肉食美女魔法使いは王子様を捕獲する。

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王子様の初恋

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その日は突然やってきた。

「息子よ、魔法使いの旦那にならんか」

お茶の時間に出されたプリンをゆっくりと味わっていた末っ子王子は、もっちもっちと口を動かしていた。

そして、たっぷり30秒後。

「僕、お婿さんになるんですか?」

プリンが出されて7分。3分の1も減っていない息子に若干呆れつつ大公は答えた。

「そういう事になるな。」

「お相手は?」

怒鳴ったり叩いたりしない人がいいな~と思った。そんな王子様に、大公は重々しくその名を告げた。

「ヴェラ•ノースハラン。」

「北東に住む4大魔法使いの一人ですよね。先の戦で大暴れした、あの。」

この世界には魔法使いがいる。その中でも桁違いに強い魔法使いが、4大魔法使いだ。彼らは突然やってきて、

『領地はいらん。戦に手を貸してやるから塔を建てる土地だけよこせ』

と大公である我が偉大なる父に言い放った。

「あの時は、本当に死ぬかと思った…」

思い出して冷や汗をかく父。

「窓を破壊して入ってきたんですよね。すごい音でした。」

大公は潔く頷いた。なにしろ、自然豊かで資源も豊富な小国だ。周りは血気盛んな大国ばかり。強い将軍や兵のおかげでなんとか守れていたが、いかんせん国力の差で負けかける事もある。魔法使いのピンチヒッターはありがたいのだ。

「それにしたって、なんで僕なんです?一番上のお兄さん以外はフリーじゃないですか。」

5人いるお兄さんは、全員が文武両道。サラサラの銀髪にキリッとした藤の瞳を持つ、スタイリッシュイケメン達である。

それに対して、末っ子王子の自分は、文武共に普通で、どんくさい。お兄さんたちと同色だが、ふわふわしたくせ毛で、瞳はくりっとしている。上のお兄さん達が微笑むと、女性達が頬を染めるが、自分が微笑んでもそんな反応をする女性はいない。

「私もそれが謎だ。代わりに次男たちを勧めたのだが、どうしてもお前がいいらしい。」

「ほーん…ちなみに、拒否権は?」

「ない。拒否したら戦に手をかすのをやめると。」

Oh…これは婿行き決定だ…

「わかりました。で、婿入りはいつです?」

「1年後だ。魔法使いの方も忙しいらしくてな。私もそのほうが準備できるから嬉しい。お前もそれでよかろう?」

「異論はありません。おまかせします」

僕が首を突っ込んでも、ゴタつくだろうし。
ここは任せよう。ああ、でも。

「たしか指輪は男が用意する、でしたよね?僕が選んでもいいですか?」

「それは構わない。今度宝石商を呼ぼう。」

どんな指輪がいいか考えながら、密かにまだ見ぬ花嫁様に思いを馳せた。

「いい夫になれるといいな。」

「…なれるさ。お前なら。」

父は、寂しげに微笑んだ。



1年後、魔法使いの旦那様になる日がやってきた。

「おおー…馬子にも衣装かな?」

僕は花婿の衣装を着ている。兄さん達には敵わないが、中々にきまっている気がする。

「いいではないか。さすがは腐っても我が息子。磨けば光る子であったか。」

父王が若干失礼な事を言っているが無視だ。

「弟よ…嫌だったらすぐに帰ってくるんだぞ。お前はぽやや~んとしているから心配だ。魔法使いに虐められたら、兄さん達にすぐに言うんだぞ!」

兄さん達の心配性が爆発している…5人の兄さん達はとても優しい。

「そのぽやや~んとした僕をわざわざ直々に指名するぐらいだもの…きっと、大丈夫だよ。」

父王も兄さん達は苦い顔をしている。
国を守るものとしてはこの婚姻に賛成だが、家族としては反対なのだろう。

「好きでもない、顔も知らない女だぞ。本気で幸せになれると思っているのか?お前は…あの女を愛せるか?」

僕はお嫁さんの顔を知らない。一度も会ったことがない。でも、知らないからこそ可能性は無限なのだ。

「そうだね。確かに顔も見たことないし、好きでもないけれど…でもきっと、幸せになれるよ。恋愛や性愛の対象じゃなくても、友達にはなれるでしょ?信頼関係を築いて、いい夫婦になれたらなって思うよ。」

