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アントス編
はじめまして、つがいましょう 二
しおりを挟むその召喚者が喚び出したのは、ドラゴンだった。
緑色に光る強固な鱗に覆われ、巨大な双翼が天を覆うように広げられる。太く長い尾が地面に叩きつけられると、赤茶けた地表にクモの巣のようなヒビが入った。
ガアア、咆哮とともに大きな顎が開かれる。ギラつくのは岩をも軽々と噛み砕く鋭い牙並びだ。
ざわ、と周囲がざわめいた。召喚獣の種類は数いれど、ドラゴン種を召喚できる確率は非常に低い。ドラゴンにしては小柄な部類だが、十分に自慢できることである。
召喚者の少年はぱあっと顔を輝かせた。携えた供物を捧げ、契約を取りなそうとする──。
「危ない!」
アントスは少年の腕を強く引いた。一拍遅れ、少年が立っていた場所に強烈な尾の一撃が叩きつけられる。
ベテラン冒険者達に緊迫が走った。
尻餅をつく少年を見下ろすドラゴンの目は、怒りに燃えている。貢ぎ物に見向きもしない。……召喚失敗は明らかだった。
「新米達は今すぐ避難しろ! 絶対に反撃をせず、逃げに徹するんだ! 行け!」
ベテラン冒険者を率いる者が叫ぶ。状況を理解した召喚師達が、悲鳴を上げながら逃げ惑った。
「な……なんで……」
「君、立って! 早く!」
アントスは座りこんだままドラゴンを見上げる少年の腕を強く引いた。しかし腰が抜けてしまったのか、少年はなんで、うそだ、と繰り返すばかりで立とうとする素振りすらない。
圧倒的強者を前にして、少年の体はかわいそうなほどに震えていた。
力が抜けた人の体は重い。各々の武器を手に取り、迎撃態勢に入ったベテラン冒険者達の邪魔をしない位置へと引きずり向かうが、思ったほどには移動できなかった。
少年を放置すれば、確実にアントスの命は助かる。だがアントスはその選択を選ばなかった。
召喚師とは、召喚獣という他者の命を預かる者だ。他人の命をたやすく見捨てる者に、召喚師を名乗る資格はない。
ガアア!
「ひぃっ!」
ドラゴンの前脚が振り下ろされる。少年の悲鳴。迫る影。
アントスは少年を抱えこんだ。同時に結界の魔法を使用する。
バリッ、と耳障りな音が響いた。ドラゴンの攻撃は、アントスの目の前に張られた無色透明の壁に遮られていた。
持ち堪えてくれ。強く祈る。結界は得意分野だが、最高位の攻撃力を誇るドラゴンが相手だと効果が心許ない。
幸い、結界が壊れる前にドラゴンの前脚が離れた。パリン。凶爪が遠退いた瞬間、砕け散って宙に解ける。
もう一度結界の魔法を用意しながら、再び少年を引っ張る。ドラゴンの攻撃を目の当たりにして、少年は気を失ってしまっていた。
「こちらが相手だ!」
陣を取ったベテラン冒険者達が、気を引こうとドラゴンの背後から攻撃を開始している。助かる可能性が高まった。
が、小さく安堵したのがまずかった。
グアアアアア! 首を上空に伸ばし、一際大きな咆哮を上げたドラゴンが翼を大きく広げた。羽ばたいたことによる暴風が周囲に巻き起こる。
少年もアントスも、身長に見合わず軽い方だった。風に煽られて踏ん張りがきかず、軽々と転がされる。
地響きがする。見上げたアントスの目の前に、ドラゴンの巨体が迫っていた。すでに前脚に備わった爪が間近にある。結界は間に合わない!
一拍後に来るだろう激痛を予想して、腕で頭を庇いつつギュッと目を瞑った。胴体に巻きつく硬い感触。握り潰される──!
「………………?」
しかし予見していた激痛はなかった。死の間際の現象、たった一秒の間を時が止まったものとして頭が錯覚したのだろうか。
だがすぐにそうでないと知る。全身をぐい、と引っ張られて、両足が浮いたからだ。唐突な浮遊感に加え、鳥にしては大きすぎる羽音が鼓膜を叩く。
アントスはそっと目を開いた。
「……え」
遥か真下に、召喚陣が、試験会場が見える。それはどんどん小さくなって、やがて隣接した森や、ギルドが築いた一般人侵入防止のための壁、そしてギルド本部や、街の風景までもが一望できるようになった。
恐る恐る上を見上げたアントスは、己の身に置かれた状況を理解する。
間近に見えるドラゴンの顎や喉元。目線を落とせば、自分の胴体をがっちりと掴んだドラゴンの前脚。
「…………」
え、どうしよう。途方にくれる。
なぜかアントスは今、ドラゴンに殺されることもなく、いずこかへ運ばれているらしい。
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