魔王の苦悩譚

タヌキ汁

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一話

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 大陸の西の果てにある人間からは魔国と呼ばれ恐れられる、マナルカ王国は人ならざる魔族達の国だった。
 その王城は今、重苦しい静寂に支配されており、行き交う者達の顔は皆一様に暗いものだった。

 そんな中を一人の兵士が長い廊下を息を切らせながら走り、近衛兵が守る大きな扉の前に着くと乱暴に開け転がるように中に入ると叫んだ。

「陛下!大変ですっ勇者がついに城門を破り城内に侵入したと報せが!」
「「「っ!?」」」

 響き渡るその凶報に誰もが息を呑み込み、これからどうすればいいのだと狼狽える中、一人の男が静かに口を開いた。

「そうか、とうとう勇者がここまで来てしまったのだた……。分かった勇者の相手は私がする、お前達は城から離れよ。許可あるまで戻ってくることはならん」

 威厳のある声で厳かに告げたのは、金色に輝く玉座に座った赤い髪の男だった。
  彼こそマナルカ王国国王であるブラン・マナルカだ。

「しっしかし陛下、それでは貴方様が!?」
「私達ごときでは勇者の相手にならないのは分かっております! ですがそれでも」
「そうです! 近衛兵になった時から陛下を守り死ぬ覚悟は出来ております!」
「私もです!」
「俺だって!」

 暗に、勇者が来る前に逃げろ、そのくらいの時間は俺が稼いでやる、そうと告げる敬愛する主に最後まで共に在ることを強く望み声を上げるのだがブランは片手を振り黙らせる。

「お前達の忠誠心は本当に嬉しく思うぞ。だがだハッキリと言おう、あの勇者は強すぎる、お前達がこの場に残ったとしても何も出来ずに死ぬだけだろう。
 思い出せ、我等がここに国を造ったのは何のためだった? 死ぬためか? そうではない、生きるために生きて幸せになるためにこんな西の果てにまでやって来て国を造ったのだ。
 ならば私のことを思うのなら生きてくれ、そして次に立ち上がるだろう者を支えてやってくれ」

「「「陛下……」」」

 国王という身でありながら部下でしかない自分達に頭を下げるブランに誰もが何も言うことはできずに、ただ悔しそうに目に涙を浮かべ、泣き出しそうになるのを歯を食いしばって堪え、一人また一人と主君の最後の命令に従い部屋を後にしていく。

 


「はぁ、たく本当に嫌になるぞまったく! どうしてあんな怪物がいるのだっせめてもう少しくらい弱い奴でもいいだろうが! 神よっ貴方はどこまで俺達を苦しめれば気が済むんだ」

 誰もいなくなったことを確認すると一人残されたブランは苛立ちのまま玉座を殴りつけ、自分の不幸を嘆いた。
 その顔は先程まであった威厳など微塵もなく、他の者と同じく不安と焦燥しか見て取ることができなかった。

「ハハハハ、なんだなんだ素に戻ってるぞブラン。最後になるかも知れないんだからもっとビシッとしたらどうなんだ?」

 もう自分しか残っていないと思っていたところに急に聞こえた笑い声に驚きながらブランが視線を向けると、そこには白髪混じりの黒髪の小柄な男がニヤニヤと笑いながら立っていた。

 マナルカ王国の宰相であり長い間苦楽を共にしたブランの親友でもあるガルバだ。

「ふん、今までやりたくもない王の仮面を被ってやってきたんだ、最後くらいは好きにさせてくれよ。それにお前だってそうだろ、言葉遣いが昔に戻ってるぞ?」
「まあな、どうせもうそんなことを気にする必要もないだろうと思ってな。今だから言うがな本当は俺も苦手だったんだよ、あのなんとも偉そうに話すのがな」

 王と宰相という立場があるため他の者の前ではブランの忠実な臣下として振る舞うガルバだったが、今は誰の目もない。

「なんだそうだったのかそれは気づかなかったな、てっそれよりちょっと待てっ!? どうしてまだお前が城にいるんだ!? 他の奴らと一緒に逃げるように命令しただろうが!」
「そんな命令は無視した!」

 ドヤ顔で胸を張って堂々と国王であるブランの命令を無視したと断言するガルバ、そこには少しも悪びれた様子はなく寧ろどこか誇らしげだ、だがブランはあまりのことに目眩がするような思いだった。