どんな理由であれ、望まれての結婚だ。そこに愛が芽生えるかはお互いの歩み寄り次第だろう。

「時間だ。もう行くよ。兄さん、父様。ありがとう。行ってきます!」



協会のステンドグラスから淡い光が降り注ぐ中、彼女が歩いてきた。ゆっくりと距離が縮まっていく。そうして、隣に立った。彼女は美しい純白のウェディングドレスを着ている。顔はウェールに隠されていて見えない。

そうして粛々と式は進み、用意していた指輪を花嫁様に渡した。悩みに悩んで、ピンクサファイアの指輪にした。永遠の愛を意味し、絆を深めてくれるらしい。初対面で永遠の愛って重くないか?と思ったけど、これから絆を深めていければという願いを込めて決めた。

花嫁様の反応はウェールに隠れて見えない。
喜んでくれるといいな。

「…では誓いをここに。」

ついに来てしまった。そっと震える手でウェールを上げる。ゆっくりと。そうして…目があった。

魔法使いは、僕のお嫁さんは。
とても美しい人でした。


絹を青空に浸したような髪も、蕩けるような薄花色の瞳も、淡く色付いた唇も、透けるような白い肌も、全て、全て美しい。

微動だにできなかった。眼前の女は、あまりにも美しかった。

突如思いっきりネクタイを引っ張られ、現実に引き戻された。首に手を回され、そうして…甘く柔らかなものが唇に触れた。

角度を変え何度も何度も。そうして、回数が増える毎に艶めいていく。

ごほん!!と司祭が咳をして止に入った。
不服そうに離れる花嫁様。

「…ここに夫婦として認める。」

自分の顔が赤いのがわかる。鈍い僕でもわかる。どこで接点があったのかはわからない。けど…僕は魔法使いに惚れられ、そうして捕まったのだ。

僕の名前は、ロシュエル•フィーネシュカ。
フィーネシュカ公国の元第六王子。
そうして…魔法使いの旦那様だ。



そんなこんなで結婚式が終わった。
僕は今、花嫁様にしっとりと腕に抱き着かれている。していたはずの手袋は外され、一本一本隙なく指を絡まされて逃げられない。

な、なぜだ!なぜ好かれているんだ!?大混乱の僕を置いて、ホクホク顔の花嫁様。繋いだ指を嬉しそうに眺めている。一体全体、どうなっているんだー!?そんな僕の心の声を聞きつけたのだろうか。兄さん達が突っ込む勢いで駆けつけてきた。

「魔法使い!!いったい、どういうつもりだ!!!」

ギリギリと睨めつける兄さん達に、彼女はさらりと答えた。

「あら。愛しの旦那様にキスをするのはいけませんか?」

あれ?僕初めて花嫁様の声を聞いたな。

「あんな、あんな、やらしい口付けを、弟によくも…!!しかも奴の前で!」

兄さん達の顔は、怒りで真っ赤だ。そうして、どことなく焦っている。

「別に構いませんでしょう?見せつけてやったのですよ。あの顔…ふふ、笑えますわね。」

「お前は奴の恐ろしさを知らないから、そんな事を言えるんだ!」

奴って誰だろう。そんなに恐ろしい人、結婚式にいたっけ?ああ、でもそういえば…隣国の姫がものすごい目で睨んでたな。僕みたいな男が、4大魔法使いと結婚したからかな?

「可愛くて優しい旦那様にはたくさんの蜜蜂がよってきて大変でしたでしょう?今日までありがとうございます。これからは、私がその役目を引き受けますわ。」

彼女の周りに淡い光が集っていく。焦ったように兄さん達がこちらに手を伸ばした。

「おい!まて!まだ話は!!」

「それではごきげんよう。」

ぐるんと目が回る感覚に目をつぶった。それから少しして、空気が変わった。

「もう目を開けても大丈夫ですわ。」

その声に、ゆっくりと目を開け…ウェールのない、美しい花嫁様がいた。

「ふふっ!やっと捕まえたわ!」

「わ、ふぁ…!?」

勢い良く抱きつかれ、先程の結婚式と同じように首に手を回された口付けられた。

今度はたっぷり長い。舐められ食まれ、呼吸さえ奪われる。しばらくして、満足してくれたのだろうか。やっと離れてくれた。だが距離が近い。蕩けた瞳が目の前にある。

「可愛い旦那様…キスも初めてでしょう?これからたくさんするから…早く慣れてね?」

崩れ落ちそうになるが、必死に耐える。顔も体も暑い。唇には彼女の紅がべったりとつき、ふわふわ甘い香りが離れてくれない。

「君は、…ひっ!?」

吸い付くように口付けられ、強制的に黙らされた。

「だめよ?君なんて無粋。ヴェラって呼んでくださいな。」

飛び退くように離れた。が、瞬時に距離を詰められる。

「僕の事だって旦那様って呼ぶじゃないか!」

「ロシュエル様。ほら名前で呼んだでしょ?ほら、早くヴェラって呼んで下さい。じゃなきゃもっと凄いことしますよ?」

つ…としなやかな指が僕の足をなぞった。

「っヴェラ!ほら呼んだよ…!」

やばい。この魔法使いやばい人だ!!

