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36話「冒険者ギルド」(5)

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「……さて、そろそろお腹も空いたでしょうから食事にしましょうか」

マーシュに案内されたのは貴族もよくギルドへの依頼の際に使うという来賓向けの個室だ。上品な朱色のカーテンと質の高そうな机、フカフカそうなソファーが設置してあり、ガヤガヤと賑やかなロビーから一転してとても静かで落ち着きのある雰囲気の部屋であった。


「さあ、おかけになってください。食事のメニューはもう決めてありますので出てきてからのお楽しみと言うことで」

ルタ様とフカフカのソファーに腰を掛け、料理を待つ。アンは侍女という立場から座らずに扉の近くで静かに立っていた。

「アン、座って。貴女の食事もお願いしてあるの」
「ケイ様、お気持ちは嬉しいのですが皆様と同じ食卓を囲う事は出来ません。お気遣いありがとうございます。……では、私は1階のロビーで頂きますのでお構いなくお過ごし下さい」


アンはそう言うとぺこりと綺麗なお辞儀をして部屋を出た。


「ケイ様はとても優しいお方ですね」
「アンに気を使わせてしまい悪い事をしました……」
「ケイ、アンは君の気持ちが嬉しいと思う。彼女は身分差を気にしているというよりは、主である俺達を立ててくれたのだろう。彼女はそういう女性だ。その気持ちを受け取ろう」
「はい…」

アンには気が許せるし、短い期間ではあるが信頼している。そんな彼女にはマーシュへの相談も聞いていて欲しいし、一緒に食事を出来たらなと思っていた。……が、軽い気持ちでアンの侍女という立場を考えずに食事に誘い、逆に気を使わせてしまった。




「それで、ケイ。私に聞いたい事とは何でしょう?」
「治癒魔術師の貴方なら分かるかも……と思ったのですが、私の魔法についてです」

マーシュに聞きたい事は他にも色々あるが、先ずは一番気になっていた私の魔法についてを問う。

何故火災のあの日、対象を一人とした上級治癒魔法ヒーリングストが広場にいた人間全てを癒したのか。

私の詠唱が違ったのか、上級治癒魔法ヒーリングスト は魔力を込めすぎるとあの様な効果をもたらすのか、等だ。


「あの火災の日、私は一人の少女に上級治癒魔法ヒーリングストを使いました。久しぶりに魔法を使いましたし、上級は初めて使ったので成功したのも奇跡だと思っていますが、それよりも上級治癒魔法ヒーリングストは対象一人を癒す治癒魔法なのに、魔法の効力は広場を包み込み、その場にいた人々全員を癒していたと聞きました。無意識に魔力を込めすぎたのもあると思いますが、通常よりも魔力の込め方が違っていたのでしょうか?」
「……上級治癒魔法ヒーリングストでは、どんな魔力の込め方をしたとしても複数の対象を癒すことは出来ません。それに、貴女様は対象の燃え尽きた髪までも再生したと町医者から聞きました。それは絶対にどんな魔法使いでも不可能な事です」
「それはマーシュ、貴方でもですか……?」
「はい、そんな事はできません。焼けただれた皮膚をなるべく正常な状態へ近づけて癒す事で精一杯でしょう」




──衝撃だった。
私の使った魔法の効力はこの大きな街で1番の治癒魔術師であるマーシュでさえも不可能だという。

「……なのでケイ様、貴女様の魔法を是非この目で見てみたい。詠唱、魔力の込め方、魔力の質。これらを全て拝見させて頂きたいのです」

そう言うとマーシュは自身の腰から短剣を取り出し、自分の手をざっくり切って見せた。

「──ッな!何をするのですか」
「さあ、ケイ様。初級でいいので治癒魔法でこの傷を癒してください」
「……は、はい。分かりました」

マーシュの突飛な行動に戸惑いつつも、生暖かい血液が滴る切り傷へ向けて呪文を詠唱する。

『──ヒール』

詠唱した途端にぱっくりと割れた傷口は塞がり、綺麗に癒された。

「……ど、どうでしょう?」
「ふむ……。そうですね、これと言って特に特徴は御座いません。普通のヒールといった所でしょう」
「そうですか……。ではあの時の効力はたまたまだったのでしょうか?」
「魔法は使い手の心理状態に大きく影響される節があります。自分の潜在能力以上の魔法を扱う事は出来ませんが、その時の状況によっては現状の実力よりも高い能力が引き出される事もあります。実際に上級治癒魔法を使った時は一刻を争う時だったでしょうからそれもあるのかもしれません。まあ、潜在能力以上の力を発揮したとしても噂通りの効果を上級治癒魔法が発揮する事はありませんが」

彼が言うことを簡単にすると、上級治癒魔法が対象となる周囲の人間を癒したり、燃え尽きてしまった髪の毛まで再生するということはどんなに潜在能力や実力が高いとしてもありえないという事だ。

「マーシュ。つまり、私はおかしいのでしょうか……」
「“おかしい“という表現は違いますね。“特異“である、という事は間違いないとは思いますが」


幼い頃から高い治癒魔法の適正がある事は分かっていた。周囲の期待もそうだし、自分でも自分の魔法に自信があった。


しかし、自分の力を“特異“だとは思ったことは無い。


亡くなったお母様はとても高い光属性の適応を持つ治癒魔術師だと聞いていたけれど、それが関係があるのだろうか。

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