「おいっ!? それは不味いだろうがっお前がいなくて誰が残った奴等を纏め上げるんだ!」
「なに別に俺がいなくても大丈夫だ! 他に良さ気な奴がいたからそいつに後のことは頼んできたから皆のことは心配するなよ! それにだ、お前とはこの国を造る前からの長い付き合いだからな、仕方ないから俺も一緒に勇者の野郎と戦ってやろうかと思って残ったんだよ」
 
 右手を殴るように突き出しながら気楽に、本当に何でもない事のように笑いながらガルバは言うが、ブランはその意味をきちんと理解していた。

 
 ―― お前を一人では死なせるつもりはない、俺も一緒に逝ってやるよ。 ――


「……そうか悪いなガルバ。実は情けないことだが一人だとあの勇者と対峙するのが怖くて仕方なかったんだ」

 本当は、何を馬鹿なこと言っているのだ早く逃げろ! そう怒鳴りつけたかったがガルバの目に宿る強い決意と覚悟を見て取り、ブランはただ弱々しく礼を言うことしかできなかった。

「なに気にするなよ、俺だって同じようなものだからな。ほら見ろよ足が勝手にガクガクと震えてるだろ?」
「ハハハ、何を馬鹿なことを言ってるんだ、震えてるのは足どころじゃないだろうがまるで地震にでも遭ってるみたいに体全体が震えてるぞ」
「バレたか、これが武者震いの類だったら格好がつくんだがな」
「全くだな」

 二人はもう王と臣下ではなくただの親友に戻り、他愛ない話をしながら勇者が来るのを待った。
 
 そんな二人の胸に去来するのは今まで過ごした楽しい日々の思い出などではなく、一体どうしてこんな事になってしまったのか? 
 そんなやるせない思いだけだった。

 この人間達に魔国と呼ばれ恐れられているマナルカ王国は、二人が長い時間を掛けて建国した国であり、その始まりは本当に小さな願いからだった。

  
 この世界で栄華を極めいるのは女神の寵愛を授かっている人間であり、次に獣人・エルフ・ドワーフなどで、魔族は最も下の立場に置かれ人間に虐げられながら奴隷としていいように扱われてきた。

 魔族に生まれたというだけで虐げられ奴隷として生きるか、迫害に怯えながら息を殺しひっそりと隠れ生きるか。この二つしか生きる道がない現状に憤り、そんなのは間違っていると強く思い、いつか魔族であっても差別されることなく幸せに暮らせる場所をこの手で造ってやる、幼かった頃の二人が願ったのはそれだけだった。

 最初は人が滅多に来ることがない山奥に小さな隠れ里を作った。すると徐々に里の噂が魔族達に広まっていき人間に隠れ潜んでいた魔族達が集まってきた。

 人数が増えれば増えるほどに人間に発見される可能性が高くなる、そのため二人は集まった者達を連れて安住の地を求めてまだ未開の地であった、大陸の西の果に行くことを決めた。


 そして多くの仲間の命を失いながら長く険しい旅路の末に、ようやく移住するのに適した場所に辿り着くことが出来き、そこに新しく里を作ると時間を掛けながらも新しい里を大きなものへとしていき、新しく生まれた者や噂を聞き逃げてきた魔族達を迎えたりして人口も増えいった。
 
 やがてブラン達が西の果てに来て三十年が経つ頃には小国と呼んでも差し障りないほどの規模になり、ブランは多くの者に望まれ初代国王となり親友のガルバは宰相に選ばれた。

 二人は出来たばかりの国を愛し、より良いものにしようと寝る間も惜しんで働いた苦労も多かったがそれ以上に充実した幸せな日々を過ごしていたが、それも三年前までのことだった。
 
 三年前、マナルカ王国の存在が人間に発覚してしまい、領土拡大と奴隷確保の為に人間達は連合軍を組んで攻め込んできたのだ。
 
 戦争が始まった当初は、地の利と個々の能力が高いマナルカ王国が数の不利を覆し優勢だったのだが、業を煮やした人間達は信仰している女神から与えられたとされる勇者召喚の秘儀によって召喚された、勇者の存在により戦局は一変してしまう。
 


