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それくらいで済んでよかったね@(まだ)健全 8
しおりを挟む細い幅の廊下を抜けると蔓型触手魔物の本体が待ちかまえていた。──なんてことはなく。ズベンの言葉はたわむれに終わっており、その証拠に開けた先ではデーメー・テールの店内が広がっていた。
もし本当に巣があったなら、あの蔓はスライムのようにプルプル震えるだけでは済まなかっただろう。ハマルは有言実行を心がける男だ。相手が人間でないならなおさら、手加減する意味も必要もない。
正面に木戸とスズランの形をしたベルが見える。カウンターの裏側につながっていたようだ。
店内に客の姿はない。数分前にちりんちりんとけたたましい鈴の音が鳴り響いていたので最後の一人も退店したのだろう。その一人がアルゲディかどうかは知らない。ハマルが来店した時には飲み物も終わりかけだったので、とっくに帰った可能性もある。
店主スピカはといえば、使用済みの食器を一ヶ所に積み重ね、テーブルや椅子を手にした布巾で丁寧に拭くという簡単な清掃業務に精を出していた。花を模す色とりどりの宝石があしらわれた白いヴェールの下、美しく編みこまれた亜麻色の長髪が尾のように細かく揺れている。
本来は店員が控えているカウンターの内側に客のハマルがいつまでも立ちつくしているのはよろしくない。回りこみながら窓を見遣る。
差しこむ光量が午前にしては強すぎる。黄昏時のような赤みや黄色みもない。昼時からおやつの時間の間くらいだろうか。ハマルがここを訪れたのは早朝なので、逆算すると少なくとも五時間以上は眠っていたことになる。
「……あら。アンタ、もう起きたの」
清掃作業が一段落ついてからスピカの視線がこちらを向いた。集中しているように見えたが、気配か足音のどちらかをきちんと拾い上げて意識にとどめておけるくらいには周囲にも気を配っていたらしい。
「気分や体調はどうかしら? 隈は……少しはマシになったわね。まだ濃いけど。髪が朝よりも落ち着いていて乱れが少ない。ズベンに櫛を通してもらったでしょ。それくらいは自主的にやりなさいな。まあアンタ、せっかくの素材をムダにする天才だから言ってもやらないとは思うけど」
顔だけでなく髪や体格、露出した肌の状態まで探るように遠慮なく見るのは彼の癖だ。いや、相手に合わせて薬を調合するもう一面の職業病か。
鬼のような形相がすっかりなりをひそめているのはいいが、今度は小言のマシンガンが続く。こうなるとなかなか止まらないので、遮らせてもらうことにした。
「体が重い。……なにを飲ませた?」
「ああ、こまかく刻んだスイミンの葉にすりつぶしたマドロの実、ユメジの石づきの出汁とニヴリタケの胞子を少々ブレンドした特製スープよ」
聞き慣れない食材だ。元の世界にはない、ジオラマ特有の植物だろうか。
「よく使われる睡眠薬の素材ですね」
なんだそれは、と眉根を寄せたハマルにズベンが耳打ちをする。
「ただし、ニヴリタケだけは人を軽々と殺す猛毒のキノコですが」
「致死量を食したら、よ」
人差し指をピンと立てて、スピカが耳ざとく注釈を添えた。
「ニヴリタケの主な毒性は、内臓および各器官の長期麻痺。けれど、その胞子はわずかであれば五感を人並みににぶらせる効能があるの。アンタみたいに感覚がするどくてあまり寝つけない人にはぴったりの食薬なのよ。……まあ、毒が抜けきる予定時刻の一時間前に起きてきたのは予定外だったけど」
「……なるほど、な」
歩行よりも立っている方が体調的につらい。カウンターにもたれるかどうかを迷って、大人しく椅子に腰かけた。
眠りについたあとにしてはすっきりせず、やけに長く引きずっている全身の不調。指がおぼつかないのも呂律のまわりの悪さも、足取りが重いことすら予想していた通りスピカに盛られたせいだった。
原因と対処法さえわかればそう気にかけることではない。スピカの言葉が真実ならば、そのうち怠さが抜けて元に戻るということ。ならば時間が経つのを待つばかりである。
「アンタ、ズベンにちょっかい出されて起きたでしょ。じゃなきゃ早く起きるだなんてありえないわ」
腕を組みながら断言できるのは、彼が自分の調合の腕に自信を持っているからだ。組み合わせた素材たちは、狙った効力をおそろしいほど正確に、思うがままを発揮する。
「次は肉食魔物に囲まれても深く眠ったままでいられるようにしてあげる。調合の分量を失敗したまま、なんていうのはアタシの名が廃るもの」
「不要だ」
そんなものを摂取させられたらいろんな意味で死ぬ。力量の差で屈するならともかく、意識の外で好き勝手されても抵抗できない状態などごめんだ。
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