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それくらいで済んでよかったね@(まだ)健全 14
しおりを挟む入浴を終え、濡れた髪をタオルで雑にぬぐいながら風呂場に併設されている洗面所へと移動する。
鏡の前に立ち、目の下にコンシーラーを塗布した。珍しくぐっすりと眠ったからか、隈が昨日よりも薄い。これなら厚塗りしなくてもよさそうだ。
ちなみに目尻に入っている目張りは刺青のようなものであり、洗顔をしても落ちないようになっている。わざわざ紅を差さなくてもいいところが楽だ。
髪の水気もあらかたタオルに吸わせたので、手指で梳いてから左の一房を編みこんだ。ゆるく交差する髪の毛の先、結んだ髪紐にスートジュエルを引っかける。いつも通りの髪型。
脱衣所に置いてある洗濯機に、使用済みの濡れたタオルと脱ぎちらかしていた衣服をまとめてつっこんだ。面倒なので生地の選り分けはしない。洗剤は目分量で入れる。……大雑把すぎる? 問題ない。
朝食はどうするか。常より冴えた思考を巡らせる。昨夜の味噌汁は残っているだろうか。
ズベンが言った「一宿一飯」が気になる。飛び抜けて美味しい味ではないはずなのに、彼は昔からハマルが作った料理をすべて食べたがる節があった。まるで他のだれにもくれてやらないとばかりに。
まだ余っているならあたためる。米をひたして食べると楽だし手っ取り早い。が……。
いや。即座に打ち消した。米を炊いていなかった。かわりになりそうな炭水化物……パンはあっただろうか。
「入浴、お疲れ様でした。朝食の準備はできておりますよ」
リビングに足を踏み入れた瞬間、聞き覚えのありすぎる声が耳に入ってきた。ズベンだ。入浴前に追い出した腐れ縁が、我が物顔で食器を運んでいる。
「……お前」
どうやって入った、などと訊くのは愚問だ。この万能執事は、やろうと思えば開錠も朝飯前である。無論、合鍵で開けるといった正規の方法ではない。
ピッキングだ。証拠を残さず、こじ開けた形跡もつけず。チェーンロックも得意属性の重力を活かせば、外からでもたやすくはずすことができるだろう。
「帰れと言っただろう」
「ええ。お言葉に従って一度は帰らせていただきました」
音を立てず、慣れた手つきで食器を並べる。
「その上で食材とともに再び馳せ参じた次第でございます。──よろしいでしょう?」
唇に浮かべた薄い笑み。ローテーブルの上のセッティングは終わっていた。食欲をそそる香ばしい匂いが湯気とともに漂う。あとは着席を待つ、とばかりの整えられた光景。
ハマルは口をつぐんだ。やられた。帰れ、とさんざん言い含めてはきたが、その後に来るなとは言っていない。そもそも、邪険に扱った者の家に手土産を持って来訪し直そうと思うだろうか? 少なくともハマルは思わない。こちらから願い下げだと切り捨てる。
「どうぞ、お席へ」
優雅な手つきでソファーを示された。こうなったらなにを言っても居座るだろう。指示に従っておとなしく食事をし、家を出る際に別れた方が早そうだ。
だが黙っている気もない。腰かけながら、ハマルは隣を叩いた。
「座るならお前もだ、ズベン」
「よろしいので?」
「よろしいもなにも、こんなにたくさんの量を俺一人で食べきれるわけがないだろう」
カリカリに焼かれた表面にたっぷりとバターをぬったトースト。黄色い粒が見え隠れする乳白色のコーンスープ。スライスされたゆで卵にベーコン、トマトが散りばめられた新鮮なレタスのサラダ。たったそれだけのシンプルなメニューだが、ローテーブルのガラス板上に展開された量はどう見ても一人用ではない。
「余らせて捨てる気もない。もったいないしな。作ったお前が責任を持って半分以上食べろ」
「……かしこまりました。謹んでお受けいたします」
ギシ、ソファーの座面が軋みながらわずかに傾いて沈んだ。
「それではいただきましょうか」
さりげなく腰に回された腕は掴んで放った。密着されると食べにくいことこの上ない。
インスタントの類が一切使われていない、手作りの味。そうとわかったのは、どれも舌触りや繊細な味が口に合いすぎたからだった。味つけがあまりにも好みに傾いている。
しかしどれほど美味しくても胃の許容量には限度がある。結局三分の一も手がつけられないまま満腹を迎えてしまった。
「お気に召されたようで光栄でございます」
サラダをつつくための箸を置くと、喉を鳴らす音が静かに聞こえた。
「しかし、昨日スピカ様のお店でも思いましたが……ハマル様は食が細すぎますね。これでは不届者に囲まれたら、その細い肢体をたやすく抑えられそうです。いささか不安になりますね」
「余計な心配をしていないで、お前も早く食べろ」
なにがおもしろいのか、ズベンはただハマルが黙々と食事を進めている様子をじっと見つめていただけだった。カトラリーすら持っておらず、これではわざわざ隣に座らせた意味がない。
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