 勇者は女神が残したとされる神器で全身を武装しており、右手に持つ蒼き光を纏う聖剣の一振りで数十人の魔族を切り裂き、左手に持つ白金の聖盾はどんな攻撃からも勇者の身を守り、体を包む聖鎧は常に癒やしの力を発し疲労を取り除くのため勇者は休むこと無く戦うことができた。
 
 勇者はマナルカ王国にとってはまさに悪夢そのものだった、一人で千に及ぶ軍勢を相手にしても難無く勝ってしまうような理不尽な存在など、誰がどうやって止められるというのか。
 マナルカ王国は勇者というたった一人の怪物の手によって、滅びを迎えようとしていると言っても決して過言ではないのだ。


「もう直ぐあの化物のような勇者が来る頃だな。なあガルバよ、ここはやはり悪の魔王として定番のあれを口にしたほうがいいと思うか?」
「急にどうした、あれってなんのことだ? ……ああ、そうか分かった! なるほどいいんじゃないか? 何せ俺たちは希代の悪者らしいからな」

 何か思い付いたかのように言ってくる友に、意味が分からず怪訝そうに眉を寄せたガルバだったが、直ぐにブランが何を考えたのか察すると笑いながら頷いた。

「よし、ならお前もちゃんと邪悪な魔王の片腕らしい振る舞ってくれよ」
「俺はブランと違って、ただ黙って立ってるだけで怖がられるから大丈夫だ」
 

  
 暫くして勇者がやって来たが、驚くことに仲間も連れずブラン達が居る玉座の間に一人で来たのだった。

「……お前が魔王でいいのか?」

 聖剣を構えながら、まるで地の底から響いてきていのではないかと錯覚してしまいそうなほどに冷たい声で、玉座に座るブランに勇者は問う。

「ああ、そうだ愚かな勇者よ。予こそがこの偉大なるマナルカ王国の主にして魔族の王たる魔王ブランだ! 冥土の土産にこの顔を覚えておくがいい! そしてこの者は予の忠実なる下僕にして片腕である、宰相のガルバだ」

 玉座の上から横柄に言い放つブランだったが、その額には冷や汗が浮かび上がっており、心臓の鼓動も早鐘のように激しくなり、内心では大いに慌てふためいていた。
 それは隣に立つガルバも同じで、先程のブランの言葉通り全身がガタガタと震えてしまっていた。

(おいガルバっ! 本当にコイツが勇者で間違いないのか!?)
(……人間には見ない黒髪に装備している神器の数々から考えて、間違いなく勇者のはずなんだが……)

 問われたガルバは何とも歯切れの悪い返事を返すのがやっとだった。

(勇者とはこんなにも暗く澱んだ目をしているものなのか? これではまるで殺人鬼のようではないか!)
(何を言ってるんだよ! 俺達からすれば勇者なんて殺人鬼と大差無いだろ! 一体コイツに何人仲間が殺されてると思ってる!)
(確かにそうなんだが、いくらなんでもこれはないだろ……)

 言葉には出さずに目線だけの遣り取りだが、何を言いたいのかは互いにハッキリと伝わっていた。ブランは一度深呼吸して気持ちを落ち着かせると、ゆっくりと視線を勇者らしき男に戻した。

 身長は平均より少し高い位で細身だがしっかりと鍛えられた体、この世界の人間では見ない黒髪、身に着けている武装は全てが神器で聖剣に聖盾・聖鎧だった。
 これだけなら二人は何も驚くことはなかっただろう、最初から報告を受けて知っていたのだから。なら何を二人がそんなに驚いているのかといえば、勇者が発している悍ましいほどに邪悪な気配によるためだ。

 まるで世界の全てを呪っているかのようにドス黒く濁った目をしており、まともな精神状態にある者がする目ではないとブランには断言できた。

 手に持っている聖剣にしても本来ならば蒼い清浄な光を放つはずが、今は見ているだけで不安を駆り立てるような禍々しい深紅の光を放っており、聖盾と聖鎧も同じで聖剣と同じように禍々しい輝きを放っていた。

「さ、さて勇者よ。まずは褒めてやろう、よくぞここまで辿り着いた。お前の力に免じて戦う前に一つ「黙れ」っ!」

 気を取り直し考えていた口上を述べようとするが、勇者によって止められてしまう止めなねければ確実に勇者は自分を斬り殺したはずだ、そう確信できるほどに冷たい声と殺気が放たれていた。

