36 / 44
湖城での療養 二十
しおりを挟む男性体のアルシュは格好よくて頼もしい。女性体のアルシュも美しくて魅力がある。
どちらであっても優しいし、我が身のことのように親身になって相談に乗ってくれる。加えて、よりよくするために躊躇なく手を差し伸べ、途中で見捨てることもせず、手間も苦労も惜しまない。
人生の伴侶としてこの上なく素晴らしく、誰に対しても恥ずかしくない人物だ。ずっと人柄を見てきたから、胸を張って断言できる。
「キ、キリエ様っ!? 涙が……あ、ハンカチ! ハンカチ当てますねっ」
アルシュが顔も姿も名前もわからない伴侶の手を取り、愛おしく笑いかける。そんな姿を想像していると、ソルシエールが慌てた様子で桃色のハンカチを取り出してきた。そっと目元にやわらかな布地を押し当てられる。
彼女の姿が滲んで見えて、そこで初めてまた己が涙を流していることに気がついた。
なぜエメや婚約破棄の一連を思い浮かべたわけでもないのに泣いているのだろう。まさか自分は、己とは違って幸せになれるに違いないアルシュに嫉妬しているのか。悔しいと、憎らしいと思ってしまっているのか。
気づいてしまった狭すぎる心が情けなくて、ますます涙が溢れてくる。不器用な自分とエメの仲を取りなそうと、あんなにも手と知恵を貸してくれた親友に対して、醜い感情を抱くだなんて。
「嬉しいのはわかりますけど、そんなに号泣されると困りますよ~っ」
キリエの内心など知るよしもないソルシエールは、甲斐甲斐しく頬を伝う涙を優しくハンカチで吸い上げている。
きっと、友の祝福に涙していると思ったのだろう。そう思わせてしまったことも含めて、可愛らしい色合いの布地がだんだん湿って冷たくなっていくのが申し訳ない。
「……ごめんね。ありがとう」
ずっと拭かせるわけにはいかない。そっとハンカチを受け取る。
ハンカチは洗って返そう。もしくは、お礼の意味もこめて新しい物を送った方がいいのか。
止まらない涙をハンカチに吸わせながら考えを巡らせていると。
「待たせたな」
不意に肩にあたたかい感触が乗った。
「っ!?」
耳元間近で発せられた声も相まって、ビクリと体が震える。勢いよく振り返ると、国王の部屋で別れたきりのアルシュの姿があった。
いつの間に来たのだろう。まったく気づかなかった。
水を湛えた回廊は、どんなに気を配っても歩くたびに音が立つ。それなのに足音も気配もなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
家から出ない女優の幼馴染を連れ出したら、いつの間にか伝説になっていた件。
Memu(メム)
恋愛
学校に行かない引きこもりの国民的女優――水宮小鞠。
女の子に間違われる地味男子――白雲凪。
俺に与えられた役目はひとつ。
彼女を、学校へ連れて行くこと。
騒動になれば退学。
体育祭までに通わせられなくても退学。
成功率ほぼゼロの無理ゲーだ。
距離は近い。
でも、心は遠い。
甘えてくるくせに、本音は隠す幼馴染。
それでも――
俺は彼女の手を引く。
退学リミット付き登校ミッションから始まる、
国民的スター幼馴染とのドタバタ青春ラブコメ、ここに開幕。
感情の無い聖女様は、公爵への生贄にされてしまいました
九条 雛
恋愛
「――私など、ただの〝祈り人形〟でございます。人形に感情はありませぬ……」
悪逆非道の公爵の元へと生贄として捧げられてしまった聖女は、格子の付いた窓を見上げてそう呟く。
公爵は嗜虐に満ちた笑みを浮かべ言い放つ。
「これからは、三食きちんと食べてもらおう。こうして俺のモノとなったからには、今までのような生活を送れるとは思わぬことだな」
――これは、不幸な境遇で心を閉ざしてしまった少女と、その笑顔を取り戻そうとする男の物語。
再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる
まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」
父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。
清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。
なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。
学校では誰もが憧れる高嶺の花。
家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。
しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。
「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」
秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。
彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。
「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」
これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。
完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。
『著者より』
もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
私の婚約者でも無いのに、婚約破棄とか何事ですか?
狼狼3
恋愛
「お前のような冷たくて愛想の無い女などと結婚出来るものか。もうお前とは絶交……そして、婚約破棄だ。じゃあな、グラッセマロン。」
「いやいや。私もう結婚してますし、貴方誰ですか?」
「俺を知らないだと………?冗談はよしてくれ。お前の愛するカーナトリエだぞ?」
「知らないですよ。……もしかして、夫の友達ですか?夫が帰ってくるまで家使いますか?……」
「だから、お前の夫が俺だって──」
少しずつ日差しが強くなっている頃。
昼食を作ろうと材料を買いに行こうとしたら、婚約者と名乗る人が居ました。
……誰コイツ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる