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湖城での療養 十九
しおりを挟むおおよそ数十分ほどは歩いた頃だろうか。
不意にソルシエールが腕を離し、立ち止まるのと同時に体の向きをななめにずらして腰を折る。引かれるがままに着いて歩いていたキリエは、頭を下げて指し示した彼女の左手の先を見て目を瞠った。
「これは……」
「我々侍女一団が心をこめてお世話をさせていただきました、当城自慢の虹蓮池でございます」
吹き抜けた天井、霧のように薄い雲がかかった空を映して青く輝く水面。
水鏡のように凪いだ表面を覆うのは、水滴が宝石のように煌き引き立つ瑞々しい若草色の円形の葉だ。そして、幾重にも重なった花弁を大きく広げ、かすかに甘い芳香を放つ無数の花。
紅蓮だ。知識にあるものよりも鮮やかで美しい紅の色をした蓮の花が、まるで灯されたかがり火のごとく中庭一面に咲き乱れている。
「驚きました? この蓮、昨日の夕方に咲き始めたんですよ」
幻想的な光景に息を呑んで見惚れていると、悪戯に成功した子供のような笑顔でソルシエールが解説を始めた。
「キリエ様、虹蓮ってご存知ですか? 毎年違う色の花を咲かせる、サプフィールにしかない蓮なんですけどね。実は、咲く色によって言い伝えの内容が異なるんですよ!」
「言い伝え?」
虹蓮は知っている。サプフィールを訪れた時、時期が合えば何度か目にした。その時は確か、青や緑の色をしていたと記憶している。
しかし言い伝えの話は初聞きだ。気になって首を傾げると、背伸びをしたソルシエールがそっと耳打ちしてきた。
「次代の王となる者が幸せに添い遂げることができる運命の伴侶を連れてくると、炎のように真っ赤な花が咲くって言われているんです。陛下が婚約を交わし合った日にも、紅い蓮が咲いていたとか」
まさにぴったりじゃないですか! 喜びをたたえた声で言われて、目を瞬かせる。
ぴったり。何がだろう?
次代の王といえば、間違いなくアルシュだ。アルシュは一人っ子だから、キリエのようにきょうだいがいない。
アルシュは誰か、伴侶を連れ帰っていたのだろうか。王子として至らない所が多かった自分とは違い、婚約を破棄される可能性など微塵もない、幸せな生活を共に送れるような相手を。
相手が男か女か、ましてや同じ国の者か他国の者かはわからないが、アルシュなら絶対にキリエのような失敗はするまい。
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