「いいか俺はアンタとくだらない話をするつもりはないんだよ、俺がアンタに言いたいことは一つだけだ」
「そうか……では勇者よ、予に言いたいこととは何だ?」

 ブランは嘆息しながら唇を強く噛んだ、この後に勇者が何と言うのかが手に取るように分かってしまったからだ。

『この世界の平和の為に、お前達のような邪悪な魔族は滅びねばならないのだ』

 人間が魔族を処刑したりする時には、必ず似たような言葉を吐き自らの行いを正当化しようとするのをブランとガルバはよく知っていた。

(ただ静かに平和に暮らしたいと願っているだけだというのに魔族というだけで殺す、そんなお前達人間の方が余程、邪悪な存在ではないのか……)

 この殺気を撒き散らしている勇者もどうせ同じだろうと失望と怒り、何よりも酷い虚無感がブランを包み込む。
  それはガルバも同じだったようだが、彼の方は怒りのほうが強かったのか険しい目つきで勇者を睨み、固く握られた拳からは糸のように血が滴り落ちていた。

「いいかよく聞け魔王ブラン!」

 聖剣を構えながら勇者は断罪の言葉を叫ぶ!

「俺に協力してあの腐った人間共を殺す手伝いをするなら、この世界の半分、いや、全てをお前等魔族にくれてやるっ! だが嫌だと言うなら此処でお前を殺す! さあどちらを選ぶか早く決めろ!」

「そうか、やはり我らは戦うしかな……え? あれっちょっと待てっ痛っ!? す、すまん今なんて言った!?」

 あまりにも予想だにしなかった勇者の言葉に、思わず玉座から立ち上がったブランだったが、動揺のあまり足がもつれ転んでしまい痛みに呻くが、直ぐにそれどころではないと隣で一緒に聞いていたガルバに顔を向けた。
 
 そこには顎の骨が外れてしまったのではないのかと心配になるほどに、大きく口を開け耳の穴に指を入れたり頬をつねったりして、自分の耳を疑っているガルバの姿があった。

 二人は互いの間抜けな顔を見て、自分の聞き間違いではなかったことを確信すると酷く混乱してしまっていた。

(おい、これはどうなってるんだ!? コイツは”自分に協力するなら世界を俺達にくれてやる”とか言わなかったか!?)
(言った、間違いなく言った……なんなんだコイツ!? 普通それは、お前のセリフじゃないのか!)
(そうだよっそのはずだ! まさに俺が言おうとして止められたセリフそのものだよ まさかとは思うがコイツは勇者の偽者かなにかじゃないのか!?)
(装備しているのは全部報告通りの神器ばかりなんだぞ! そんなはずがあるか!)

「……おい、いつまでコソコソと話してるつもりだ? いい加減に俺の質問に答えろ協力するのか、しないのかどっちだ?」

 痺れを切らせたのか勇者は目を細め二人を見ながら、背筋が凍りそうになる冷たい声でどうするのかを聞いてきた。

「そのだな勇者よ、まずは確認をさせてほしいのだが。予の耳が確かならだ汝は今、人間を殺すのを手伝えと言ったように我等には聞こえたのが間違いないか?」

 何がなんだか分からない二人だったが、このまま勇者を怒らせるのは不味いと慌てて視線を戻し、疑問に思ったことを尋ねると、少しも迷うことな勇者は頷き返した。

「そうか、すまんが理由を聞いてもよいか? 此方としてはそなたの申し出はありがたいことだが、正直何か裏があるように思えてならんのだ」
「ふん! なにを余計なことを考えてやがる、お前等は人間を殺して楽しめれば他はどうでもいいんだろうが! ならつべこべ言わずにさっさと協力すると言えばいいんだよ!」

 ―― ビキッ ――

 その時何かが切れるような音をブランは確かに聞いた。

「……今、なんと言った?」
「どうせお前等魔族は、人間を殺せて支配地も広げられればいいんだろうが! 俺はこの世界の人間共にも、テメエ等身勝手な魔族にも頭にきてるだよ! お前等が世界征服なんてくだらねぇことを考えなかったら、俺はこんなクッソったれな世界に呼ばれなくてよかったんだからな!」

