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蟹座と山羊座と邪悪な宗教@バディズミッション 2
しおりを挟む青々とゆたかに繁った草葉も、美しく咲き乱れる色とりどりの花々も、宵の中ではみな等しく黒い影だ。庭園用の小型ライトがところどころをほわりと丸く小さく照らしているが、圧倒的な闇の前では儚く脆い。
冷えた石だたみを普段の数倍もの荒々しさで踏みつけて、アルゲディは薬膳料理店デーメー・テールの入口に立つ。木戸を引く前に深呼吸を一つ、二つ。三つ目を数える頃に取りつくろうことを意識して、取っ手に手をかけた。
ちりりん、と軽快な鈴の音が来客の訪れを知らせるために主張する。視界の端でスズランの形をしたドアベルが揺れていた。
朝昼では耳に心地よい音色だが、今はよほど親しくなければ電話をかけることすら躊躇するような遅めの時間帯である。まるで時間設定を間違えた目覚まし時計のようで、不愉快でこそないが、暗闇に静寂を求めている時には多少耳障りに感じるかもしれない。
店内を見回すと、カウンター席の一つを陣取る男を除いて他に客はいないようだった。白い狩衣に薄緑色の羽衣を垂らしたうしろ姿は行儀悪く突っ伏し、カランカランとグラスの中の氷を傾けて遊んでいる。なじみのある人だ。その頭をはしたないとはたく、美貌の店主の姿も。
「あら、いらっしゃい」
赤橙色の双眸がアルゲディを視界に収め、深夜でもくすみを見せない鉄壁の美白の顔に笑みを浮かべて出迎えた。しかし接客用の表情はすぐに崩れ、呆れを覗かせる。
「珍しいわね。不機嫌じゃない」
「……わかります?」
簡単に見抜かれてしまった。もともと長いつきあいゆえにごまかしきれるとは思っていなかったが。咄嗟にかぶった仮面が数秒ももたなかったことに、少々バツが悪い。
「丸わかりよ、普段以上に胡散くさいもの。……いつものでいい?」
「軽い夜食もいっしょにお願いできます?」
「ええ。すぐに用意するわね」
ヒールを高鳴らせて奥に消えていくのを見送ってから、アルゲディはカウンターに寄った。引いた席はきっちり男の真横、右隣である。スパシ在籍の某歌手のように、わざわざ空席を挟むというパーソナルスペースの設け方はしない。間違っても、距離があるとさみしさを覚えるからでは決してない。
男がアルゲディを見上げて唇の端をつり上げた。言葉で表すならば、にやり、という表現がしっくりくるような笑い方だった。
「よぉ、アルゲディのぼっちゃん。ずいぶんな仏頂面じゃあないか。コレにでも逃げられたかぁ?」
「そんなわけがないでしょう」
小指を立てて暗に恋人との別れを示唆されたので、ため息とともに否定しておく。そもそも恋仲相手はいない。
「んじゃあなんだってそんな面してんだぁ? せっかくの別嬪さんが台なしだぞぉ」
はっはっは! 大笑いとともにバシバシ背中を叩かれた。痛い。
力加減がめちゃくちゃである。これはたいそう酔っているに違いない。
「没収です」
「おあっ!? おじさんの酒っ!」
力のない手のひらからグラスを奪い取った。暗色のヴェールをめくり上げ、縁に口をつけて一気に飲み干す。非難の声はもちろん無視だ。
氷で冷やされて冷たいはずの液体は、しかし喉を通り抜けるとカッと焼けつくように燃えた。熱い。どれだけ度数の高いアルコールを頼んでいたのか。胃に落としたのは三分の一にも満たないというのに、あまりのキツさに咽せそうだ。
半分溶けた氷のみが残った器を返すと、おーいおいおい、と嘆きが飛んだ。
「ひどい! おじさんの楽しみが!」
「ざまぁみろというヤツですね」
あと、どうせ嘘泣きするなら静かに涙を拭う素振りの方がいいですよ。呆れた視線と言葉を投げつけてやったが、知ってらぁ、と相変わらず見た目にそぐわない返事をいただいた。彼──アルデバランにつけられた容姿詐欺の通り名は伊達じゃない。
「どうせおかわりをするつもりなんでしょう? 酒の一口や二口くらいで大げさですよ」
アルゲディよりも年下、成人に達したばかりの年齢の彼は、こちらがドン引きするほどの量をたしなむ酒豪である。ザルを通り越してワクだ。いっそブラックホールなのでは、と考えてしまうほどに飲んで飲んで飲みまくる。
「ぼっちゃんにはわからないんだよ。こうやって酒をちびちび舐めながら別嬪さんを眺めるっていう楽しみがなぁ」
「そうですね、わかりませんよ。どうせ眺めるならワタクシは水晶の方がいいです」
商売道具の一つを思い浮かべながら口にして、アルゲディは眉根を寄せた。くそっ。心の中で舌を打つ。いやなことを思い出してしまった。
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