「んー!やっぱり可愛いー!そうね、呼んでくれたもの、そろそろ切り上げましょうか」

名残惜し気に僕の頬に触れてから、また手を取られた。

「さ!塔へとご案内しますわ!」

そう言って、彼女は真一文字に空間を切り裂いた。

「え…?」

先程までは野花が咲き乱れる美しい花畑だったのだが…

「美しいでしょう?」

目の前に、広大な湖が広がっていた。青く透き通り、空を反射している。周りには木々がさざめき、先程とは違う花々が咲き乱れている。

そうして、それら全てが一望できる場所に塔が建っていた。周りに、畑もあるようだ。

「あそこがこれからロシュエル様と私が住む場所になります。…今狭そうとか思ったでしょう。」

「うっ!だって細長いから…」

「もう、ちゃんと広いですよ。少なくともロシュエル様が窮屈に感じない程度には広いですわ。さ、行きましょう?」

手を引かれ、湖の畔を歩きながら塔へと向かった。

「さっき畑をちらっと見たけど、季節違いのものがたくさんなっていた。あれも魔法?」

「ええ。そうですわ。だって美味しい野菜はいつでも食べたいでしょう?」

魔法ってなんでもありなんだな…



塔の中はヴェラの言うとおり広かった。さすがにお城ほどではないが、それでも十分広いと言える。

「ロシュエル様のお部屋は一番上です。私の部屋の隣ですわ。ああ、先に言っておきますと、もちろん寝室は一緒です。」

「この塔は何階建てなんだ?」

外から見た感じ、とても高いように見えた。
登ってる途中で疲れそうだ。

「さあ?扉を開ければその階につくので私もよくわかっていません。」

にこにこしながらとんでもない事を言い、僕を奥にある扉の前につれてきた。

「どういう事?」

「こういう事ですわ。」

カチャリ、と扉を開けた。すると、白い廊下が続いていた。扉を閉め、もう一度開けると…

「あれ?違う階…?」

そう。外観は同じだが、部屋の個数が違う。

「行きたい部屋を思い浮かべて開けば、その部屋がある階に繋がりますわ。」

唖然とする僕を見て微笑み、また案内を始めた。

「こちらが私とロシュエル様の部屋がある階です。左が私。右がロシュエル様の部屋ですわ。向いがベットルームです。お荷物は全て届いていますので、ご安心下さい。ああ、でもちゃんと物が揃っているか、確認してくださいね。忘れ物があったら、後日取りに行きましょう。」

そうして僕に割り振られた部屋に入った。

「すごい。綺麗…」

先程近くで見た景色が、窓から一望できた。
近くで見るのとは別種の美しさがある。窓に張り付くように見ていると、背中からそっと抱きしめられた。

「気に入って頂けたようで嬉しいです。」

「う、うん…」

女性耐性がない僕…。今日、一生分ドギマギさせられてる気がしてならない。ドキドキさせられすぎて死亡。みたいな謎な死因をとげたらどうしよう。僕は遠い目をしつつ、背中の暖かな存在に早くも心を寄せつつあるのを感じた。