「……ふ…るな……ぜけるなっ」
「あっ!? なに言ってるか聞こえないだろっもっと聞こえるように言え!」

「ふざけるなよこのクソガキがっ! 誰がいつ世界など欲した! 俺はただ貴様らに迫害されることなく暮らせる場所が欲しかっただけだ! なのに魔族は悪だと勝手に決めつけ、戦争を仕掛けたのは貴様ら人間だろうが! それともなにか? 魔族はただ黙って抵抗もせずに殺されるか、奴隷にでもなればいいと貴様は言うのか!」


 先程まであった勇者を怒らせないようにしようなどといった、弱腰な考えなどもう欠片も残っておらず、ブランはただ怒りのまま長年溜まっていた人間に対する不満を一気に爆発させていた。

 顔は赤く染まり額には青筋がクッキリと浮かび上がり、目は血走り口から唾を飛ばしながら怒声を響かせ続けた。そのあまりの変わりように驚きながらも勇者は、その悲痛な叫びが終わるまで黙って聞き続けた。

「ゼェゼェ……こ、ここまで聞いてもまだ、お前は…ハァ、ハァ……俺達を悪だというのか、勇者よ」

 半刻もの間、叫び続けたせいで喉は枯れ、肩で息をするブランを勇者は茫然と見ていた。
  
「……この戦争はアンタ等が世界を支配するために起こしたんじゃないのか?」
「断じて違う!」

 気まずい沈黙が二人の間に落ちると、それまで黙っていたガルバが口を開いた。

「ブラン、それに勇者殿よ。俺には互いに何か大きな誤解をしているように思えてしかたないんだが、ここは一度腹を割って互いのことを話してみないか?」

 この提案にブランも勇者も異論はないと頷いた、二人にしても色々と知りたいことが多すぎたからだ。 

  
 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 場所を玉座の間からブランの私室に移して互いのことを話し始めて四時間、其々の現状を聞き終えた三人がまず思ったことそれは。

「「「この世界の人間は本当にろくでもないな……」」」

 それは嘘偽りのない三人に共通する思いだった。話し合ったことで分かったことだが、ガルバが言ったように互いに大きな認識のずれがあった。
 
 まずはブラン達魔族側は勇者のことをこう考えていた。
 異世界召喚に応じるかどうかは本人の自由であり、こちらの世界に来た者は自らの意思で来ることを決め、この戦争に参加したのも本人の同意の上でのことだと考えていたのだが、勇者の話を聞きそうではない事が明らかになった。

 勇者の名はタクマ・アカツキ、元の世界では高校生という学生だったらしい。
 それがある日、家の床が突然まばゆい光を放ったかと思えば、家族と共に見知らぬ人間が立っている石造りの部屋に連れてこられた。 

 そこで初めて異世界に呼び出されたことを告げられ、同時に邪悪な魔族と戦うように言われたのだが、平和で争いなど無縁な国から来たタクマに、殺し合いなど出来るはずがなく当然これを拒否した。
  
 すると呼び出した者達はタクマの家族を人質にして、戦争に参加するように強要してきた。

 それからというもの命じられるままに戦い、奴隷のように働かされ続けたのだが、タクマの不幸はこれで終わりではなかった。
 こちらの人間には見ない、魔族に多い黒髪をしていたために王族や貴族だけでなく一緒に前線で戦っている平民出の兵士達にすら虐げられてきたのだと、タクマは悔し涙を浮かべ歯噛みしながら語った。

 それは二人にとってとても信じられないことだった、何せ今までは本人の意志でこの世界に来たと思っていたのに、それは間違いであり、実は拉致同然に無理やり連れて来られ、更には家族を人質にして魔族と殺し合いをするように強要され、その挙げ句には容姿が少し違ういうだけで虐げられていたなど、夢にも思っていなかった。

 そしてブラン達が真実を知り驚いているようにタクマもまた驚いていた。
 信用など微塵もしていなかったが聞かされていた話では、魔族は邪神を崇拝していて自分達以外は全て下等な生物と考え滅ぼそうとしている邪悪な者達。

