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第105話 未送信の手紙
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春の終わり、薄曇りの午後。
アカデメイアの鐘が静かに鳴る頃、セレスティーヌは王都の記録庫を訪れていた。
重厚な扉の向こうには、歴代の政文書や手稿、各地の商会や自治組織の報告書が保管されている。
手記の“宛先”を調べたい――その思いが、彼女をここまで動かしていた。
◇ ◇ ◇
「ヴィエル関連の古文書は奥の第三書架ですね。」
記録官の老紳士が案内してくれる。
棚には、古びた封筒や巻物、木箱に収められた報告書が並んでいた。
セレスティーヌは手袋を嵌め、慎重に一つずつ資料を開いていく。
黄ばんだ紙の上には、馴染みのある名が幾度も現れた――
“マリエール=ド=ヴィエル”。
そして、その隣に並ぶ名が、彼女の目を止めた。
『ルシアン・アストリア殿へ 報告記録控』
「……ルシアン……それは、現王太子殿下の御名では……?」
セレスティーヌはそっと息を呑んだ。
だが、驚きはそれだけではなかった。
封筒の中には、複数の写本のうち一枚、王妃の手で書かれた未送信の草稿が挟まれていたのだ。
『殿下へ。
今日もまた、子どもたちが文字を覚えました。
彼らの笑顔を見るたび、私は“希望とは数えられるものではない”と気づかされます。
星が数えきれないように、学びもまた無限なのですね。
どうか殿下もお身体を大切に。
あなたと共に歩んだ日々の中で、私は光を信じることを覚えました。
この手紙を出すことはないでしょう――
けれど、この想いが国を照らす一片の灯になればと願います。』
セレスティーヌの手が震える。
――この“未送信の手紙”は、王妃がまだ王妃になる前、辺境にいた頃のものだ。
つまり、宛先はまだ彼が“隣国の王太子”だった時代。
「……王妃さまは、未来の王に宛てて書いていたんだ……」
思わずこぼれた言葉に、記録官が小さく頷いた。
「そうです。あの頃の手紙は、両国の関係が繊細でね。
送ることが許されなかったのでしょう。
だが、その想いが後に“学びを通じた外交”として実を結んだのです。」
セレスティーヌは胸の奥が温かくなるのを感じた。
あの“星灯の理念”は、国のためだけでなく――
一人の人を想う心から生まれたものだったのだ。
◇ ◇ ◇
夕刻。
アカデメイアの鐘が再び鳴り響く。
校舎の屋上で、セレスティーヌは手帳にそっとメモを取った。
「想いは国を越える。
それが“学び”の本当の姿。」
その言葉を見て、ユリウスがそっと隣に立つ。
「見つけたんですね。手紙の宛先を。」
「ええ。……でも、あの手紙が送られなかったからこそ、
この国は争わずに済んだのかもしれません。」
ユリウスは頷き、柔らかく微笑む。
「たしかに。届かなかった想いも、光になることがある。」
風が吹き抜け、白い花弁が空へと舞った。
遠く、王宮の塔の上にも、同じ風が届いているようだった。
◇ ◇ ◇
夜。王宮のテラス。
マリエールは静かに空を見上げていた。
今宵も、鈴の花が月明かりに照らされ、銀色に輝く。
ルシアンが隣に立ち、そっと彼女の肩に手を置く。
「今夜の星は、少し昔の光のようだね。」
「ええ……けれど、その光がある限り、
私たちはまた、明日を信じられるのですわ。」
二人の影が寄り添う。
遠い昔に交わらなかった“手紙”が、
今こうして、国を繋ぐ形で届いていた。
アカデメイアの鐘が静かに鳴る頃、セレスティーヌは王都の記録庫を訪れていた。
重厚な扉の向こうには、歴代の政文書や手稿、各地の商会や自治組織の報告書が保管されている。
手記の“宛先”を調べたい――その思いが、彼女をここまで動かしていた。
◇ ◇ ◇
「ヴィエル関連の古文書は奥の第三書架ですね。」
記録官の老紳士が案内してくれる。
棚には、古びた封筒や巻物、木箱に収められた報告書が並んでいた。
セレスティーヌは手袋を嵌め、慎重に一つずつ資料を開いていく。
黄ばんだ紙の上には、馴染みのある名が幾度も現れた――
“マリエール=ド=ヴィエル”。
そして、その隣に並ぶ名が、彼女の目を止めた。
『ルシアン・アストリア殿へ 報告記録控』
「……ルシアン……それは、現王太子殿下の御名では……?」
セレスティーヌはそっと息を呑んだ。
だが、驚きはそれだけではなかった。
封筒の中には、複数の写本のうち一枚、王妃の手で書かれた未送信の草稿が挟まれていたのだ。
『殿下へ。
今日もまた、子どもたちが文字を覚えました。
彼らの笑顔を見るたび、私は“希望とは数えられるものではない”と気づかされます。
星が数えきれないように、学びもまた無限なのですね。
どうか殿下もお身体を大切に。
あなたと共に歩んだ日々の中で、私は光を信じることを覚えました。
この手紙を出すことはないでしょう――
けれど、この想いが国を照らす一片の灯になればと願います。』
セレスティーヌの手が震える。
――この“未送信の手紙”は、王妃がまだ王妃になる前、辺境にいた頃のものだ。
つまり、宛先はまだ彼が“隣国の王太子”だった時代。
「……王妃さまは、未来の王に宛てて書いていたんだ……」
思わずこぼれた言葉に、記録官が小さく頷いた。
「そうです。あの頃の手紙は、両国の関係が繊細でね。
送ることが許されなかったのでしょう。
だが、その想いが後に“学びを通じた外交”として実を結んだのです。」
セレスティーヌは胸の奥が温かくなるのを感じた。
あの“星灯の理念”は、国のためだけでなく――
一人の人を想う心から生まれたものだったのだ。
◇ ◇ ◇
夕刻。
アカデメイアの鐘が再び鳴り響く。
校舎の屋上で、セレスティーヌは手帳にそっとメモを取った。
「想いは国を越える。
それが“学び”の本当の姿。」
その言葉を見て、ユリウスがそっと隣に立つ。
「見つけたんですね。手紙の宛先を。」
「ええ。……でも、あの手紙が送られなかったからこそ、
この国は争わずに済んだのかもしれません。」
ユリウスは頷き、柔らかく微笑む。
「たしかに。届かなかった想いも、光になることがある。」
風が吹き抜け、白い花弁が空へと舞った。
遠く、王宮の塔の上にも、同じ風が届いているようだった。
◇ ◇ ◇
夜。王宮のテラス。
マリエールは静かに空を見上げていた。
今宵も、鈴の花が月明かりに照らされ、銀色に輝く。
ルシアンが隣に立ち、そっと彼女の肩に手を置く。
「今夜の星は、少し昔の光のようだね。」
「ええ……けれど、その光がある限り、
私たちはまた、明日を信じられるのですわ。」
二人の影が寄り添う。
遠い昔に交わらなかった“手紙”が、
今こうして、国を繋ぐ形で届いていた。
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