┌(┌^o^)┐ の箱庭

シュンコウ

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それくらいで済んでよかったね@(まだ)健全 5

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「ちょっとゲディ! アンタなにしてんの!?」

 カウンターの奥から怒号がとどろいた。カツカツカツ、と小気味よい靴音が足早に近づいてくる。もう少しで燃やしきる、というタイミングであった。
 鬼のような剣幕で現れたのは店主のスピカだ。大きな葉をたくさん茂らせた背丈の半分ほどもある長い茎を片手で鷲掴んでいる。
 形相といい、それが店の周りに咲き乱れる花々のような美しいものであったならさぞ見映えがよかっただろうに。採取の際に飛び散ったのだろう、美貌に土と草の汁を付着させた姿はシュールとしか言いようがなかった。

「まさかまた新しい占いに挑戦して失敗したんじゃないでしょうね……ってあら」

 鋭角につり上がっていた赤橙色の目が、ハマルの姿を捉えて丸くなった。長いまつげが驚きを表現して数回またたかれる。

「ハマルじゃない。来てたのね」

「ああ。……悪いな、スピカ。原因はアルゲディじゃなくてこれだ」

 アルゲディが発言するよりも早く名乗り出ておく。濡れ衣を着せる気はないし、先ほど咽せた影響でまだ声が出しづらいだろうと判断したからだった。
 紙類だけならともかく、ビニール素材を燃やすと特徴的で嫌な臭いが発生する。ハマルが扱う炎は有害毒素をも同時に焼きつくすが、臭気ばかりはどうにもできない。風に任せて散らすしか方法がないのだ。

「もう少ししたら消えると思う。すまないが、換気が終わるまで待ってほしい」

 飲食店に異臭はご法度だ。今さらあたり前のことに思い至り、外でやるべきだったと後悔が過ぎる。自分で自覚している以上に睡眠不足な頭が回っていない。
 手紙も写真も封筒も脅迫状も、あの針つき便箋を除いてすべてが燃えきった。灰が舞い、風に乗って散らばる前にビニール袋の口をきつく縛る。
 入口の木戸は開けっ放しにしてある。わざとそうしておいた。……と言えればよかったのだが、普通に閉め忘れていた。結果が伴ったのでよしとしているが。ものは言いよう。
 店の奥でも扉か窓が開いているらしく、ささやかながら風の通りがある。換気は数分で完了するはずだ。
 まだたっぷりと残っている未使用のビニール手袋、ハサミ、件の便箋を一つにまとめ、忘れないようにビニール袋を側に置く。ハマルに行きつけの店にゴミを持ちこんで捨てるという発想はない。ちゃんと持って帰るつもりだ。

「ハマル」

 唐突にスピカの手があごを掴んだ。ギリギリと皮膚に食いこみながら上向かされる。いや、これ、骨にまで刺さってないか。女性のようにほっそりとした見た目からは想像もつかない力強さが痛い。

「なによその隈。なんでそうなるまで放っておいたの!?」

 下瞼を親指でグッと押さえられ、あまりの指の近さに目がチリチリした。神経が過敏に反応しているのだ。眼球を突かれるわけではないとわかっていても、突然焦点が合わないほど間近に迫られれば多少は疼く。先端恐怖症でなくともだ。

「ちょっと待ってなさい! 帰ったらゆるさないわよ!」

 大輪の華の刺繍が煌びやかな唐紅色の中華服が慌ただしくひるがえる。踵の高いヒールが音を鳴らして向かう先はカウンターの奥だ。
 あまりの剣幕に口をはさむ隙間がなかった。帰るもなにも、朝食を摂るためにはるばる隣エリアまで足を運んだので退店する気はまだないのだが。

「…………」

 呆気に取られたハマルにアルゲディが物言いたげな視線を送っている。咳は止まっているが口元を押さえた手はそのままで、下ろす素振りが見えない。
 嵐……否、台風の目のあとの吹き返しはすぐにやってきた。再臨した険しい表情を貼りつけたまま戻ってきたスピカの手には、葉茎のかわりにマグカップ。
 ドンと置かれた白い陶器の中身が大きく波打つ。湯気とともに昇り香るのは薬草のような匂いだ。緑茶のように薄緑色をしたスープがさらりと揺れている。

「今すぐこれを飲み干しなさい。今! すぐ! に!」

 これは、と問い質す余地はなさそうだ。躊躇していると無理矢理口を開かされて、強引に流しこまれそうな雰囲気がある。
 スピカは来客の苦手な食べ物や体質的に受けつけない食材をすべて把握している。味にもこだわっているから下手なものはよこさないだろう。
 ハマルは渋々とスープに口をつけた。予想よりは熱くない液体が唇に触れ、舌を滑る。
 野菜類を連想させる見た目や匂いに反してやたらと甘ったるい味が口腔に広がった。ゆっくり味わっていては胸焼けを引き起こしそうだ。一気に嚥下して飲み干す。

「よし。ちゃんと全部飲んだわね」

 空になったマグカップをカウンターに置くと、すぐにかっさらわれた。こまめではあるが露骨に片づけを急がない彼がなぜすばやく器を回収したのか。
 答えはすぐに出た。

「あ……?」

 くらり、と。目が回った。頭が重く、カウンターの飴色の木目が急速に迫る。いや、ちがう。ハマルが突っ伏すように倒れこんだのだ。ゴン。額に軽い衝撃。
 視界が暗く翳る。顔を伏せて光が遮られたからなのか、勝手に瞼がかたく閉ざされたせいなのか。判断がつかない。
 なにを、盛った。問いは声にならず、空気となって喉をすり抜ける。唇は小さく震え、はくはくと無意味に開閉するだけだ。
 普段はどんなに呼んでも来ない気まぐれで天邪鬼な睡魔が、ここぞとばかりに意識を刈り取っていく。


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