 今も魔国マナルカ王国の王都では崇拝している邪神を呼び出そうと、何人もの無辜の民を生贄を捧げる悍ましい儀式が行われており、このままではいつ邪神が顕現するか分からないため一刻も早く、この戦争を終わらせる必要があり、その為に力を貸してほしい。

 それが人間側の言い分だったが、ブラン達の話を聞きそれが全くの出鱈目だったことが分かった。
 魔族達は争いなど望まずに平和に暮らしたいだけなのに、人間達が理不尽な正義を掲げて襲ってきたために、生き残るため仕方なく武器を取り戦い始めたのだと。



「クソがぁっ! あの野郎共が何が邪悪な魔族だ、お前らの方がよほど邪悪な存在だろうが!」
「全くだな、人間達がまさかこれほど腐っているとは思いもしなかった。同じ世界に生きる者としては恥ずかしい限りだ」
「確かにそうだな、これではタクマ殿が裏切ろとう考えたもの頷ける。従っていても良いことなどないんだからな」

「ああ。だがタクマ殿よ一ついいか? そなたが本気で人間達を裏切ろうとしているのは分かった。だがだこのことが知られれば彼奴等のことだ、間違いなくタクマ殿の家族を殺そうとするはずだが、それはどうするのだ?」

 タクマの話を聞き、もう手を組むことに何ら異論がなくなった二人だが、タクマの家族のことがだけが気掛かりだった。今まで家族を盾にされて戦いを強いられてきたタクマだ、もしも何か重要な場面で家族を人質にされれば、今度はこちら裏切るのではないのかと疑っているのだ。

「……だよ……」
「「?」」
「死んでたんだよ! 親父もお袋も妹も、誰も生きてなかったんだよ! 全員死んじまってたんだ!」

 血を吐くようにして叫ぶその顔には、先程まで一旦鳴りを潜めていたドス黒い狂気が広がっており、とても同じ人物とは思えないほどに形相が変わり、その目にはどこまでも深く重い憎悪の炎がまるで鬼火のように燃え上がり、全身からは気の弱い者ならショック死をするのではないかと思えるほどの、強烈な殺気を発していた。

「あのゴミ共はな俺の家族を、異世界人の強さの秘密を探るための実験だとか言って殺してやがったんだ! 俺は家族が実験材料にされて殺されていたことにも気付きもせず、ずっと奴等のいいように顎で使われてたんだよっ!

 それだけじゃない、魔王の首を取ってこれば元の世界に帰してやるって約束していたのに、本当は帰す術なんてありはしなかった!

 彼奴等は全てが終わったら、最初から俺を殺すつもりだったんだよ! なあ、いい笑い話だと思わないか? 初めから騙されていたのに、そんなことにも気づかずにあんたらの仲間を殺して殺して殺し続けていたんだからよっ」

 両手で頭や顔を掻きむしり、皮膚が裂けたのか血が流れ出したが手を止めることはなく、あっという間にタクマの顔は流れ出た血で真っ赤に染まり、指には乱暴に引き抜かれ髪が無数に絡まっていた。

「許させねっ許させねっ絶対に許さねーーーーーっ! この世界の人間も、勇者召喚なんてくだらないものを与えやがった糞女神も、それを信仰している奴も絶対に許さねぇっ、一人残らずぶち殺してやる!」

((っ!? く、狂っている! この勇者は間違いなく狂っているぞ!))

 二人はそう確信し震え上がると同時に、無理もない事だとタクマを憐れに思った。
 平和な世界に生まれ、家族や友人に恵まれ幸せに暮らしていたのに、訳も分からぬうちに突然こんな争いの絶えない世界に連れてこられて、家族の命を盾に殺し合いを強要され、誰かの命を奪うという心が押しつぶされそうになるほどの罪悪感と恐怖を家族と一緒に元の平和な世界に帰ることをだけを支えにして耐え抜いてきたのだ。

 それがもう少しで終わる、辛い日々が報われるのだと思えたその矢先に、守るべき家族は既に殺されて帰る術もない、騙されていたことを知ってしまったタクマはもう狂うことでしか現実を受け入れることが出来なかったのだ。
 
