肩をすくめる。
「平和は悪くないが、脇が甘けりゃ問題も起きる」
その言葉に、マリエールは小さく笑った。
「ええ。――だから、私たちがいるのでしょう?」
◇ ◇ ◇
朝の執務室。
ルシアンが机に向かい、地図を広げていた。
アストリアの広大な領土の端には、いくつもの交易路が記されている。
「リヴァンからの商隊は順調に入っているようだな」
「はい。辺境商会の流通網がこちらでも機能しはじめています」
ルシアンは顔を上げ、マリエールに微笑んだ。
「君の“誠実の網”は、国境を越えても強い。
私たちが手を取り合えば、きっとこの国も変わっていく」
マリエールも頷いた。
「まずは、“見えない壁”を壊さなくてはなりませんね」
「見えない壁?」
「はい。
リヴァン出身の私に対して、まだ少し――距離を置いている目があるのです」
ルシアンの表情がわずかに曇る。
「……気づかれていましたか」
「ええ。でも大丈夫。
私は辺境で“無理解”や“偏見”と何年も向き合ってきましたもの。
時間をかけて、心の距離を埋めていけばいいのです」
その言葉に、ルシアンは安堵の笑みを浮かべる。
「やはりあなたは強い。……誇りに思います」
◇ ◇ ◇
昼下がり。
マリエールはノラと共に宮廷の庭園を歩いていた。
アストリアの庭は見事だったが、花の並びがどこか不自然だった。
「……ここの花壇、日照が足りませんね」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ。見栄えは良いけれど、根が息苦しい。
いつか、植え替えましょう。
“見せる美しさ”より、“生きる美しさ”を大事にしなくては」
マリエールのその言葉に、通りすがった侍女たちが思わず立ち止まった。
その中の一人が小声で呟く。
「……あの方が、リヴァンの辺境から来られた王妃様……?」
もう一人が囁き返す。
「思っていたより、ずっと優雅で――怖くないわね」
マリエールはその声を聞きながら、
そっと鈴の花のブローチに触れた。
「少しずつでいい。
この国でも、“誠実”はきっと届くはず」
◇ ◇ ◇
その夜。
執務室の窓の外には、異国の星が輝いていた。
ルシアンが帳簿を閉じて、マリエールに微笑む。
「今日のあなたを見て、臣下たちが言っていました。
“リヴァンの花は、アストリアでも咲く”と」
マリエールは静かに微笑んだ。
「花は土が違っても、水と光があれば育ちます。
……人の心も、きっと同じですね」
風がカーテンを揺らす。
その夜、異国の宮殿に、かすかな鈴の音が響いた。
それは、新しい王妃の誓いのように――静かに、確かに。
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