それから、一通り塔の中を案内してもらい、夕飯にしようという話になった。

「もしかして、全部一人で作ったの?」

テーブルには、海鮮鉄板焼き、ステーキ、コーンスープにシチュー。ハムにチーズ、マリネにムニエル、サラダ、ラザニア、焼きたてのパンが山を成していた。

「魔法使いですもの、このくらいならぱぱっと作れますわ。さ、食べましょう?」

「美味しそう!ヴェラは料理が上手だね。」

「ふふ!ありがとうございます。」

想像していたより、穏やかな時間が始まった。




「ごちそうさまでした」

「お粗末さまです。本当に全て食べきるなんて…見かけによらず大食漢なんですね。嬉しいです!」

彼女の手料理は全て美味しかった。特にシチュー。お城のより僕好みの味だった。

「すごく美味しかったよ。ありがとう。」

彼女は至極嬉しそうに笑った。それから指を鳴らすと、食器が消えた。

「お疲れでしょう?今日はお風呂に入ってゆっくり寝てくださいな。」

「そうするよ。お風呂って…あ。そっか、お風呂行きたいって思うと行けるか」

「ええ。あ、タオルは忘れずに!」

はーい、と間の抜けた返事をして、タオルを取りに自分の部屋へと戻った。




「えーとお風呂に連れて行ってください」

扉を開き、お風呂に向かった。真っ白なバスタブに、薬草のいい香りがする。窓を開くと、僕の部屋とはまた少し顔を変えた景色が広がっている。

「綺麗なところだな…」

今宵はきれいな満月だ。湖に反射して、ムーンロードができている。お風呂からあがったら、少し湖の縁を歩いてみるか…あ。彼女も誘うか。もうちょっと話がしてみたい。

お風呂から上がり、髪を乾かしてから彼女の部屋へと向かった。緊張しながらノックをする。

「どうぞ。開いています。」

彼女の部屋は見た目の愛らしさに反して、とてもシンプルで実用的だった。だが、一つ一つの家具が綺麗に手入れされ、重厚感がある。

「お風呂上がったよ。それから、ちょっと湖の縁を歩こうと思うんだけど、一緒にどうかな…?」

言いながら、誰かを何かに誘うことが初めてだと気付いた。

「いいですね!今日はとても綺麗なムーンロードができていますし、せっかくのお誘いですもの。散策しましょうか。お風呂に入って、支度をしてから行きますね。」

「うん。部屋で待ってるね。」



僕の部屋は、お城の部屋と少し似ていた。
窓辺には可愛い花が飾ってある。たぶん、早く慣れるようにという彼女の心遣いだろう。

「どうして、僕にこんなに良くしてくれるんだろう。いつ僕の事を好きになってくれたんだろう。」

僕は早くも、彼女へ心を寄せつつあるのを自覚していた。ちょろいと自分でも思う。でも、あんなに可愛くて美しい人が、こんな僕を好きだなんて信じられなかった。

僕を婿になんて、どんな思惑があるんだろう。良い関係になれるのだろうか…どう歩み寄ろうか…とグダグダ考えていた。兄さん達に心配をかけたくなくて、あんな事を言ったけど、本当は不安で不安でたまらなかった。

やって来た彼女は、僕の事を好いてくれた、とても優しい魔法使いだった。食卓に並んでいたのは僕の好きなものだったし、お風呂の薬草はリラックスできるラベンダーの香りだった。窓辺の花は僕の一番好きな花なのだ。
誰にも言ったことが無い…蒲公英。

「僕は彼女に何ができるかな…」

物思いにふけっていると、控えめにノックする音が聞こえてきた。

「はい。どうぞ」

白いネグリジェにブランケットを羽織っている。緩く髪をあげているせいで、綺麗なうなじが見える。

「おまたせしました。」

ふわりと微笑む彼女はとても美しい。

「うん。行こっか。」

湖の縁を手を繋いで歩く。来たときとは違って、沈黙が続いた。でも嫌ではない。

「ヴェラは、どうして僕と結婚しようと思ったの?」

「貴方を愛したからです。」

迷い無く言い切られた。

「でも、僕らは会ったことがないじゃないか。僕は君の顔も知らなかった。」

「当たり前ですわ。こっそり隠れて見ていたのですから。」


ふふ、と可愛らしく笑った。絶景と相なって、彼女は女神の如く美しかった。何も目に入らない。

「貴方が仕事をする姿も、お菓子を食べる姿も、全部全部見ていましたから。」

すると、頬を撫でられた。その手は暖かくて心地がいい。離れるのが惜しくて、思わずその手を握り頬を寄せた。

「僕はたぶん、ヴェラにすごく惹かれてるんだと思う。君と会ってまだ一日だけど…。その、これからもっと好きになると思う。」

そういった瞬間ぐいっと視線を合わせられた。彼女の頬が赤く染め上がり、その薄花色の瞳がまた一段と濃くなったのがわかる。怖いくらい美しく艶めかしくて、囚われそうで、目を逸らしたいのに、離せない。

「僕が、好き…?」

わかりきってるのに、聞いてしまう。彼女の声でもっと強く確信したい。でも…聞いてしまえば、おそらくもう逃げられない。

「何よりも誰よりも好き…愛おしい。」

そうして、優しく口付けられた。今までとは違う軽い口付けなのに、心臓ごと抱きしめられ、縛られるような…そんな感覚がした。








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