 獣のように唸りなが人間に対する呪詛を吐き続けるタクマを見て、ブランはここが魔族にとってとてつもなく重要な分岐点になるだろうと感じていた。

 生まれてからこれまで何度も願い続けてきた、魔族が平和に暮らせる世界を作る、そのまたとない好機であると。
 
 そのためには絶大な力を持っているタクマと手を組むことが必要だと理解するが、同時にそれがどんな結果を招いてしまうのか、ブランには予想ができてしまった。
 
 この狂った勇者は間違いなく、この世界の全ての人間と異世界召喚の秘儀を与えた女神を信仰する、あらゆる者を種族に関係なく殺すだろう。手を組みその力を借りるならば、タクマがこれからまず間違いなく行うだろう、大量虐殺にも魔族は協力しなければならないのだ。

 人間に思うところはあるブランだったが、人間全てを殺したいなどと思ったことは一度もない、そんなことをすればそれはまさに人間達が言っているような邪悪な魔族そのものだからだ。
 
 チラリと横目でタクマを見ると苛立っているのか、何度も床を踏み鳴らしている。 早くどうするか決めなくてはならない、だが魔族が穏やかに生きられる世界のために引き換えにしなくてはならないのは、全ての人間と多くの女神信者の命だ。
 
 魔族の王として、どちらを選ぶべきなのかは分かっているが、ブランの良心が選ぶのを邪魔をし、激しい葛藤に苛まれているとガルバが肩を叩いた。

「タクマ殿と手を組もうブラン、これは俺達の願いを叶える最初で最後のチャンスだ今このチャンスを逃したらもう二度とおとずれない、大きなチャンスなんだ!」
「お前はそれが一体どんな悲惨な結果を招くのか、理解って言ってるのか?」


「当然分かっている、だが他になにか方法があるか? 俺達が何もしなくても奴等は身勝手な理由で俺達の暮らしを、築いてきたのものを壊し殺そうとする! ならもう俺達に敵対する全ての者を消し去るしか、魔族が幸せに暮らせる世界なんて造れるはずがない! それが今なら、タクマ殿と組めば可能になるんだ!」
「くっ、だがだ……」


 同胞達のことを考えれば正しいのはガルバの方であり、自分の思いはただの感傷でしかないことはブランにも分かっていた。
  
  だがどうしても踏み切る事ができず苦悩するブランにガルバは懇願する。

「お前に無理だというのなら王位を譲れ、俺が代わりにやってやる! 全て俺だけのせいにしてやる! だから決断してくれ!」

 その血を吐くような友の言葉を聞き、ブランは心底自分がちっぽけで情けない存在に思えてしまい肩を震わせ俯いてしまう。

(俺は本当に国王失格だな……友がこれから間違いなく後世に罪人として、その名を未来永劫に残すことになるだろう罪を犯してでも、国を同胞達を守ろうと決意しているというのに、俺はなにを迷っているのだ! 俺はブラン・マナルカ、この国の王ならば進むべき道は一つだけだろ)

 顔を上げたブランにはもう迷いなど欠片もなく、その目にはこの先どれだけ多くの人間を殺し、万人に鬼畜生と罵られようとも必ずや魔族が理不尽な暴力に怯えることなく平和に暮らしていける世界を造ってみせるという確固たる決意だけがあった。

「随分と待たせてしまったなタクマ殿、ようやく答えが出たぞ」
「そうか、それでどうするのか聞かせてもらおうか?」

 返答次第では即座にブランの首を切り落とせるように、タクマは剣を持つ右に手に力を込めならが問う。

「俺達は手を組もう、魔族が幸せに生きられる世界のために、邪魔になる全てを殺し尽くそうではないか! そのためにどうかその力を貸してくれタクマ殿よ!」

 ブランは迷うことなく右手を前に出し、真っ直ぐにタクマを見た。タクマも応えるように差し出された手を握ると凶悪な笑みを浮かべた。

「ああ、いいだろう! これで俺達は一蓮托生だ、共にあの腐った人間共を殺し尽くしてやろじゃねか!」
 
 こうして人間という共通の敵を前にして、本来なら不倶戴天の敵同士であったはずの勇者と魔王が、歪ではあるがここに手を結んだのだった。

 勇者は憎悪の炎を燃え上がらせ復讐のために、魔王は魔族が幸せに生きれる世界を造るために、其々の願い叶えるために動き始め、この日を境に世界は大きく変わっていくことになった。


 
 ―― この後の出来事を少しだけだが語っておこう ――

  
 まずは連合軍側が有利に進めていたマルナカ王国との戦争だが、タクマとブランが手を結んだあの運命の日から、呆気なく魔族側にその戦況が傾くことになる。

 それもそのはずタクマを召喚して以来、連合軍は魔族との戦いの多くをタクマ一人に押し付けてきたのだ。そのタクマが裏切り魔族に付いたことにより、戦線を維持できずあっという間に劣勢に追い込まれていった。
 
 今まで魔族に向けられていタクマの埒外の力が、今度は人間に向けられたのだから無理もない、しかも魔族と戦っていた時には、相手を殺すことに忌避感があり手心を加えたりもしていたが、今のタクマには情けも容赦も躊躇いもなかった。

 ただこの世界の人間達に対する憎悪に身を焦がし、人間を見つければ老若男女関係なく善人も悪人もなく、その力を振るっては無残な屍の山を築いていくだけだった。

 そして魔族達もここを好機と捉え、魔王ブラン自らが先頭に立ちタクマと共に連合軍を蹴散らし、これまでのお返しだとばかりに軍を率いて逆に人間の国に攻め入っては次々と滅ぼし、奴隷として囚われていた魔族を解放し仲間に加え戦力を急速に拡大させていった。

 この事態に慌てふためいた連合軍の主だった国の王達は、魔王ブランと裏切った元勇者タクマを倒すにはどうしたらいいかと、何日も話し合い続けたがいい案など何も浮かばず、結局はまた新しく異世界から勇者という名の奴隷を呼び出し戦わせることを決め、次々と勇者を呼び出し戦うことを強要したが、これは完全に悪手だった。
                   
 タクマ同様に無理やり連れてこられた彼等の多くは、無責任で身勝手なこの世界の人間達に強い怒りを覚えていたのだ。

 彼等も最初は元の世界に帰るために仕方なく従っていたが、タクマと魔族達により元の世界に帰る術など存在していないことを教えられると、これまでの理不尽な仕打ちに対する怒りを憎悪に変え連合軍を裏切り魔族側に寝返っていった。    

 ……中には甘言に釣られて、連合軍に協力する者達もいたが彼等は神器を持っておらず、神器で完全武装したタクマの敵ではなかった。

 やがて連合軍が劣勢に立たされていると広まると、今まで人間よりも下等な種族とされ虐げられていた他種族、エルフやドワーフ・獣人といった者達までもが、一斉に人間に対し反旗を翻し魔族側に加勢することを宣言、人間を共通の敵とし戦いを始めてしまい人間はまさに四面楚歌の状況に陥ってしまう
 

 戦争が始まってから十五年後、とうとうブラン達は全ての人間の国を滅ぼすことに成功した。僅かに生き残った人間達は散り散りになって逃げ出し、かつての魔族達のように追手に怯え息を殺しひっそりと隠れ暮らすようになり、二度と歴史の表舞台に出てくることはなかった。

 この頃になるとタクマの憎悪も薄れており、人間の最後の国が滅びると同時に剣を捨て、戦いの最中に知り合いになった魔族の女性と結婚し穏やかな余生を過ごした。

 タクマは没後、元は魔族を苦しめた敵対していた勇者でありながら、最後には魔族を救うために苛烈な戦いに身を投じた英雄として、その名を後世に残し多くの魔族の子供達の憧れの存在となった。


 人間から他種族を開放した英雄王と呼ばれ多くの者達に慕われたマルナカ王国初代魔王ブランは、家族や友人達に囲まれながら激動の生涯を終えるが、最後に。

「全ての罪は私にある、いかなる誹りもどんな罰も受け永遠に許されなくともよい。だからどうかお願いだ、これからの世界は皆が笑って幸せに暮らせる、そんな優しい世界であってくれ」

 そう残すと、まるで眠るように穏やかに息を引き取ったのだった。


 
 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 余談だが、 勇者召喚の術を与え人間に信仰されていた女神は、人間による多種族への迫害を認めた邪悪な神として人間以外の全ての種族から忌み嫌われ、女神に関する教会や像、絵画など全ての物が破壊され、今では醜悪で見るも悍ましい怪物として語られ、その名を貶められ信仰することを一切を禁じられてしまったのだった。



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